第7話
「こんばんわー」
まるで親しい友人の家に上がり込むかのような、そんな一切の緊張感も纏わせず俺は敵のアジトに乗り込んだ。
ひとまず部屋の内部を確認する。
うん、なんというかただのオンボロ教会だな。ホコリ臭いし、清掃はされてないし、あっちの隅なんて蜘蛛の巣が張っている。ってしかし暗い部屋だな、照明もないから明かりは窓から差す月の光と蝋燭の火くらいしかない。
連中、やる時は雰囲気に拘るタイプか?
「っと…」
そうして俺は暗い暗い部屋を見回して、やっとのこさ人影を発見した。
一人を取り囲むようにして1、2、3、4……。全員こっちに気がついてるな。あ、一人と目が合った、あいつはさっき俺を刺したやつだな。なんか目を丸くして驚いとるわ、あーおもろ。
と、そこで 男が手に持っていたナイフの先を目で追っていくと……
ヒュー、
俺は目の前の光景を見て思わず口笛を吹いた。
まあなんということでしょう、今まさにエミリア嬢のお召し物が羅漢の得物によって剥がされようとしているじゃあありませんか。
「どうやらギリギリセーフっぽいな」
「カルラ!」
エミリアは今さっきまで虚な目をしていた癖に俺の顔を見るなりとたんに輝きを取り戻した。
やめろやめろ、そんな風に名前を呼ばれたら、まるで俺がおとぎ話の王子様のようじゃないか。
残念ながらそういうロマンチックなのはさっき捨てたんだ。ごめんな。
「てめえさっきのガキか!?なんでここがわかった!?ていうかなんで生きてやがる!?外の見張りはどうしたァ!?」
賊の一人がそんなことを聞いてきた。質問多過ぎ、一々答える気にもならない。
多分だけど、こいつらけっこう馬鹿なんだろうな。今までどう活動してたのか知らないけど、憲兵に目つけられてるしアジトバレてるし、しかもバレてることに気がついてないし。なんで今まで捕まってなかったんだ?
まあこっちは楽でいいけどさ。
「えっとですね、ちょっとそこの女の子返してほしいんです、大事な幼馴染みなんで」
敵の質問に答えず、俺は一方的にこちらの要求を伝えた。もちろん賊がそれに応じるわけがない。
「なめてんのかてめぇ!」
そう言い放つと同時にナイフを一本投げつけてくる。それはまっすぐに俺の眉間に飛んできて、避けるのは少し難しそうだ。こいつら、刺されたときも思ったけど脳ミソが足りてない割りにナイフの扱いだけはやたら上手い。
俺はナイフを避けようともせず受け止めた。どうやって?なにもしてないよ。
ただ、じっと待っていたらナイフはコーーーーーンという屋内によく響く音をたてては俺の眉間に弾かれたんだ。
耐久値7000越え、今の俺は物理攻撃に対して鋼よりも硬く、眉間には傷一つついてない。もちろん痛みなんて感じるわけもない。言い例えるなら赤ん坊のデコピン、それくらいの衝撃にしか感じなかった。
「……!?」
男は完全に仕留めたと思っていたんだろう。その一部始終を目の当たりにして、開いた口が塞がらないといった様子で、連中のさっきまでの威勢のよさは完全に削がれてしまっていた。
「残念だけど、森でのようにやれるとは思わないことですね、こんなナイフじゃあ逆にそっちの刃が潰れますよ」
正直なところ避けようがなかったから一か八かの賭けに出ただけなんだけどな。背中は冷や汗ダラダラで、どうせならハッタリを効かせて余裕な態度をとってみせたが、効果は確かにあったようだ。
「なにを!?怯むな!どんどん投げつけろ!」
一人がそう言って檄を飛ばすと、戦意を取り戻した男達から無数のナイフが俺に迫ってきて、それはことごとく正確な狙いをしていた。
しかしそんなことをどれだけやっても、無駄、無意味、無傷。
俺は御丁寧にも忠告してあげたというのに、わからないヤツらだなぁ。
もうまともに会話するのもダルくなってしまって、俺はずんずん前に歩みだした。
「チッ……どんな魔法を使ったか知らねえがあんまり調子に乗ってると痛い目見るぜ!?」
ナイフを投げたやつとは別の男の一人がそう言って合図を送ると、他の二人が素早く動き出して俺はあっという間に囲まれた。
「どうだ!?これで逃げれないぞ!」
別に逃げるつもりなんて最初からないんだがな……。
しかし囲んで退路を塞いだからって何をすると言うのだろうか。
俺は立ち止まって賊どもの次の作戦を見物しようと待っていたら、その中の一人が魔法の詠唱をはじめた。
けっこう長いな、中級くらいはくるか?
