第15話 初心を忘れることなかれ

「刑部姫。さすがに昨日のあれは言いすぎだよ。今日も一応アシスタントに行くけどさ、昨日みたいなきつい言い方はしないでくれよ」


「ううむ、肝に銘じておこう。しかし、あやつの部屋に行ったとしても果たして奴がわらわ達を入れてくれるだろうか……」


「それだよなぁ……」


 翌日。佳祐と刑部姫は南雲のマンションへと向かっていた。

 追い出されたとはいえ、佳祐達は担当から南雲のアシスタントのヘルプに行くよう頼まれていた。

 無論、それをしないことには佳祐には報酬が支払えず、そうなると彼の収入はなく、最悪今いるマンションを出て行くこととなる。

 当然そうなればそのマンションに住み着いている刑部姫とも会えなくなり、共に漫画家を目指す夢は潰える。

 昨日の南雲のセリフではないが、夢を叶えるためにはまず最低限暮らしていくためのお金が必要であり、そのためにも今やっているヘルプの仕事は完遂しなければならない。

 それは刑部姫も理解しているため、昨日のことを反省しながら、共に南雲の部屋の前に行き、ベルを鳴らす。


「な、南雲ー。今日もアシスタントに来たけれど開けてくれるかなー?」


 当然扉の向こうから反応はない。

 それを見かねて隣にいた刑部姫も声をかける。


「あー、そのー、南雲とやら、昨日は言いすぎた。あれからお主の漫画を見直してみたが、やはり間延びして……ではなかった。あ、あれはあれでよいと思うぞ。お主の言うとおり溜めが長いほど、それが面白くなる際はより面白さを感じるじゃろう。読者もきっと「次こそは次こそは」と思いながら本も買ってくれるぞ、うむうむ」


