第8話

屋敷に着いたのは真夜中のことだった。

 

 ぴんぴんしている俺の顔を見るなり、両親は驚いたような喜んでいるような、よくわからない表情をして俺達を迎えてくれた。

 

 まぁ、心配かけたのは悪いと思う。一度戻ったときに顔を見せておこうかとも考えたが、そうなことをすれば両親は俺が救出に行くのを認めてはくれないだろう?

 

 結果的には全て丸くおさまって万々歳さ。

 

 エミリアは疲労が祟ったのか、それとも緊張の糸が解けて安心しきってしまったのか、屋敷に入るなりヘナヘナと倒れ崩れてしまった。顔を覗くと穏やかな表情で寝息をたてている。

 

 ま、今日は色々あったからな、仕方ないか。

 

 「エミリアは私が寝室に運ぶから、カルラ、あなたはとりあえずお風呂に入っていきなさい、今日は寒かったから体冷えているでしょう」

 

 そう言われると確かに冷えたな。それに暖かい部屋に入ってから氷魔法で凍っていた服がちょっと溶けてきている。びちょびちょして気持ちが悪いから一刻も早く脱ぎたいところだ。

 

 「わかりました、エミリアのことよろしくお願いします」

 

 「ああ、それと後で話がある、風呂に上がったら居間に来なさい」

 

 「わかりました、お父様」

 

 話というのは今日のことだろうな。なんせ死んだと思っていた息子が拐われたエミリアを助け出してきたのだから、両親からすれば何もわからずちんぷんかんぷんだろう。

 

 うーむ、どうしようか、そのまま正直に話すか誤魔化すか……。

 

 まあいい、今は風呂だ風呂。

 

 俺は考えることをやめて早足気味に風呂場に向かった。

 

 幼い頃から入ってはいるものの、一人で使うにはあまりにも大きい浴槽。

 

 俺はその湯船に浸かりながら独り気が狂ったように笑うのを堪えていた。

 

 「クク、クハハ」

 

 一応これでも抑えているつもりだ。抑えていなかったら、ブワハハハハハハハ、みたいな笑い声になっているだろう。多分この笑いは俺の中のマチューの部分に依るものだ。


俺自身特に笑いたいような気分ではないが、勝手に笑みがこぼれてしまう。まったく難儀な体になってしまったものだ。

 

 俺の中のマチューはこう言っている。「まさか本当に転生してしまうとはな、 おかげで諦めかけていた復讐のチャンスが再び俺に舞い戻ってきた」ああ、もう嬉しそうでなによりだよ。

 

 俺の中は依然として不安定なままだが、俺自身も案外悪い気分ではなかった。それは多分、今まで俺の中から何かが抜け落ちていたような喪失感やら欠落感が記憶の復活によって満たされているからだ。

 

 今はむしろ前の世界の勇者を殺したくてウズウズしている。

まさか勇者なんて素敵な肩書きを持っているやつが、ただの冷徹な殺戮者だったなんてな。

しかもそれを正義のためだと罪の自覚がないってんだから救いようがない。

 

 そうとなれば早速行動に移らなければ。

 

 「クク、ククク……フゥー」

 

 マチューの高笑いがおさまるのを見計らって、俺は今後の活動方針について考えることにした。

 

 まず状況を確認しようか、俺はカルラ・セントラルク。貴族の生まれで本来魔法の才があるはずだが、前世の影響でそれはなかったことになっている。そのかわり防御力や敏捷性ステータスがとんでもないことになっているが、勇者たち討伐にあたっては攻撃力の低さが致命的。職業は〈精霊使い〉で……ってあれ?そういや〈精霊使い〉ってどんな職業なんだ?

 

 魔法を扱う職業だったら詰みに近いんだが……

 

 まあそこら辺はあの無能神が調整してる、よな……?

 

 無能をあてにするしかないという、少し矛盾をはらんだ状況になっていることに気がつき、頭が痛くなる。

 

 とりあえず今言えることは、遅かれ早かれ、俺はこの家を出ていかないといけない。魔法が使えないのに魔法使いの家にいても仕方がないからな、どこかで自分に合った修行をしなければならないだろう。具体的な方法はまだ分からないが。

 

 「つまりなんにも決まってないってことね」

 

 誰もいない風呂場で独り言を呟き、少しだけ苦笑してしまう。今のはマチューによるものではないが、なんか記憶戻してから独り言が多くなってしまった気がするな、周りから危ない目で見られてしまいそうだ。

 

 さて、体も温まったしそろそろ出るか……

 

 

 「お父様、ただいま戻りました」

 

 「おお、早かったな、とりあえずそこに座りなさい」

 

 居間に行くと、父がソファーに腰かけていて向かいの席に座るよう促された。

 

 ちなみに今いるのは俺と父だけだ、エミリアもリインはともかくとして、母の姿もそこにはなかった。エミリアの様子でも見に行っているのだろうか。

 

 「それでお話というのは」

 

 「ん?あ、あぁそうだな呼び出しておいてなんだが何を話せばいいやら……すまない」

 

 どこかぎこちない父の様子に心情を察する。おれから口を開かなければ話が進まなさそうだ。

 

 「いえ、おおよその見当はつきます、私に聞きたくても聞きづらいことがあるのでしょう?」

 

 「あ、あぁまあな、……単刀直入に聞く、カルラ、おまえはどうやってエミリアを賊から救いだして帰って来たんだ?」

 

 「そうですね……ではお父様、リインからはどのように話を聞いていますか?」

 

 「森に入ったところで賊に襲われ、おまえは刺されてエミリアは拐われた、そのように聞いている」

 

