第92話 五堂神社を訪問する件について
元の街へ返ってきた俺は、例のマンションに送ってもらい、そこで今日の一日の疲れを癒すことになった。
シオカは神社の仕事があるらしく、家には俺だけだったので、ヒーロと二人誰にも気を遣わずにのんびりと過ごすことができたのである。
しかし翌日のこと、まだ午前九時前に突如としてヒオナさんが訪問し、すぐに出掛けるからと、ほとんど強制てきに連れ出されてしまった。
行先を聞くと、どうやらヒオナさんの実家である【五堂神社】へと行くらしい。
一度は足を運んでおきたいと思っていたが、何気に神社へは初めて行くので、少し緊張気味だ。
何せ魔王のように恐ろしいヒオナさんが生まれた場所へ行くのだから、ガラスハートの俺がビビってもおかしくないと思う。
俺は初めて訪れた【五堂神社】の外観を見て感嘆の溜息を吐く。
神社そのものは高台に存在し、大きな鳥居がシンボルマークとなっている。
そこからずら~っと何百段あるか分からない階段が真っ直ぐ伸びていて、その周りには木々などの緑が生い茂っていた。
通常の参拝客は、皆近くの駐車場に車を停めて、階段を上っていくのが仕来たりではあるが、ヒオナさんたち関係者は、別の道で上へ向かうことが多い。
そこは蛇行しながら上へと通じる道で、車でも行くことができるように整備されている。
ズンズンと上がっていくと、あっという間に境内に辿り着き、その中にある社務所兼住居として使っている建物の近くに車を停めた。
「はぁ~、ここが【五堂神社】かぁ」
想像していた以上に広い。池や茶店などもあって、ちょっとした公園のような規模だ。
マップを見せてもらうが、社殿はもちろんのこと、多くの稲荷や鳥居もあって、何よりもこの清らかな空気感が心地好い。
今は閑古鳥が鳴いているが、世界変貌前は多くの人で賑わっていたのだという。特に祭典行事などを開く場合、地方からも多くの人たちが集うほどの人気があるらしい。
また結婚式も度々行われる場所で、地元民に愛されている神社なのだ。
それが今では人っ子一人いないのだから寂しいものだろう。
「こっちよ、六門」
俺はヒオナさんに促され、社務所へと案内される。
すると出入口で、巫女服姿をしている見知った顔と出会った。
「あれ? シオカ?」
「へ? あっ、有野くん!? 何でここに!?」
「いや、ヒオナさんに無理矢理連れて来られて……」
「! お姉ちゃん!」
「もう、そんなにツンケンしないのぉ。それに……六門を連れてきたのはあの子の頼みよ」
「!? ……あの子の?」
あの子? 一体誰のことを言ってんだ?
「ほら入って、六門」
俺は促されるままに「あ、はい」と返事をして社務所へと入って行く。
ちなみに社務所とは、神社で取り扱う事務を執行する建物のこと。
また五堂一家は、この無駄にだだっ広い社務所を、自宅としても利用しているようだ。
玄関口で靴を脱いでいると、シオカと同じように巫女の姿をした綺麗な女性が顔を見せた。
「あら、ヒオナさん? 先程出て行ったかと思ったらもう帰って来たのですか?」
ヒオナさんに似ている。彼女より少し温和な顔つきで、どちらかというとシオカが大人の女性として成熟した感じかもしれない。
「あ、母さん。ただいまー」
「え? ヒオナさんの母親? お姉さんじゃなくて!?」
「まあ、お上手ですね。そちらの方がもしかして……有野六門さんですか?」
「あ、はい、有野六門っす。初めまして」
「こちらこそ初めまして。ヒオナの母――五堂キオネと申します」
丁寧に頭を下げてくるキオネさん。二十代後半くらいにしか見えない若さなのに、とてもヒオナさんみたいな二十歳近い子供がいるとは思えない。
「母さん、あの子……起きてる?」
「! もしかして有野さんを連れてきたのは……」
「うん。あの子の指示ね」
「まったく……お父さんの許可も無しに。また叱られますよ?」
「別にいいわよぉ。何なら勘当でもしてみるかっての」