 そう言ってフォローになっているのかなっていないのか、そのようなことを告げるが、やはり扉の向こうからの反応はない。

 やはり今日も仕事はできないのかと諦めかけたその瞬間、


「それ読者は半分惰性で買ってるってことだろう。言っちゃなんだが褒めてるようには聞こえないぞ」


 突然扉が開き、その向こうから昨日と変わらない表情の南雲が姿を現した。

 彼の姿を見るやいなや佳祐と刑部姫は驚き、目を丸くさせた。


「な、南雲、いたのか?」


「はあ? 当たり前だろう。ここはオレの部屋だぞ。居て当たり前だろう」


「いや、そりゃそうだけど……」


 てっきりだんまりを決め込むものかと佳祐は思ったが、それはあえて口にせずそのまま飲み込む。

 そんな佳祐を不審そうな顔で見つめた後、南雲は隣にいる刑部姫へと視線を移す。


「う、うむ。昨日ぶりじゃな、南雲とやら。い、いやぁ、昨日はちと言いすぎたのぉ。すまぬすまぬ。じ、じゃが、お主の漫画はそこそこ面白いぞ。これは事実じゃ」


 そこそこというあたり余計なことを言うなと隣に立つ佳祐が視線を送るが、それに気付いた様子もなく南雲は目の前の刑部姫を凝視する。


「……入れ」


「へ?」


 一言、そう呟くと南雲は扉を開けたまま、部屋の奥へと向かう。

 二人は慌てた様子で扉の中に入り、南雲が向かった仕事部屋へと向かう。

 するとそこには昨日追い出されたアシスタント達が勢ぞろいしており、それぞれ机に向かって必死に作業している姿があった。


「ほれ」


「? なんじゃ、これは?」


 すると突然南雲は机に置いてあった原稿を刑部姫と佳祐に渡す。

 昨日、自分達が手伝っていた原稿の続きだろうかと渡されたその原稿を見るが、そこにあったのは予想外のものであった。


「!? お、おい! 南雲、この原稿って!?」


「ああ、そのまさかだ」


 原稿を手に慌てる佳祐を尻目に南雲は机に置いてあった描きかけの原稿に手を付ける。


「昨日全部描き直した。そこのちんちくりん。今ある原稿にセリフも付け足してるから、それをちょっと見てみな」


 南雲のセリフに佳祐は隣に立つ刑部姫を見る。

 だが、すでに彼女は手渡されたいくつかの原稿を文字通り凝視するほど見つめており、時折前のページに戻っては何度も熟読している。

 やがて、渡された分の原稿を読み終えると、刑部姫はひと呼吸した後、その原稿を置いて一言告げる。


「……面白い」


 それは昨日、彼女が南雲の漫画に対し言った感想と真逆の一言であった。

 そして、それを証明するように彼女は続ける。


「この漫画……というかこの原稿の話、これまでの間延びした部分を一気に解消しておる。それまで進まなかった話が進んで、この先の展開に気になる。これは最初の頃のお主の漫画『あやかしロマンス』を読んでいたのと同じ感想じゃ。先が気になってしょうがない。この次の展開一体どうなるのじゃ!?」


「ああ、それなら今描いてるのですぐに判明するよ。ちなみに、次の話ではその話も一気に畳み掛けて終わらせる予定だ」


「なっ!?」


 南雲のその一言に刑部姫ではなく、佳祐が驚く。

 彼も刑部姫が持っていた原稿を読み、その展開の面白さとスピーディさに驚いたが、それ以上に今の展開を次で畳み掛けるという発言に驚愕した。

 なぜなら、それは今の盛り上がっているクライマックスの部分を事実上、次と終わらせるということ。

 せっかく今の流れで盛り上がっているのだから、もっと続けるべきだと昨日、南雲が言っていた手法が佳祐の頭によぎっていた。

 だが、それを否定するように今、目の前で原稿を描いている南雲は告げた。


「オレはアニメ化だ、看板作品だって言われて、それを理由に話を長く続けようと間延びした展開ばかり描いていた。けれどそれはオレが今の漫画をずっと描き続けるためでも、生活のためでもない。……そっちのちんちくりんに言われたとおりだよ。オレは自分が考えているネタやアイディアが切れるのが怖かったんだ。正直、今オレの頭の中にあるこの先に『あやかしロマンス』の盛り上がる展開なんて、一つしかない。そいつを次の話で使えばあとは白紙。なんにも展開が浮かばねぇ。けど、それがなんだって言うんだよ」


 言いながら南雲は目の前の原稿にペンを走らせる。

 その背中は燃えるような情熱が見えた。


「そんなこと連載始めた当初は何回もやっていたことだよ。人気取るために今ある最大のネタやアイディアをぶつける。毎月毎月、それを何度も続けて本気の漫画を描いてたんだ。だからオレの漫画は面白かった。だからオレの漫画はトップになった。アニメにもなった」


 言いながら南雲は原稿を描きながら、出来た端からそれをアシスタント達に配っていた。


「なのに、それをやめちまって言い訳ばっかり上手くなって描くのを止めてたんだよ。そっちのちんちくりんに言われるまでもなくファンレターとかでも散々似たようなの言われてたよ。「最近のあやかしロマンスはつまらない」「昔がよかった」「いつまで引き伸ばしてんだ」ってな。オレはそれらに対して「うるせーバーカ。漫画も知らない素人が大口叩くな」ってイキってたよ。ったく、だせぇな、イキってたのどっちだよ。そうだよ、オレの作品はアニメになるんだ。漫画を描き始めた頃からの夢。その夢が叶うのに今のオレがこんなだせぇ漫画描いててどうする。だからやめた。ネタが切れたのなら、新しいネタが思いつくまで自分を追い詰める。追い詰めて追い詰めて、そうやってアイディアを出すのが漫画家なんだ。オレは漫画家だ! 自分が納得する作品を掲載してこその人気漫画なんだよ!」


 そう告げると同時に南雲は書き終わった原稿を刑部姫達に突きつける。


「つーわけだ。これは別にお前に言われたから描き直したわけじゃない。オレがオレの漫画がつまらないと思ったから描き直したんだ。分かったら、さっさと仕事にかかれ。言っとくが手を抜くなよ。今月のオレの漫画はマジでこれまでにない盛り上がりを見せるんだからな」


 そう断言する南雲を前に佳祐と刑部姫は互いに顔を見合わせた後、二人共笑顔を浮かべて頷く。


「勿論!」


「うむ! これほど面白い作品ならば、その手伝いを本気でするのはやぶさかではない! ドンドン仕上げるがよい!」


 二人の返答に南雲は「当たり前だ」と返し、二人もまた原稿に取り掛かるのであった。

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