 「大体は合っています、しかし自分でも驚いたことに、辛うじて急所は外れてまして、傷も浅かったのでなんとか生き延びることができました、エミリアの救出に関しては、実は僕はほとんどなにもしていません、いてもたってもいられなくなってアジトに向かったはいいのですが、私が敵うはずもなく、憲兵の方が来てくれていなかったら今頃どうなっていたか……」

 


 前の世界で誰かが言っていた。「嘘をつくときはほんの少し真実を混ぜるといい」

 

 その言葉にならって、俺は最初の部分だけ嘘をついた。流石にここだけは真実を伝えるわけにはいかない、色々ややこしくなってしまう。

 

 「ふむ、そうだったか……」

 

 質問の答えを聞いてもなお、父は歯切れの悪い様子を見せた。俺の言ったことを怪しんでいるわけじゃない。なにか別の思惑を抱えている、そんな雰囲気だった。

 

 「お父様?」

 

 まるで俺のことそっちのけで考え込み出してしまった父を見て、思わず声をかける。

 

 「ん、ああ、すまない」

 

 「いえ……それで、話というのはそれだけですか?」

 

 「いや、まだあるにはあるんだが、ところでカルラ、おまえ少し雰囲気が変わったか?」

 

 うん?これはいったいどういう意図に基づいた質問だろうか、もしかして俺の正体に気がついているのか?それともかまをかけているだけだろうか。

 

 いや、疑いすぎか、みんながみんなマチューみたいな奴とは限らないだろ。

 

 俺はボロを出さないよう慎重に答えた。

 

 「ええと、質問の意味を理解しかねますが、私自身特にはなにも変わっておりません、それともお父様の目には私はどこかおかしく見えますか…?」

 

 「あ、うん、まぁそういうところが変なんだが……」

 

 ボソボソと言っていてよく聞き取れない。

 

 なんかまどろっこしいな、言いたいことがあるならさっさと言えばいいじゃないか。

 

 はぁ、と溜息を吐いた瞬間すぐに気がついた。やばい、今の溜息は怪しまれるぞ、普段ならこんな態度とらないからな……

 

 父の方に目を向けると、案の定父は目をまん丸にして驚いている。

 

 やばいやばい、めんどくさい。なんとかして誤魔化さなければ。

 

 俺が弁明の言葉を考えていると、父は意外と落ち着いた様子で話を再開させた。いや、ほんの少しだけ興奮しているか?興味深そうに俺の顔を覗きこんでくる。

 

 「やはり、おまえは変わってしまったようだ、先代の言っていたことは本当だったのか……」

 

 先代?つまり俺の祖父ということか?父はいったいなんの話をしているんだ。

 

 「お祖父様がなにか仰っていたのですか…?」 

 

 「ああ、すまない、おまえはなにも知らないな、おまえがまだ生まれる前、病で寝たきりだった先代がアルルカ様の神託を夢で見たと言って、私にこう告げたのだ。そう遠くないうちに我がセントラルク家に双子が生まれる。しかしその片割れは我々には手に負えないほどの大きな使命を抱えており、やがてこの家を出ることになるだろう、と」

 

 「……」

 

 俺はそれを何も言わず聞いていた。まああり得ない話ではないな、もしかしたら無能が気を利かせたのかもしれない。

 

 「なぜこのような話をおまえにしたのか、私は今、おまえがその片割れだと確信しているからだ、カルラ、正直に言って欲しい、おまえは今どうしたい?」

 

 やっと本題に入ったような気がした。なるほど、父は全てを予感していたというわけか。

 

 俺は少しだけ考えて、固く閉ざしていた口を開いた。

 

 「お父様の仰る通りです、私には今、どうしても果たさなければならない使命があります、迷惑をかけるかもしれないので詳細はお伝えできませんが、私にとってはとても大事な使命なんです」

 

 こんなことで納得してもらえるかは分からないが、今はこう言うしかない。しかし父は意外と大人しく聞き入れてくれた。

 

 「そうか、教えてはくれないか……」

 

 少し残念そうな顔を見せる。らしくもなく弱気な様子だ。

 

 「申し訳ありません、そしてお祖父様が仰ってたというこの家を出ることになるというのも本当だと思います、……おそらく、今がそのときなのだと私は考えています」

 

 俺がそう言うと、父はひどく悲しそうな表情に変わった。まるで、恐れていたことが現実に起きてしまったと言いたげな顔だ。

 

 「そうか、……今日はなんという日だ、せっかくの我が子の誕生日だというのに、まともに祝うこともかなわない、少しだけ神を呪ってしまいたい気分だ……」

 

 「……?」

 

 「フッフッフッ……そうかそうか、カルラがこの家を……」

 

 父が目を手で抑え天井を仰ぎ見たかと思えば、ギロッッッッっと視線だけを俺のほうへ戻してこう言ってきた。

 

 「よろしい!!!ならば決闘だ!!!!おまえが勝てばおまえがここを出ていくことを認めよう!!!しかし私が勝てばおまえは今までどおり私の子として、この家の人間として生きてもらうッ!!!!!」

 

 父は完全に吹っ切れていた。今日一日で色々なことがあって頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

 

 でもそういうのは嫌いじゃない、親離れは通過儀礼って言うしな、分かりやすくていいじゃないか。

 

 「わかりました、受けて立ちます」

 

 お互い威勢よく立ち上がって睨みあう。父の剣幕は相当なものだが、ここで怯む俺じゃあない。

 

 「いい目だ……戦う男の目をしている……」

 

 夜も更けて誰も彼もが寝静まった屋敷の居間で、二人の男が静かな闘志を燃やしていた。セントラルク家現当主、シャーディー・セントラルク。その実力は如何程のものか。

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