第91話 三つの勢力が俺を求めている件について

「……ぷっ! アッハハハハハハ! 何よそれ心乃! すっごくバカな答えじゃない!」

「むぅ~! バカじゃないですよぉ!」


 ハムスターのように頬を膨らませ、笑うヒオナさんを可愛く睨みつける四奈川。


「はぁぁ~笑った笑った。……でもま、あなたらしくてワタシは結構好きよ」


 俺はこの無邪気さにいつも追い詰められてるんで自重してほしいです。


「それで? 織音ご執心の有野くん。捕まえたらどうするわけ?」

「もちろんあたしのために働いてもらうわ。彼のスキルは素晴らしいもの。利用価値を考えるだけで、ここに集まった者たちよりも遥かに上よ」


 評価が高いのは嬉しいけど、ガキに傅くかんて嫌だし、こんな覇王様の下にいたら馬車馬のごとく働かされそうなので却下だ。俺は自由に生きたい。働きたくない。


「そう。なら……ワタシも狙おうかなぁ」

「! どういうつもりかしら? 獲物を横取りするの?」

「だってぇ、あなたほどの人物が喉から手が出るほど欲しい子なんでしょう? なら手にして自慢したいじゃない?」


 バチバチバチと両者の間に火花が散る。


 まあヒオナさんは明らかに余裕のある笑みは浮かべているが。俺の居場所を知っている彼女からしたら当然だ。


「ダ、ダメですよ! 有野さんは私と一緒に冒険するんです! 絶対ぜ~ったい、私の《クランメンバー》になってもらいますからぁ!」


 そこへ参戦してきたのが四奈川だ。


「そうですよね、乙女さん!」

「……仕方ありませんね。見つけた時は、多少拷も……仕置きは必要のようですが、お嬢様がお求めになるのでしたら許容致しましょう」


 おいこら、今おっそろしい言葉が聞こえた気がしたんだけど? 拷問って言いかけたよな絶対!


