第33話 零れた本音

「………佳祐。その話、作り話じゃないんだよな?」


「ああ、一語一句嘘偽りない本当の事だ」


「……マジかよ」


 あのあと佳祐が南雲に対し、打ち明けた話は刑部姫の事であり、彼女が人間ではなくあやかしだという事実。

 その彼女が佳祐の描く漫画に惚れ、自分も漫画を描きたいと宣言したこと。

 さらにその彼女と組んで漫画家を目指すことになったこと。

 これまでの経緯の全てを佳祐は南雲へと話す。

 話を聞き終えた後、南雲は長いため息と共に、目の前に置かれた酒をゆっくりと飲み干す。


「……妖怪だのあやかしだの、そういう話はオレ達のような職種が生み出す創作かと思っていたんだが、現実にいたんだなぁ……」


「ああ、オレも正直驚いている」


 酒を仰ぎながらそう呟く南雲に佳祐も今更ながら頷く。


「で、お前はどうしたいんだ?」


「どう、って?」


「そのあやかしと組んで本気で連載を狙うつもりなのか?」


 南雲からのはっきりとしたその問いかけに佳祐は一瞬息を呑む。


「それは……」


 確かに相手が普通の人間ではなく、あやかしだというのならそれと組んで漫画家を目指すというのは、いつかどこかで何らかの弊害を生み出す。

 事実、今もなぜだか分からないが刑部姫はイラついた様子で自分に早く原作を書けとせがむようになった。

 これまではそんなことはなく、こちらのペースに合わせてくれていたのに。


「……けど案外、そいつがあやかしで良かったかもな。佳祐」


「え?」


 しかし思わぬ南雲のセリフに佳祐はどういうことかと顔を向ける。

 するとそこにはいつか見せたような南雲の打算に満ちた表情があった。


「前に言っただろう。チャンスがあるならそれを利用しろって。あの時はあの子がただの絵の上手い素人だと思ってそう言った。けれど、相手が人間じゃないあやかしだって言うなら、話はもっと単純じゃねえか。そいつを今のままうまく利用して、お前は原作だけを考えて、そいつに絵を描かせろ。そうすればお前は出世できるぜ」


「なっ、なに言ってんだよ……南雲」


「まあ聞けよ。そいつが何にイラついてるかは知らないが、ようは漫画が描きたいってことだろう? なら、描かせればいい。お前は次で連載を取るつもりで原作を煮詰めているようだが、そんな必要はない。今できてる分で十分だ。出来た端からそいつに原作を渡して、とにかく描かせまくれ」


「それってどういう……」


 南雲の意図が分からず戸惑う佳祐であったが、しかし南雲の答えは単純なものであった。


「いいか、お前の話を聞いて一つ分かったのは『あやかしには休みは必要ない』ってことだ。聞けば、そいつ不眠不休で三日で原稿を仕上げたんだろう?」


「あ、ああ……」


「その時、そいつは疲れた様子はあったか? 睡眠の他に食事はどうだ?」


「そういえば……そんなに疲れた様子はなかったな……。食事もあやかしには基本不要でたまに食べるだけで十分とか……。ただ味覚はあるみたいで、食べるのは一種の娯楽みたいなのを言っていた」


「なら、決まりじゃねえか。前に言ったオレのセリフ撤回するぜ。そいつは才能を持った漫画家じゃねぇ。それ以上の存在だ。漫画家なら誰でも喉から手が出るほど欲しい、漫画を描かせるための機械だ」


「き、機械……?」


 なにを言っているんだと思わず呟きそうになった佳祐であったが、そんな佳祐のセリフを遮って南雲は続ける。


「だって、そうだろう? オレ達漫画家に取って一番の壁は作業時間だ。ぶっちゃけ、漫画で一番時間がかかる作業は作画だ。原稿に下書きをしてペン入れをする。その作業が漫画制作で最も重要で同時に一番時間を食う。オレ達は毎日毎日睡眠を削って、それを仕上げるが、それでもいつもギリギリだ。そもそもオレ達は人間なんだ。何十時間もずっと働くわけにはいかない。だが、あやかしってのは人間とはそうした作りが違うんだろう? なら、漫画において一番時間のかかる作業をそいつに負担してもらえれば、お前は原作を考えるだけでいい。たとえそれがイマイチな出来や自分では納得出来ない形でも仕上げてしまえば、それは漫画になるんだ。そして、それを大量に仕上げて、出来た端から、それらを担当や編集部に持ち込めばいい。つまりは納得のいく一つの作品よりも多くの漫画を仕上げること。そうすればそのうちの一つが当たって連載……いや大ヒットも夢じゃねえ。しかも、その負担のほとんどが絵を描くあやかしがになってくれる。それもお前の言う話が本当ならノーギャラで利用できるってことだ」


 それは聞く人が聞けば、かなりのブラックな労働。いや、それ以上の押しつけであった。

 それを一人の漫画家、作画担当にぶつけるなど普通ならば違法労働も甚だしい。だが、


「相手はあやかしなんだろう? それも単に漫画が描きたいだけの。なら、それを利用しろ。幸い、今そいつはとにかく漫画が描きたくてイラついてるんだろう? なら、お前が没にしたやつも含めて全てそいつに描かせろ。漫画は確かにアイディアも大事だが、それ以上に数だ。百本の駄作も集まれば一つの名作に変化する。佳祐。相手が人間じゃないなら、違法労働もなにもない。お前は最高の道具を手に入れたんだ。そいつを有効利用しろ」


「道具……」


 そうハッキリと刑部姫を宣言する南雲に対し、佳祐は僅かに顔を曇らせる。

 彼に取って刑部姫とはそういう存在ではなく、あくまでも対等なパートナー。そのつもりでいた。だが、


「おいおい、今更やめろよ。佳祐。お前だって本心ではそう思って、そいつを利用していた部分もあるだろう?」


「い、いや、そんなことは……」


「なら、聞くがよ。お前、オレとこの間ここで話した時から、その刑部姫にストーリーの描き方教えたか?」


「…………」


 そう問われ、佳祐は沈黙する。

 それを見て、南雲は酒をあおりながら頷く。


「つまりはそういうことだろう。あいつにストーリーを作り力ができたら、それこそ、そいつはお前の元から離れる。せっかく手に入れた自分の代わりに作画を描いてくれる便利な奴がいなくなる。それが嫌だったから教えなかった。そういうことだろう」


「……そう、かもしれないな」


 南雲のセリフに頷く佳祐。

 そのまま彼は目の前にあった酒を飲み干すのだった。

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