第90話 外堀が徐々に埋められていく件について
「至って普通……ね」
「あらら、何か含みのある言い方ね。あの子に何かあるの?」
「……ヒオナ、あなた……本当に彼が普通だと認識しているのね?」
「その言い方だと、有野くんに何かあるって織音には確信があるの?」
さあ、ようやく一ノ鍵が何故俺に関わるかの理由が分かる。
「……分からないわ」
「……は?」
……は?
俺もついヒオナさんと同じように唖然としてしまった。
「わ、分からないってどういうことよ?」
「あくまでも疑わしいというレベルでの話だからよ。ねえヒオナ、あなた覚えているかしら、あたしと初めて会った時のことを」
「あの廃ビルでのことでしょう?」
「そう。そこでここにいる者たちは集ったわ。そして加えて飛柱組も。ただ……もう一人いたはずよね?」
ヒオナさんの表情は変わっていないだろうが、恐らく内心ではそこを突いてきたかーとか思ってそうだ。
話の流れから、そこにいた謎の人物が俺という当たりをつけているようだが……。
「まさかそこにいた奴が有野くんだと? ちょっと信じられないんだけど」
「その可能性があるという話よ」
「え? え? 廃ビル? あの時に有野さんもいたんですか?」
「いえ、お嬢様。あくまでもこれは一ノ鍵様の推察です。しかし一ノ鍵様、五堂様の仰るように、さすがにそれはないかと思いますが……」
「何故かしら、乙女? その証拠はある?」
「それは……私も直に何度も有野様にはお会いしていますが、とても我々全員を欺けるような人物ではないかと思います」
実際は欺いてますけどね。むしろ君等は一番の被害者ですよー。
「そう。あなたもそう評価するのね」
「一体どういう理由で、有野くんが怪しいと思うの? あなたの言うことが正しいなら、有野くんは『持ち得る者』ってことでしょ?」
「ええ、そうよ。彼は恐らく自身を透明化、あるいは存在を誤認させるような能力を持っている可能性があるわ」
う、嘘だろおい……とんでもねえわ、このガキ。
「へぇ、それはまた面白い能力だけど、確かにあの廃ビルにいたのなら、そんなスキルでも持ってなかったら、ワタシたちから逃げられなかったものね」
「そういうことよ」
「けどそれがどうして有野くんに繋がるのよ」
そうだそうだ! 俺に繋がるような理由なんてねえじゃねえか!
「……ヒオナは知らないかもしれないけれど、あたしは廃ビルにいたその人物と会っているかもしれないのよ」
ギクッと、反射的に心臓が脈打った。
「……どういうこと?」
「実はあたしたちと心乃と乙女は、少し前にダンジョン化した【日々丘高校】の攻略に赴いたことがあるのよ」
「あーワタシにも声をかけてくれたけど断ったやつね」
白々しい感じで言ってるが、そこを攻略したのは俺とヒオナさんなんだよなぁ。
「そこでコアを守護していたドラゴンと戦闘になったのよ」
「ふ、ふぅん」
ちょっとヒオナさん、頼むからポーカーフェイスを装っといてね!
