第13話 南雲周一郎
そうして迎えた翌日。
「ここがその南雲とやらのマンションか。わらわ達がいたところよりも随分立派じゃのぉ」
「そりゃ当然だよ。今や彼は月刊アルファの看板を背負って立つ人気漫画家だからね。住んでるところも家賃のいいマンションに住んでいるさ」
そんな多少の皮肉を交えながら佳祐は刑部姫と共に南雲周一郎が暮らすマンションの中へと入る。
最新の防衛システムを搭載しており、入口には防犯カメラと共にそれぞれの部屋への直通電話と監視テレビも搭載されていた。
佳祐は知らされた部屋番号を押した後、南雲からの「おお、佳祐か。入っていいぞ」という気軽な声と共にマンションの中に入る。
やがてエレベーターに乗り、部屋の前まで来た際、僅かに緊張した様子の佳祐の背中を刑部姫が叩き、その勢いに乗るように扉をノックする。
「あー、南雲ー。オレだ、佳祐だけどー。アシスタントで来たー。開けてくれー」
ノックと共にそう名乗る。
しばしの沈黙の後、扉の奥から男の返事が返ってくる。
「入っていいぞー。鍵はかかってないー」
「……それじゃあ、遠慮なく」
南雲からの許可を受け取ると、佳祐はそのまま扉を開け中へ入る。
するとそこは佳祐達がいるマンションよりも広い通路が広がり、奥へ進み、扉を開けるとそこには数人の男達が広々とした部屋の中で複数の机に座り作業に入っている姿があり、その中心に件の人物、佳祐の知り合いでもあり現在月刊アルファの人気作品『あやかしロマンス』の作者でもある南雲周一郎が原稿片手に佳祐達が部屋に入るのを待っていた。
「よお、久しぶりだな。佳祐」
「ああ、久しぶり。南雲」
佳祐が入ってくると同時に南雲はかけていたメガネを指で押し上げるような仕草をした後、手に持っていた原稿をゆっくり机に置く。
「いやー、しかし正直お前がヘルプに来てくれるとは思わなかったよ。今はあれだろう? 連載会議に向けての新作描いてて忙しんじゃないのか?」
「いやぁまあ、それは先日担当に上げたよ。で、今は連載会議まで時間があるからお前の手伝いをしてくれって頼まれて」
「あー、そうか。すまないなぁ。いやぁ、実は先日うちのアシスタントが病気で倒れてさー。担当にヘルプを頼んだんだけど、それがまさかお前だったとは。いやぁ、なんだか悪いなぁ。立場的に色々気を遣わせなかったか?」
「いや、大丈夫だよ。それよりも原稿はどこを手伝えばいい?」
「そうだな。じゃあ、ここの背景とトーンを頼むよ。やり方はわかるよな?」
「当然。前に一緒に漫画を描いたことあっただろう」
「ははっ、あったなぁ。高校時代共同での漫画制作ー。いやー、懐かしいなぁ。思えばお前とは学生時代からの付き合いだったな。それがまさかデビューも同じでここまで一緒に漫画家としてやっていけるとはなぁ。いやいや、親しい友人が一緒に頑張ってくれるってのはオレも嬉しいよ」
「そりゃどうも。とりあえず原稿にかかるわ」
「ああ、頼んだぞ」
そう言って佳祐に原稿を渡す南雲であったが、その際佳祐の隣にいる銀髪の少女に気づく。
「? おい、佳祐。その隣にいる子は誰だ?」
「ああ、この子は……姫っていうんだ。オレの従姉妹で今はオレの漫画制作の手伝いをしている」
それを聞いた瞬間、南雲は呆気に取られた顔を浮かべるが、すぐさま吹き出すと大声で笑い出す。
「あはははは! お前、冗談だろう? そんなガキと一緒に漫画制作してんのかよ。おいおい、漫画学校の先生でもやってるのか? 悪いがオレの原稿はプロしか触れないんだ。そんなお子様が役に立つとは思わないぜ」
その南雲の一言に明らかに不満げな顔を浮かべる刑部姫であったが、そんな彼女を制止するように佳祐は告げる。
