第14話 アニメ化作家キレる
「は?」
刑部姫の一言に部屋の空気が凍る。
いや、事実刑部姫と南雲以外の全員が背中に冷や汗が流れたのを感じた。
「じゃからお主が言うほどお主の漫画は大層なものではないぞ。これならば佳祐が以前描いていた『巫女っ娘探偵カグヤちゃん』の方が遥かに面白かったぞ」
一切の嫌味なく、淡々とそう告げる刑部姫を前に南雲は初めて表情を変えて、握っていたペンを机に置き、刑部姫の方を振り向く。
「いやいやいやいや、ふざけんなよ! オレの漫画のどこがこいつに劣っているというんだ!! オレの漫画は大人気作品の『あやかしロマンス』だぞ! 売り上げも単行本だけで三百万部! 月刊アルファの看板作品でアニメ化もされるんだぞ! そのオレの漫画のどこが三巻で打ち切られたこいつのクソ漫画に劣るって言うんだ!!」
佳祐を指差し叫ぶ南雲に対し、しかし刑部姫は冷静に答える。
「ふむ、そうじゃな。確かに最初の方は面白かった。盛り上がりもあり、漫画に登場する人物達が次にどのような行動を取るのか、見ていてハラハラもしたし胸の高鳴りを感じた」
「なら――!」
「しかし、最近の展開というか話の内容が薄すぎる」
「……なに?」
刑部姫が告げた一言に南雲は顔をしかめる。
「昨日、お主が描いた漫画『あやかしロマンス』とやらを全巻読ませてもらった。最初の方は言ったように特に面白かった。それこそわらわが読んだ佳祐の作品と同じ、いやそれ以上だったかもしれぬ。が、途中から最初にあったその勢いが明らかに衰えた。特に最新刊じゃ、あれは正直退屈じゃった……。なにせ話が全く進んでおらぬのじゃ。展開も同じことの繰り返しで、出てくる登場人物達にも成長が見られぬ。明らかに内容が薄くなっておる。そうじゃの……帯に『アニメ化決定!』と出たあたりからか。なにやらお主の漫画が間延びして退屈になってきたのは」
「なっ……!?」
その刑部姫が告げた一言に南雲は声を失う。
だが、彼女の解説を聞いていた周囲のアシスタント達、それに佳祐はそれに密かに納得する。
(確かに……刑部姫の言う通り今の南雲の話は内容が薄い。それこそ間延びしている……)
それは同じ漫画家だからこそ感じ取れる違和感。
現に今、佳祐や刑部姫が手伝っている原稿の内容もチラリと確認しているが、先月号と比べまるで進展していない。明らかに話の先を伸ばしているようだ。
それは無論、彼のアシスタント達も気づいており、むしろ先程の刑部姫のセリフに彼らは一様に納得するように頷いていた。
「ふ……ふざけんな! 漫画をよく知らない素人が! 人気漫画家のオレの考えが理解できるわけがないだろう!!」
「うむ、確かに理解できぬ。あれで面白くなっているとお主は思っているのか? こう言ってはなんだが今描いておるお主の原稿も少し確認させてもらったが、わらわが読んだ最新刊と変わらぬ内容じゃな。というかより退屈な話になっておる。はっきり言わせてもらえば今の話の内容ならばそちらの佳祐が描いていた漫画の方が何十倍も面白いぞ」
「……ッ!」
その一言に南雲は息を呑み、固まる。
だが先ほどと違い、顔を赤くしたまま全身を震わせているにも関わらず南雲は言い返さない。
いや、言い返せないのだろう。
なぜなら彼自身、刑部姫のセリフをどこかで認めているからだ。
少なくとも人気漫画家である南雲に対し、ここまでダメだし、忌憚ない意見を述べたのは刑部姫が初めてであろう。
それこそ担当ですら、今や看板作品であり、人気漫画となった彼の作品を下手に貶めることなどできないのだろう。それがアニメ化も決まった作品ならばなおさらであった。
事実、南雲は今回の原稿も担当に修正を言われることなく、そのまま続けていいと言われ、彼はそれを疑いもなく進めていたのだ。
「し、素人にそこまで言われる筋合いはない! そ、そもそも今の話も必要だからやってるんだ! そんな全ての話に見せ場見せ場をつくれるか! いいか、漫画ってのは緩急なんだ! 盛り上がる話を作るためにはそのための事前の話がいる! こうした説明回や少し退屈に思える話も、このあとにそれらを下準備とした盛り上がる話があるからやってるんだ! 今面白くないからって批判するのは漫画をわかってないバカのすることだ! わかったか!?」
