第5話
エミリアは屋敷から少し離れた高台に行きたいそうで、僕らはそれに従った。
道中は石畳で舗装された道ではあるが、周りは木々や草に囲まれている。辺りは暗く、ぽつりぽつりと置かれた街灯だけが道標だった。
緩やかな坂はけっこう長く続いていて、登っていると雪積もる冬にも関わらず僕らの体温は少し上がっていた。
その間、なんの会話もないのは気まずかったので、話題欲しさに僕はエミリアに質問した。
「それでどうして高台なんかに?」
「んー、人気のないところだったらどこでもよかったんだけど、まあなんとなく?」
まるで屈託のない笑顔でそんなことを言われて、今日も振り回されてるなぁなんて内心溜息をついたけど、心の余裕があったのかやっぱり悪い気はしなかった。
しかしリインはそうではなかったようで、
「おい、たいした用がないなら俺はもう帰るぞ」
「ダメー!」
「チッ……、うざったいな……」
と不機嫌オーラで満ち溢れている。こんな調子じゃエミリアのハートを掴むのもまだまだだろうな。
「あ、高台が見えてきたよ」
そうして二人がごちゃごちゃ揉めてるうちに、僕達は目的の場所に到着した。
「それで?いったいここで何をするっていうのさ」
「えっと、そのぉ、とりあえずこれ……」
エミリアはめずらしくモジモジしながら照れ臭そうにしては、僕達兄弟に綺麗にラッピングされた小包を差し出してきた。
「これは?」
僕はそれを受けとるなり、まじまじと見つめながら質問した。
「あ、開けてみて」
「うん」
そう言われて包みを開けてみると、中から小綺麗な銀の指輪が出てきた。
デザインから見るにペア用だろうか、もしかしてと思ってリインのを見ると、やはり僕の指輪によく似た物を持っている。
何でリインとペアルックなんだ?さすがの僕もこれには少し困った。
リインなんて露骨に嫌そうな顔をしている。いやわかる、わかるよその気持ち。
そんな僕らの気持ちを察したのか、焦ったようにエミリアが口を開いた。
「えっと、それは私から二人への誕生日プレゼント、店の人から教えて貰ったんだけど、それをつけてる二人は仲良くなれるまじないが掛けられているんだって……」
そんなことを言われて、僕は頭の中で理解した。
つまりは、エミリアはケンカも絶えず関係も悪い僕達兄弟を見かねて、10歳の誕生日である今日を機会に仲直りしてほしいんだ。
「お節介かもしれないけど、余計なお世話かもしれないけど、私、どうしても二人に仲直りしてほしくって、それで三人仲良く遊べたらなって……」
そう言って、彼女は泣き出しそうになるのを抑えるように、顔を手で隠す。
きっと、今まで僕が胸に秘めていた想いがあるように、彼女にも色々抱えていたものがあるのだろう。
僕はそんなエミリアの様子を見て、なんだか悪いことをしたような、申しわけない気持ちになって、かける言葉が見つからなかった。
どうやらそれはリインも同じなようで、僕らは二人してなにもすることが出来なかった。
前々から思ってたけど、ほんとこういうところはそっくりなんだよなぁ。
それで結局どうしたかというと、僕らは醜くも誰が彼女を慰めるか責任を押しつけあった。
「リイン、彼女をこんなにしたのは君のせいなんじゃないか?ここは君がエミリアを執り成すべきだ」
「なんで俺が……ッ!カルラてめぇがやれ」
「まったくわかってない、レディが泣いているんだ、優しくするのが紳士の務めだよ」
「ああ!?意味のわからないことを……」
しかし、エミリアそっちのけでそんなやり取りをしていて、思い出したかのようにに彼女のほうへ目を向けると、先ほどまで泣きかけていたのはどこへやら、何やら様子が急変していた。
「二人ともバカー!もうしらない!」
まるで雷が落ちたかのように、エミリアはそう怒鳴って駆け出しては森の奥へと姿を消してしまった。
さすがの僕らもこれはまずいと思って顔を見合わせては仕方なく彼女の後を追った。
森の中は月明かりくらいしか光がなく、リインがランプ代わりに魔法で炎を灯して僕らは奥に進んだ。幸いエミリアはすぐに見つけることができたが、なぜか彼女の様子がおかしい。
僕が、「お~い!」と声をかけるとエミリアは振り返り、彼女のひどく震え怯えた表情が見えたのだ。
僕らはそれに一瞬驚いて、なにがあったんだ?と思ってよく目を凝らしてみれば、エミリアの目の前にはローブを深く被った三人組の男達が、ナイフを急所に刺され絶命している商人らしき中年の男をとり囲んでいる。
これは誰がどうみてもまずい状況だ。僕達は人が殺されているところを目撃してしまった。
「おいおいおぉ~い、こんな冬の夜道に子供が三人、どうしたのかなぁ迷子かなぁ?ダメだよこんなところに来ちゃあ、危ないおじさんがいるかもしれないからさぁぁぁぁぁ!?!??!」
とっくに僕達の存在に気がついていた賊の一人は、言い切ると同時にエミリアに襲いかかった。恐らくは、この場を見られたからには生きては帰さないと考えているのだろう。