「さすがにドラゴンは強敵でね。ここは逃げる一手しかなかったわ。でもそんな最中、あたしはドラゴンの攻撃によって殺されそうになったのよ」
「殺されそうに?」
確かその話はヒオナさんにしていない。
「そうよ。でも寸でのところで、あたしは助かった。いいえ、ある者に救われたのよ」
「ま、まさかそれが……?」
「ええ、透明化らしき能力を持った者だった」
俺は思わず頭を抱えてしまう。まさかと思ったが、やっぱりあの行動はマズかったみたいだ。
「仮面を装着していたし、声だって聞けなかったから何者かは分からない。けれど骨格からして男だということは分かっていた」
まさかそんな状況で骨格を把握する余裕があるなんて、つくづくこのガキの凄まじさに戦慄するんですけど……。
「でもその場にいたはずの初秋や心乃たちには、仮面の男を見ていなかった。あたしだけが、その人物を捉えられていたのよ。その違いは、その人物に触れていたから……でしょうね」
そこまで見破られているとは……もう何なのこのお子様。
「……ちっ、六門のバカ」
小声で言ってるようですけど、聞こえてますからねヒオナさん……。
まあ俺の落ち度でこうなってるみてえだし……何も言えねえ。
「でも何故わざわざ仮面なんかで素顔を隠すの? 別に隠す必要性がないわよね? 隠すということは、素性を知られたくないということ。でも見知らぬ他人に知られたところで、もう会わないなら問題ない。けれどもし、その場に仮面の男の知り合いがいたら? 普段顔を合わせるような知り合いが……ね」
そう言いながらガキが四奈川を見つめる。
「ふぇ? え、えっと……私、ですかぁ?」
確かにガキの言う通りだ。あそこで正体を隠した理由には、四奈川とメイドの存在が大きかった。何としても彼女たちには素顔を見せたくはなかったからだ。
「心乃の知り合いで、普段も顔を合わせるような、なおかつ男である人物。調べればあっさりとヒットしたわ。心乃が自宅まで訪問するほど親交の深い男子生徒がいた。それが――」
「――有野くんってわけね。でも乙女の知り合いってことも考えられるんじゃない? そうじゃなくても織音や北常の、ということも有り得る」
「悪いけれど、姿を隠してまであたしを助けるような男には記憶にないのよ。あたしの周りには、あたしを陥れようとする男しかいないから」
それを胸張って言えるお前の度胸がすげえよ。さすがは未来の覇王様。いや、覇王になれるかどうかなんて知らんけど。
「同じように初秋もそうよ。彼女が既知の男で、あたしの知らない男はいないもの」
「なら乙女は……?」
「可能性としてはあるわ。けれど調べたところ、乙女にもまた素顔を隠さなければならないほど親しい男はいなかったわ。そうでしょう、乙女?」
「そうですね。私と親しい男など、そういません。挙げるとするならば、お嬢様のご家族になりますが」
「ただその間、心乃の家族はアリバイがあったもの」
これがあれかぁ、外堀を徐々に埋められていく恐怖ってやつかなぁ。
「そしてつい最近、やはりあたしの考えが的中していたと確信を持てたわ」
「!? ……どういうこと?」
「先日の話だけど、ヒオナ……あなたの言う通り、あたしは部下に有野六門の自宅に赴き、彼を確保するように命じたわ。そして一時、彼を捕縛することに成功した。けれど、トイレから煙のように彼は消えたのよ。入口も裏口も見張っていたし、どこにも逃げ場などなかったというのに」
ああ……これはもう確実にコイツの前には姿を見せることはできないな。
「恐らくは能力を使って、部下たちの目を欺いたのよ。現在足取りを追っているけれど、とんでもなく厄介なステルス能力よ。全然見つからないもの」
ステルスまで言い当てられちゃったよ。マジ怖えぇ……。
「なるほどねぇ。あの有野くんが『持ち得る者』だったんだぁ……」
さすがにそこで否定はできないか。明らかに庇っていると見られて怪しまれるから。
「えとえと……乙女さん、結局有野さんは『持ち得る者』だったってことですか?」
「……その可能性が非常に高くなったということみたいです。……あの嘘虫め、お嬢様を騙していたということですね」
うん、このメイドにも会えないね! 冥途送りにされちゃうわこれ!
「やったじゃないですか、乙女さん!」
「は? お、お嬢様?」
「だってだって! 有野さんが『持ち得る者』なら、これから一緒に冒険することができるじゃないですか! ラッキーですよぉ!」
「お嬢様……はぁ。お嬢様は騙されてたんですよ?」
「えー違いますよ、乙女さん」
なぬ? 違う? いや、騙してたんだけど……。
「きっとどうしても話せない事情があっただけです。だって有野さんはとても良い人だから。それは乙女さんだって知ってるでしょう?」
「それは……むぅ」
「誰にだって隠しておきたいことはあります。私だってそうですもん。ただ……もちろん言ってほしかったなぁとは思います。でもでも! それよりも有野さんと一緒に冒険できる方が何十倍、いいえ、何百倍も楽しみですから!」
本当にコイツには悪意というものを感じ取る器官がぶっ壊れてるんじゃないかって思う。
もしくは人類皆兄弟みたいなことを本気で信じているか。
ただ少なくとも、四奈川心乃という人間は、信じる心を持っていることだけは確か。
もう失った俺とは違って、それは素晴らしい〝才能〟だろう。
だから少し羨ましくもある。俺にもかつて、こんな眩い光を信じていた時期もあったから。
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