「ふむ、なるほど。確かに盛り上がる話を作るためにその準備をするのは大事じゃ。しかし、それを言うなら、もうお主はとっくにその下準備を終えてもおかしくないほどだろう? むしろ、これは明らかに間延びしている。いや、引き伸ばしているというべきか。あえて盛り上がる話を先に先に送ろうと意図的に話を長引かせているようにしか見えんぞ」
「そ、それは……!」
はっきりした物言いに再び言葉を詰まらせる南雲。
だが、拳を震えさせながら南雲は目の前の刑部姫に対し叫ぶ。
「お前に何が分かる!? 人気作品になってアニメにもなればそう簡単に終わらせるわけにはいかないんだよ! オレは読者や本誌のためを思ってこうやって引き延ばしてるんだ! いいか、漫画家ってのは仕事なんだ! どれだけ長く漫画を描いていられるか! そこに生活がかかってるんだよ! だから、人気のうちは引っ張る! 少しでも長く作品を続けるために見せ場はもっとあとに回す。常識だろう! いや、これがプロのやり方なんだ! 人気も取れない漫画家見習いが知ったような口を叩くな! オレのような人気作品を描けるようになればオレのやってることが正しいって分かるさ!」
そう叫ぶ南雲に対し、刑部姫は静かに頷く。
「……なるほど、確かにお主の言うとおりじゃな。これは仕事。描いてるうちは報酬をもらえる。現に今漫画が描けぬ佳祐は収入がなく、このような場所でアシスタントをしている。糧を得るために話をひっぱりよく長く漫画を描く。うむ、確かにそう言われれば納得はする」
「なら――」
「じゃが、それで納得は出来ても、やはりお主の今の漫画が面白いかどうかは別であろう? それはあくまでもお主個人の問題。であれば、それを漫画の面白さに考慮はできぬ。むしろ、それがつまらない理由になっているとハッキリ言える」
「なっ!?」
「それに話を長く続けるための手法とお主は言ったが、なぜそれでこのような引き伸ばしばかりをする? もっと別の手段で長く続けようとは思わぬのか? そもそもお主の言う見せ場とやらを使ってしまえばこの漫画にはもう後がなくなるのか? 仮にそうならば、もっと面白くなる展開を考えて描き続ければいいだけじゃろう。お主が本当に恐れているのは作品が長く続かないことではない。お主のアイディアが枯れて、この先の展開を描けなくなること。それを一番恐れているのではないのか?」
「ッ!?」
その一言に南雲は今度こそ黙る。
なぜならそれは彼が心の奥で感じていた事実に他ならないから。
そして、それは彼のアシスタント達が感じていたことでもあり、同じ漫画家でもある佳祐にも分かる部分であった。
刑部姫からの事実を突きつけられた南雲は、もはや言い返すことをせず、ただ肩を震わせたまま、静かに椅子に座る。
「……うむ、今のは失言であったか。すまぬ。まだお主達は三十も生きてない小僧であったな。心の内を言い当てられては耐えられぬ精神であったか。まあ、いずれにせよ。お主が佳祐に教えられるほど、お主も成熟してはおらぬということだ。とりあえず、渡された原稿は全部ペン入れ終わったぞ。次は何を――」
「……っせ……」
「うん? なんじゃと?」
「寄越せ! お前らが今描いてる原稿! 全部寄越せって言ってんだ!!」
突然、南雲がキレたようにこの場にいた全員に叫ぶ。
無論それは刑部姫だけでなく、佳祐、あるいは作業している他のアシスタント達に向かっても言い、彼らが作業しているにも関わらず南雲は全員の原稿を奪う。
「せ、先生どうしたんですか!?」
「ちょ、おい、南雲!?」
慌てるアシスタント達と佳祐。
だが、そんな彼らに対し南雲は殺意のこもった目で彼らを睨む。
「出て行け……いいから全員ここから出て行けー!!」
その叫び声と共に南雲は佳祐や刑部姫だけでなく、自身のアシスタント達まで無理やり部屋の外へと追い出し、鍵を閉める。
「せ、先生!? なんのつもりですか!? 原稿の手伝いをさせてくださいよ! 先生ー!!」
アシスタント達が叫び扉を叩くものの南雲からの返答はなかった。
結局その後、扉の向こうから南雲が反応することはなく佳祐も刑部姫もアシスタント達も途方にくれた挙句、その日は皆一旦帰ることとなった。
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