お茶らけた感じで言うヒオナさんだったが、
「――――ほほう。ならば本当にしてやろうか、ヒオナ?」
背後から聞こえてきた声に、ビクッとしたヒオナさんが振り向き、その人物を見て顔を引き攣らせる。
「私の気配に気づかないとはまだまだだな、ヒオナよ」
そこに立っていたのは、厳格そうな男性だった。身体つきが、とても宮司には見えない。まるで冒険家とか格闘家のような風格を持つ人である。
しかも頬に傷まで入っているし、ヤクザな人と言われても納得してしまうくらいの雰囲気を持っている。
そんな人が、俺をギロリと睨みつけてきた。いや睨んでいるかは分からないが、俺にはそれほどの威圧感がある。
「こっちの小僧は私の気配に気づいておったようだがな」
まあ、これでも人の気配には敏感なので。
「それで? ヒオナ、また厄介事を持ち込んで来たのではあるまいな? この小僧は最近お前がご執心の少年であろう?」
「ご執心て……まあ間違ってないからいいけど」
間違ってた方が俺的には平和なんですけど。
「悪いけど、今回ばかりはワタシが悪いわけじゃないから。あの子が……この子を呼んでるのよ」
「何……!?」
いやいや、だからそんな殺し屋のような目つきを向けないで! あんた神職だよね!?
「私は何も聞いていないが。……お袋は知っているのか?」
「うん、知ってるよ。お婆ちゃんにもちゃんと許可もらってるし」
「むぅ……お主」
「へ? あ、俺……いや、僕でしょうか?」
「挨拶が遅れてすまないな。私はこの神社の宮司を務めている五堂テンゾウだ」
「えと、僕は有野六門です。ここへはヒオナさんに強引に連れて来られただけですので、ダメだったらすぐに帰ります。ではさよならぐぇっ!?」
「何逃げようとしてるのよ、バカ!」
だからといって、襟首を引っ張らないでほしい。一瞬息が止まったよ?
「ほう、なかなかユニークな小僧だな」
「いえいえ、僕なんてそこらに生えてる雑草みたいなもんなんで。ですからできればそっとしておいてほしいというか……」
「あらあら、本当にヒオナやシオカに聞いていた通りの方なんですね、ふふふ」
何が面白いのか分からないよキオネさん。あ、でもその色っぽい笑い方は俺結構好きだなぁ。
「お袋の許可が出ているなら構わん。ただしあまりあの子に無茶をさせるでないぞ?」
「わーってるわよぉ。もう、信用ないんだから」
「それはヒオナさんの日頃の行いのせいぐぇっ!?」
だからそれ止めて! また呼吸止まっちゃったし!?
「何か言ったかしらぁ、六門?」
「い、いえ、すみません。ちょっとストレスマッハで本音がポロリと……」
知らない人に囲まれるわ、殺し屋みたいな殺気をぶつけられるわ、一刻も早くここから去りたいんだよ。
「とにかくさっさと行くわよ。ほら、ついてらっしゃい」
「ちょ、引っ張らなくてもついていきますってば!」
「今の六門、逃げそうだからダメ!」
ちっ、バレちまったぜ!
俺は泣く泣く、ヒオナさんに手を引かれ、社務所の奥へと向かって行った。
そして襖で閉められた部屋へと辿り着く。
何でもこの奥に、俺に会いたいという人がいるとのこと。
「入るわよー、ミオマ」
名前らしき発言とともに、ヒオナさんが襖を引く。
そこは八畳ほどの畳が敷き詰められた和室になっていて、家具などほとんど置かれていない殺風景な部屋だった。
そんな部屋の中央に敷かれた布団に座りながら本を読んでいる一人の人物がいた。
目に入ったその子の横顔は、とても儚げで、それでいてどこか神秘的なオーラを纏っていて、思わず呼吸を忘れるほど魅入ってしまう。
ただ一つ言わなけりゃならないことはある。
この人物、いや、この子は――――明らかに幼女だということだ。
「……お待ちしておりました――〝我が王〟」
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