「いや、この子の実力は本物だよ。実際、画力に関してはこの子はすでにオレを抜いている。先日の原稿でもオレはこの子に作画を担当してもらった。というよりも今後はこの子と一緒に作画、原作と分けて漫画を制作するつもりだ」
「……は? お前、本気で言ってるのか?」
「本気だ。だから、この子が役に立たないという言葉は撤回してくれ」
「…………」
佳祐からの本気の視線にさすがに笑いを引っ込め、真面目な表情で佳祐とその隣に立つ少女を見比べる。
やがて、すぐ傍にあった原稿と背景写真を手に取ると、それを刑部姫へと渡す。
「姫ちゃん……って言ったよね。この原稿のここにこの写真にある背景を描けるか? 勿論、ただ描くだけじゃなく人物との線がきっちり溶け込むように書いて欲しい。そのほかのコマも同様の背景を描いてもらうけれど、ここはアングルが違うから自分で写真を参考に背景を書き込んでもらう。これが出来るならここでのヘルプを頼むよ。出来ないようなら、悪いけれど帰ってもらうよ」
そう言ってある種、突き放すように告げる南雲であったが、そんな彼から差し出された原稿と写真を手に取ると刑部姫は鼻を鳴らし一言を告げる。
「ふん、その程度のこと、造作もないわ」
そう言って早速近くの机に座り作業に取り掛かる刑部姫。
その集中力は先ほどまでとはまるで打って変わって別人のようであり、瞬く間に原稿に書き込んでいく姿を見て南雲は一瞬息を呑む。
やがて、僅かな時間で背景のラフを仕上げると刑部姫はそれを一旦南雲に見せる。
「どうじゃ、らふとやらはこれでよいか?」
「あ、ああ、そうだな……。この背景ならそのままペン入れしても構わない」
「分かった。ではすぐに仕上げよう。これなら三十分もかからないぞ」
そう告げると同時に原稿に書き込みを始める刑部姫。
その有様にはさすがの南雲も息を飲んだように固まる。
「さてと、それじゃあオレも始めるか」
一方で佳祐もまた南雲からもらった原稿に手を出し、それを見た南雲も自分の原稿を思い出したのか自分の作業へと戻る。
しばしの間、部屋には静寂と黙々と原稿に作業をする者達のペン先や鉛筆の音のみが響いた。
だが、そんな単調な音を破るように南雲が何かを思い出したのか佳祐へと声をかける。
「あー、そういえば佳祐。お前が以前まで描いてた『巫女っ娘探偵カグヤちゃん』見てたぞ」
「ああ、そうか。ありがとう」
「いやぁ、なかなか面白かったじゃないか。お前が描いてきた中じゃ一番だったんじゃないのか? あれが打ち切られるなんてご愁傷様だなー。原因なんだと思うよ?」
「さあな、単純に人気がなかったんだろう……」
「なら、代わりにオレが答えてやろうか? まずな、お前の漫画はキャラが弱いんだよ。動機付けも浅い。あんなんじゃ読者はのめり込まないよ。あと絵がなー、イマイチなんだよなー。お前昔っから絵下手だったからなー、それを差し引いても内容はちょっと薄いもんなぁ。そりゃまあ、打ち切られて当然かー」
「ははっ、そうかもな」
先ほど「面白かった」と言いながら次の瞬間にはダメ出しをして貶めるスタイルに佳祐だけではなく、それを聞いていた周りのアシスタント達も思わず眉を下げる。
「まあ、せっかくオレのところにアシに来たんだし、大先生のオレのアドバイスを聞いて言ったらどうだ? なにせオレが描いてる漫画は今や月刊アルファの看板だし。人気漫画を描いてる作者の言うことに間違いはないんだからさ。なんだったらオレが没にしたネタをいくつかやろうか? これだけでも十分連載を狙えるやつも――」
そう言って今度は自らの自慢を始める南雲であったが、そんな彼のセリフを止めたのは刑部姫の一言であった。
「いや、こう言ってはなんだがお主の作品よりも佳祐が描いた作品の方が面白いぞ」
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