第4話

さぁて、そんな感じで暇潰しをしながら馬車に揺られること30分。僕らは町の教会に到着した。




 僕らエルフの領地は一年間のうち冬の時期が長く、今日も町は除雪された道路以外はしんしんと雪が降り積もっている。




 そして教会はそんな町の一番奥に位置していて、信者や庶民が出入りしている、その佇まいは豪華絢爛、とまではいかないが、他の建物の外装と比較すれば大いに綺羅びやかで豪華な作りだと言えるだろう。




 僕らが礼拝堂へ赴くと、そこには同じく『聖儀』を受けようと他の人達が受付にたくさん並んでいた。




 しかし僕らはこの列に並ぶ必要はない。




 「セントラルクの者だが」




 と父が言えば、僕らは受付をすることなく『聖儀』の部屋へと案内される。




 まぁ、いわゆる貴族特権ってやつかな。事前に予約もしてたしね。




 『聖儀』の部屋は教会の外装に比べれば幾分か質素な作りだった。




 守護神アルルカ様を模した銅像が部屋の最奥に納められ、その手前には石で作られた台のような形をした簡素な祭壇が設置されている。




 しばしお待ちください、と修道女に言われ数分が経過した後に『聖儀』を執り行う神父が現れた。




 まあ、これと言って特徴はない。もじゃもじゃの髭を伸ばした普通のおじいちゃんだ。




 「お久し振りです、セントラルク卿、先代様の葬儀以来ですから13年振りですかな?」




 「ああ、そうだね、今日はかわいい二人の息子の『聖儀』だ。よろしく頼むよ」




 「もちろんですとも、このラウス、精一杯務めさせて頂きます」




 久し振りの再会の喜びをわかちあったのも束の間、神父はさっそく儀式の準備に取りかかった。




 「それでは、まずどちらから行いましょうか?」




 僕らから見て祭壇の奥、つまり銅像と祭壇の間に陣取り、ラウス神父は僕らをそれぞれ一瞥しながらそう言った。




 「だったらまずは私から」




 猫を被ったリインが一歩前に出て名乗りを上げる。実に彼らしい行動だ。




 神父はそれを聞いて僕に合図を求めてくるので、コクりと頷いて承諾の意を伝えた。まぁ、いきなり自分がするのは怖いかな……。




 「かしこまりました……。それではリイン様、祭壇の前へ」




 リインは指示に従って静かに祭壇の前に立った。




 「ステータスプレートはお持ちですね?」




 「ええ」




 リインはそう言って懐からステータスプレートを取り出した。




 




 「よろしい、では、ステータスプレートを祭壇の上へ」




 そうして言われたままにそっとステータスプレートを置いた。




 


 「それでは、リイン様の『聖儀』をはじめます、私が詠唱を終えましたらステータスプレートに魔力を込めてください」




 リインは頷き、神父は持っていた聖書を広げて呪文を唱えだした。




 それから10分程、神父が聖書を読み上げるのを確認しリインはステータスプレートに手をかざした。




 少しの緊張感が部屋全体を覆う。




 しばらくして、ステータスプレートの職業欄に文字が浮かびあがってきたて、そこには紛れもない〈魔導師〉の文字が刻まれていた。




 リインはステータスプレートを手にとりニヤッと笑みを浮かべながら周りに見せつけた。それを見た父と母は当たり前だと言わんばかりの表情をしつつも、安堵の息を漏らしていた。




 


 「さ、それではカルラ様、次はあなたの番ですぞ」




 リインが壇上から下がったのを見届けると神父は次に僕が祭壇の前へ来るように催促した。




 僕は緊張する心を抑えながら足を前に出した。




 ステータスプレートを祭壇に置いてさっそく『聖儀』が始まり、僕は祈るようにして結果を待った。




 そうして、リインのときと変わらない時間を要して神父の詠唱が終わり、魔力を込めるとプレートに文字が浮かび上がってきたので、僕は恐る恐るステータスプレートを手にとって書かれていた職業を読み上げる。




 




 


 「〈精霊使い〉……?」




 




 


 やはりというべきか、そこには望みもしない職業名が書かれていた。




 


 父や母、それにエミリア。後ろで見守ってくれている人達の驚愕の声が聞こえてくるが、僕は怖くて後ろを振り向くことが出来なかった。




 


 ああ、やっぱりか――――――






 頭ではそう言いつつも、心の準備は出来ていなかったようで、揺れる視界の中、神父が心配そうにこちらを見ていた景色を最後に僕はその場で気を失った。




 




 ◆ ◆ ◆




 




 目を覚ますと、僕は自室のベッドに横たわっていた。きっとみんなが連れて帰ってきてくれたのだろう。後でお礼を言わないといけないな。




 窓の外に目をやると、日は沈みかけていて辺りは暗くなろうとしていた。




 教会に行ったのが朝のことだったから、結構眠っていたんだな。いや、もう、なんならいっそ目を覚まさなかったらよかったのに。




 