 ああダメだ。マジでメイドには見つからないようにしなければ。できれば一生。


 そうだ、どこか誰もいない山奥でひっそりと暮らすのはどうだろうか。自給自足だってできないことはないし。うん、悪くないぞ。検討しておこう。


「言っておくけれど、あなたたちに有野六門を譲る気はないわ。彼はこの一ノ鍵織音が頂く」

「へぇ、上等じゃない。ワタシ、負けず嫌いなのよねぇ」

「わ、私だって負けません! 必ず有野さんを探し出して仲間になってもらいます!」


 三つの勢力が俺を求めている件について――。


 全員美女美少女だし、普通ならアホになるほど喜びたいところだが、寒気しか感じねえんだよなぁ。


 どいつもこいつも一癖も二癖もあるような連中だし。

 できれば俺のことを忘れて、楽しく過ごしてほしい。俺も君たちのことを忘れて楽しく過ごすから。あ、無理ですね、分かってましたよ。


「そろそろ宴もたけなわね。今日はあなたたちと話せて良かったわ。面白そうな競争もできそうだし」


 一ノ鍵のガキがそう言うと、ヒオナさんたちを連れて会場へと戻っていく。

 そしてガキの挨拶が始まり、一悶着あったパーティは終わりを迎えたのであった。







 自分の車に戻ってきたヒオナさん。後ろを振り返らずに、


「どこに行けばいいの?」


 と聞いてきたので、荷台の中に潜んでいた俺は気づかれずにヒーロを彼女の髪から離脱させながら本体のヒーロがいる場所を伝えた。


 一応監視の目もあるかもしれないので、ヒオナさんも周囲を警戒しつつ、俺の指示した場所まで車を走らせたのである。


 そして車を停めたあと、ヒーロがいる木々の中へと二人で入って行く。

 そこにはヒーロの全身を絡め取られ、いまだに身動きを失っている釘宮がいた。


「うわぁ、災難ねぇ」


 スライム嫌いのヒオナさんからしたら、ただの拘束でも拷問に近いかもしれない。まあそれと同等なことをすでに俺はやったが。


「とりあえず車に運びます?」

「そうね。追手らしきものは見えないし、今のうちに積み込んじゃいましょう」


 もう荷物扱いですね釘宮さん。ご愁傷様です。

 ヒーロの働きにより、車の荷台の奥へと収納された釘宮。俺は代わりに助手席に座ることになった。


「それで? 織音たちの話、聞きたい?」

「どうせあなたのことですからボイスレコーダーか何かで記録してるんでしょ?」

「あらら、勘の良い子はつまなーい」


 そう言いながら、俺にボイスレコーダーを手渡してきたので、一応聞いていない体裁を整えないといけないので再生ボタンを押す。


 内容は俺が聞いたものとまったく同じ。編集もされていない様子。

 ヒオナさんへの信用度が少しだけ上がった……ことにしておこう。


「なるほどなぁ。まさかあんなことで正体を突き止められるなんて……」

「まあ普通は無理よねぇ。助けたのが織音だったからこその推理だもの。てか……何で助けたのよ」

「無意識ですよ。あんなおっかねえバケモノでも、見た目は幼女ですし、咄嗟に身体が動いてしまったわけです」

「それで追い詰められてりゃ世話ないわねぇ」


 ごもっとも。反論の余地などございやせん。


「……まあでも、あなたはそれでいいと思うけどねぇ」

「何がっすか?」

「女と子供に弱いとこ」

「うっ……」


 これまた言い返すことができない。


「けどこの先、生き残りたいなら情は捨てなさい。さもないと今度こそ取り返しのつかないことにもなりかねないわよ?」

「一応気をつけてるんすけどねぇ」

「一応だからこうなっているのよ。あなたはもっと自分の価値を理解した方が良いわ」


 言葉が耳に痛い。ほとんど自業自得だしな、こうなってるのって。


「にしても一ノ鍵のガキは、やっぱとんでもねえっすね。わざわざ『BS軍』を誘き寄せるために、百人以上の『持ち得る者』を呼びつけたんでしょ?」

「でしょうねぇ。まああわよくば、集まった者たちを手駒にしようとしたのでしょうが、あの子にとっちゃ満足のいく結果でしょうね。一応本懐は遂げられたんだから」

「捕まった男の方は見てないんすか?」

「そう簡単に見せてくれるわけないわよ。横取りされるのを嫌う子だもの」


 誰だって嫌だと思うけど……。


「『BS軍』……やっぱ一ノ鍵のガキも注目してたってことっすね」

「情報を得るために一芝居売ったほどにね。ワタシたちもまんまと利用されたってわけ。ただ黙ってやられたわけじゃないけどねぇ」


 冷たい声音。その冷徹な意識を感じ取ったのか、荷台の方からガタガタと音がした。


「そういえば女の方からは何か聞き出せた?」

「どうせあとで自分が尋問して吐かせるんでしょ? 俺から聞かなくても良いじゃないですか」

「ま~ね~。ただこれだけは聞かせて。やっぱり国のトップを繋がっていたのかしら?」

「のようですよ。マジでヤバそうな連中です。できれば俺は手を引いて、静かな山奥で暮らしたいですね」

「あらら、怖気づいちゃったの?」

「そりゃ相手が大き過ぎますからね。目を付けられるのは一ノ鍵のガキの方ですけど、女の方も扱いを間違って逃がしたりなんかしたら……」

「大丈夫よ。ちゃ~んとおもてなしはするしね……檻の中でだけど」


 ガタガタガタと荷台が揺れる。もう恐怖で失禁くらいしているかもしれない。


「とにかく今回はいろいろな奴にしてやられましたよ。……忘れませんからね?」

「もう~許してってばぁ。それにちゃんと織音からは聞き出したじゃなぁい」

「まあそれに関してはありがたいですけど。でも黙って利用されて嬉しい奴はいませんよね?」

「……どうすればいいのよ?」

「新しいダンジョンの情報。都内のみならず地方も可」

「また旅に出るつもり? 連絡取れないから厄介なんだけど」

「あまり俺を頼られてもですね……」

「何よぉ、家だって用意してあげたでしょ~」


 確かに拠点があるのはありがたい。シオカもいるし。


「ま、詳しいことは帰って決めましょう。俺もすぐに他県へ行く予定とかはないですしね」


 そうして俺たちを乗せた車は、誰もいない道路を真っ直ぐ駆けていくのであった。




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