その動きはよく訓練されているようで、一切の無駄がなく、彼が決して素人ではないことが分かる。突き出されたナイフは夜で暗いにも関わらず、一切のブレもなく一直線にエミリアの喉元に迫った。
エミリアはあまりの恐怖で逃げ出すこともかなわない様子だ。
まさに絶体絶命、彼女の命が今まさに脅かされている。
「エミリア!!!」
気がつけば僕は体が勝手に動いていた。男が動き出したのと同時に駆け出していて、彼女の前に立ち塞がるように飛び込んだ。
そんなことをすれば男のナイフが僕の胸部に深く突き刺さるのは当たり前のことなのは理解していたはずなのに、僕は酷くバカなことをした。
ドォン、と体全体に重く響くような衝撃。
「う、ぁ……」
あまりの痛みに、声が声にならない。
薄れ行く意識、
ヒリヒリと熱を覚えては痛む傷、
それに反して手足はみるみる冷えていく感覚がして、僕は死ぬんだと悟った。
「クソッ……!クソッ……!」
すべてを後ろから見ていたリインは、反撃したくても恐怖のあまり動けないといった様子だ。無理もない、どれだけレベルが高いといっても彼は今日で10歳になったばかりの子供なのだから。
「おい、そのメスガキは殺すな、よく見れば中々の上玉だ、こいつは高く売れるぜ」
「オーケイ、なんなら今夜はこいつをまわすか」
「ヤダ!離して!カルラ!カルラぁ!!!」
倒れるときに視界が捉えたのは、助けを求めにいったのだろう、街道のほうへ走り去っていくリインと、男達に捕らえられ抵抗し、手を伸ばしながら僕の名を呼ぶエミリアの姿だった。
やがて誰もいなくなって、僕は一人、雪積もる地面に倒れ伏せていた。
雪がだんだん強くなっていって、意識が朦朧としていても髪や背中に雪が積もっているのがわかる。あんなにざっくり刺されたのに、急所を外れていたのだろうか、人は中々死ねないものなんだな、とくだらないことを考える。
しかし、もう痛いのかどうかもわからないけど、死ぬのは時間の問題で間違いなさそうだ。既に手足の感覚は消えていて、動かすこともかなわない。
僕は死ぬのか、こんなところで。弟に負けっぱなしで親の期待にも応えられず、何も成せないまま誰に看取られることもなく死んでいくのか。
……でもまあ、それでいいのかもしれない。
どうしようもないクズにはお似合いの最後ってところか。
ああ、なんか記憶が蘇っていくよ、これが走馬灯ってやつなのかな。
そうそう、勇者に仲間を皆殺しにされて、復讐を誓ったけど叶わなくて、死後の世界でアルルカ様にお願いされて転生したんだよなぁ……
…………
なんだこの記憶!?
えっ、えっえっえっなにこれ!?
なんなのこれ!?違う!これは僕の記憶じゃない!
混乱している僕をよそに、誰かもわからない声が脳内に直接響いた。
『本体生命活動の低下を確認、回復処置に移行します』
それを聞いて僕は理解した。
ああ、わかったぞ。死を前にして頭がおかしくなったんだな、そうだ、そうに違いない。これはきっと幻想、夢、幻の類いにちがいない。
自分にそう言い聞かせていたら、あることに気がついた。
先ほどまで朦朧としていた意識が、今は比較的はっきりとしている。これだけ脳内でぶつくさ考え事をできているのがその証拠だ。ハッとなって傷口に手を当てたら、いつのまにか出血が止まっていた。
「なんだこれ…… ッ!?」
さらに、まるで息つく暇もないまま、僕の体に新たな異変が起きた。
『本体回復進行度90%に到達、前世の記憶の再構築完了を確認、〈"耐久"ボーナス〉〈"敏捷"ボーナス〉〈魔法無効〉のスキル引き継ぎ完了を確認』
謎の声がそう言うのと同時に、僕の中に何かが入ってくるのがわかった。いや、入ってくるという表現には語弊がある。それは外から侵入してきたわけじゃない、コイツははじめから、僕の中にいたんだ。
いや、それも厳密には違う。
コイツは、僕自身だ。
僕はカルラ・セントラルク、誇り高きセントラルク家の末裔?
僕はカルラ・セントラルク?魔法もろくに使えない落ちこぼれエルフ?
───いや、僕は、
───俺は、カルラ・セントラルク。戦う使命を背負った戦士。腐った正義に仇なす者。
やっと…… やっと自分がなんだったのかを思いだした。
『マチュー完全転生完了、これを以て全ての補助機能を削除します』
「っあー…… いやな目覚めだ、あの無能神、なんつー筋書きを考えやがんだ」
やっとのことで前世の記憶を取り戻した俺は、とりあえず身を起こすことにした。雪に手足をとられて少し手間取ったが、なんということはない。
ぱっぱっ、と頭や衣服についた雪を払って、そっと月に目を向ける。
そうして俺はぼそりと呟いた。
「ククク…… 茶番はしまいだ」
マチュー改め、カルラ・セントラルク。ここからが本番だ。
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