「ひゃはははは!これで終わりだ!〈アイス・プリズン〉!!!」
意気揚々と放たれた魔法は氷属性のものだった。
俺の真上に展開された魔方陣から猛烈な冷気が襲いかかる。
「〈アイス・プリズン〉対象を瞬間的に氷漬けにする魔法だ、いくら硬かろうとこれは助かるまい」
男は満足気に語るが、残念ながら言った通りにはならなかった。
メタルスライムの特性を引き継いでる俺にとって、属性魔法なんてまるで意味を成さないのだから。
立ち込める冷気を振り払い、俺はニヤリと笑って全く効いていないことを示してやった。
「なんで効いてねえんだよおおおおおお!?!?!?」
魔法を放った当人はなんとも面白い間抜けなリアクションを見せてくれた。
頭を抱えてこちらを指差し、混乱と恐怖で支配されてしまったという顔をしている。
「ああ、ごめんなさい、言い忘れていました、僕魔法も効かないんですよ」
しかし一概に効いてないとは言えないんだぜ?残念ながら服が凍ってパリパリになってしまった。
メタルスライムでいるときにはまずならない事態で少し勉強になったな。まあ、ほぐせば動くのに支障はなさそうだ。
俺が呑気に凍った服をほぐしているのを、男達は妨害しようとはしてこなかった。
どうやったらコイツを倒せるんだ?
そんなことを考えているのが、ヤツらの焦った表情からわかる。手を出したくてもだせない、そういう状況だった。
俺は時間をかけて丁寧に服をほぐして、ひとしきり終えると動き出した。
「なっ!?コイツはええ!」
文字通り桁違いの敏捷性を見せつけながら、俺は素早く包囲網を抜け出した。
そうして撹乱させるように部屋中を走り回るが、部屋の中がやたら暗いということもあって、賊どもは俺を目で捉えることすら困難なようだった。
「はは、どうしたどうした?俺はこっちだぞ」
おっといけない、つい楽しくてマチュー口調で喋ってしまった。エミリアに聞かれてないといいんだがな。
そんなことを能天気に心配しながら俺は蝋燭に近づいた。火を消してさらに撹乱してやろうかと考えた故の行動だが、後のことを考えるとそのままのほうが都合がよさそうなことに気がついて結局なにもしなかった。
「クソッ!とりあえず暗視魔法だ!〈ダークサイト〉!」
さっき氷魔法を使っていた男がそういうと、三人は自身に魔法をかけた。
どうやらこれだけ翻弄されても、まだ冷静な判断が出来るようだな。
しかし、やっぱりそれは無駄な足掻きというもので、ヤツらは俺の思惑にも気づかず、悪戯に時間だけが過ぎていく。
「まあこのままなにもしないってのもなんだから剣を使ってみようか」
そう言って移動を続けながら剣を抜き出し、ナイフの男の背後から襲いかかった。
このとき少し驚いたのが、俺自身剣の素人であるにも関わらずそれなりに扱えていたということだ。
もしかして剣そのものに剣術スキルの付与効果でも施されているのだろうか。まあ貴族の家に飾られていた剣なのだからそれくらいあってもおかしくないか。
後ろ足の踏ん張りと前足の踏み込みを利用して鋭く突き出された剣先は、鮮やかに男の背中を抉ってみせた。
「ガァ!?こんのガキ!」
男は苦悶の表情を見せるが、しかし絶命にまでは至らない。筋力、攻撃力の低さが致命的で、大人の男にはこれくらいの傷が関の山だった。
まあこの不意討ち戦法を死ぬまで続けてもいいんだけど、ちょっと非効率かなと思う。それに剣は初めからあてにしてなかったしな。
俺は適当に他のヤツらにも同じようにダメージを与えて、飽きてしまったタイミングで鞘に納めた。
「なんなんだよこのガキ……?俺もうこええよ……」
賊の一人は怖じ気づいてしまって、その場にへたりこんでしまった。
おいおいメンタル弱いなぁ。そんなんでよく悪党やろうと思えるわ。
まあ気持ちがわからないこともない、あいつらからすれば俺は得体のしれない化物に見えているのだろう。