 教会での出来事を思い出すと、僕はどうしても明るい気持ちにはなれなかった。




 そのとき、ガチャっと部屋のドアが開けられる音がした。中に入ってきたのはエミリアだった。




 「あ……、カルラ起きてたんだ……」




 そう言う彼女はどこか伏し目がちで、ひどく気まずそうだ。かくいう僕自身も気まずいことに違いはない。




 そんな中、僕の側に来るなりエミリアは話始めた。




 「あの、あのねカルラ、『聖儀』の結果はもしかしたら不本意なものだったかもしれないけど、どうか悲観しないで。〈魔導師〉がなによ〈精霊使い〉のほうがよっぽどめずらしくて凄い職業だわ」




 やはりその潤んだ瞳には、あのときと似た、なにかを恐れ心配しているような彼女の心情が見え隠れしている。




 そういうのを見て僕はやはり色々思うところがあるのだけれど、もちろん口にはしない。彼女は良かれと思って励ましに来てくれたんだ。それを邪険に扱うことは出来ない。




 それに今はそれほど悪い気はしなかった。多分、プレッシャーとか将来の不安とか、色々抱えこんでいたものが消えて肩の荷が降りたおかげなのかもしれない。




 「ありがとうエミリア、でも僕は大丈夫さ、そりゃ〈魔導師〉が良かったけど、むしろこれで良かったのかもしれない、〈魔導師〉だったらリインと後継争いをしないといけなかったからね、両親には悪いけど正直言うと気が楽になったよ」




 ハハ、と皮肉混じりにはにかんでみせると、エミリアは少しだけ安心したかのような表情を見せた。




 「そう、思ってたより元気そうで良かったわ、……そうだカルラ!リインも誘って三人でちょっと外を散歩しない!?」




 エミリアは何を思いついたのか、急にそんなことを提案してきた。




 「いいけど、大丈夫?もう外は結構暗いよ?」




 「平気よ!なにかあったらカルラが守ってね!」




 「えぇ……」




 エミリアが悪戯っぽくそんなことを言うもんだから、僕はついついたじろいでしまう。




 「冗談よ!さ、行きましょ!」




 そう言ってエミリアに背中を押されながら僕は部屋を後にした。




 


 一階の居間に入ると、両親とリインご談笑していたが、僕が現れたことによって少しだけ部屋に緊張感が満たされたような気がした。




 「あ、えと、今起きました……、さっきはすみませんでした、あんなところで倒れちゃって……」




 このとき、自分でもよくわからないほど緊張していたのが分かった。多分、〈魔導師〉になれなかったことで、親の期待に応えられなかった申しわけなさとか、そういうのが心の内にあったんだと思う。




 だから僕は両親から酷いことを言われる覚悟をしていた。両親は言葉を選んでいるのだろうか、少しだけ返答までに間があった。僕にとっては何万秒にも感じられた。




 でも、父が口を開いたかと思えば、僕に告げた言葉は意外なものだった。




 「あぁ、体に大事がないようでよかった、……なあカルラ、つまらないことを言うようだがどうか最後まで聞いてくれ、父さんはおまえに謝らなくてはならないことがある。私はおまえに必要以上にプレッシャーを与えてしまっていた、きっとおまえは今日まで私達に愛想をつかされると辛い日々を送ってきていたんだろう、父さん達はそれに気づくことが出来なかった、本当に親として情けない、どうか不甲斐ない父を許してくれ……、そしてカルラ、おまえは〈魔導師〉にはなれなかったがまだ若い、これからの人生に無限の可能性がある、どうか臆することなく胸を張って前に進んでほしい」




 そして母は父のように多くは語らず、ただ「愛してるわカルラ」と涙声で僕を強く抱きしめてくれた。








 それで僕はやっと気づいたんだ。全てが僕の思い違いだったってことが、だってそうだろ?僕のことを本当に愛してくれてない人が、こんなに強く抱き締めてくれるかい?あんな長々と自分の気持ちを伝えてくれるかい?




 心にゆとりのある今ならそう思える。母も父も、エミリアも、今の僕ならゆるすことが出来るだろう。なんて、ちょっとおこがましいかな。




 「ありがとうございます……、僕は二人の子に生まれてよかった……」




 ちょっとくさいことを言ってしまったような気もするけど、多分これくらいがちょうどいいよね。




 不意討ちでそんなことを言われたもんだから、僕は少しだけ涙を浮かべてしまっていた。




 父は普段ならそれを咎めていただろうが、今だけは特別なのだろう、特に何も言いはしなかった。






 「よかったわねカルラ!さ、そろそろ行きましょ!リイン!あなたもついてきて!あ、おじさまおばさま!ちょっと二人借りていきますね!」




 エミリアは僕が落ち着いたのを確認すると、そう言って僕の背中をぐいぐい押して急がせようとする。




 もう、雰囲気ぶち壊しだよ……。まあいいんだけどさ。




 


 リインは誰にも聞こえないくらいの声でなにかを呟き、不満気な顔で僕達の後をついてきた。




 「あらおでかけ?ご馳走用意して待ってるから遅くならないうちに帰ってくるのよ?」




 「はーい!」




 なぜエミリアが返事をするのか、気にはなったがツッコミはしない。まあいつものことだ。




  そうして僕らは防寒着を着こんで、寒い冬の夜、積もる雪に足を沈ませながら屋敷を出た。

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