忘れていたわけではないが、思い出したかのようにチラッとエミリアのほうに目を向けたら、どうやら彼女も俺の変わりように驚いているようだ。
ちょっと怖がっているようにも見えたので安心させるためにニコッと微笑んでやったら、少しだけ彼女の顔も柔らかくなった。
しかしこれがよくなかった。いや、ぶっちゃけ大したことじゃないんだが、エミリアに注意を引いていた隙を狙って賊の一人が俺に抱きつき拘束してきたのだ。
「よそ見してんじゃねえぞオラァ!どうだ、これで身動きはとれまい!どれだけ硬かろうとしょせんはガキ、大人の腕力には勝てんぞ!」
んー確かにこれは動けない。前世ではこういうことは起きなかったから、これも新たな発見だ。今後拘束対策は必須だな。
そんなことを呑気に考えていたのが顔に出ていたのか、男は怪訝な顔をしている。
「おい……!なに余裕ぶってんだ……!動きを封じてしまえばおまえなんて……!」
「おまえなんて、なに?」
何がしたいのかわからなかったので冷たくそう言ってみせたら、男は激昂した。
「あああああ!!!!もう許さねえ!遊びは終わりだ!このまま近くの崖に落としてやるよ!」
「ふーん、遊びは終わり、か……、残念だけどそれはこっちのセリフなんだよね」
もうそろそろ良い頃合いだろ、俺がここに入ってから体感30分、時間は充分に稼いだはずだ。
「ああ!?そりゃどういう意味……」
バンッ!!!
男が言いかけた瞬間、勢いよく扉が開かれた。魔法によって生み出された光が強く部屋の中を照らし、その光でその場にいた全員が怯んでしまう。
「憲兵団だ!ここは完全に包囲されている!大人しく降伏しろ!!!」
鉄の鎧に身を包んだ男がそう言うと同時に5、6人の憲兵が屋内へなだれこんできた。賊どもは不幸なことに魔法〈ダークサイト〉のせいでもろに光を目に浴びてしまって反応することが出来ずにいた。
「クソッ!?なんで憲兵が!?」
目を手で抑えながら賊の一人が叫ぶ。
知らねえよ、逆におまえらのガバさ加減について質問したいくらいだわ。
そうして賊どもは憲兵の指示に従わず抵抗しだした、今教会の中は混戦状態だ。
男が離れて自由になった俺はその中をすいすいと抜けていって、行儀悪くも部屋内の奥に置かれた主祭壇に腰かけた。
「ハハハ、いいぞもっとやれ」
ここからだと戦いの様子がよく見えて楽しい。俺はしばらくその様子を見物していた。
まあつまりは俺の作戦はこういうことさ、自力で倒すのは骨が折れそうだから、憲兵どもが到着するまで時間稼ぎをする。ただそれだけ。
無駄なんかじゃねえぞ?俺がいなきゃ今頃エミリアは股の下を腫らしていただろうからな。それは俺自身もあまり良い気持ちはしないので無事守れて良かったよ。あっはっはっは。
おっと、そういや観戦に熱中していて当のエミリアを忘れていた。
俺は主祭壇から飛び降りて、縄で縛られていたエミリアのもとに行って拘束を解いてやった。
「カルラぁぁぁぁ」
おいおい、そんなべったり抱きつくなよ。多分俺の服冷たいだろ?あー……、よしよし怖かったな。もう大丈夫、大丈夫だから鼻水つけないで?
なんとかエミリアを一旦引き剥がし、俺達はなるべく戦いの邪魔にならないように注意しながら部屋内を移動して外に出た。
外では待機していた憲兵が俺らを保護してくれて、俺達はそのまま屋敷まで送ってもらった。
まあ初戦はしょっぱいものになってしまったが得るものも大きかった。まだまだ体も成長するし、これから弱点を克服して強くなっていけばいいさ。
あん?なんだ不満足か?しょうがねえだろ10歳なんだから、むしろ格上相手によくやったほうさ。とりあえずは今日は俺の勝ちってことで。
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