第89話 盗聴させてもらう件について

 パーティ会場はやはり慌ただしくなっており、集まった『持ち得る者』たちが説明を求めるかのように、次々と一ノ鍵のガキに向けて声を上げていた。しかし見れば舞台にガキの姿が見当たらない。


 代わりに何故か四奈川が「お静かにです~!」と皆を宥めている。どうせガキに頼まれた挙句、ああやって利用されているのだろう。


 俺は当然ステルス状態で、周りを見回しながらヒオナさんを探す。


 そして彼女を見つけたので、素早く近づいてそっと肩に触れる。当然彼女を《ステルス》状態にしないよう注意して。


「振り向かないで、ヒオナさん」

「! ……例の女は?」

「捕まえましたよ。ある場所でヒーロに見張っててもらってます」

「さすがは六門! やっぱあなたを連れてきて正解だったわね!」

「……やはりそういう目的で俺を連れてきたわけですか」

「あらら、気づいちゃってた?」

「例の二人組が現れても、あまり驚いてなかったので。それどころか何やら狙っている顔なんかもしてましたし。……予言ですか?」

「……本当に勘の良い子ね、あなたは」


 どうやらビンゴのようだ。

 彼女の下には、未来予知できる『持ち得る者』がいる。そしてそれは何もしなければ百発百中という恐ろしい的中率を誇るらしいのだ。


 ただ狙った未来を見通せるわけじゃなく、突発的に見えてしまうものらしいが。


「今回ね、ここに『BS軍』らしき連中が現れるって予言があったのよ。せっかくだからパーティを利用して参加し、そいつらを捕らえてやろうって思ってたわけ。けどワタシだけじゃ難しい。だから……」

「俺、ですか。こんな感じで使われるのはあまり良い気分じゃないんすけどね」

「悪かったわよ。でも織音がどうして六門のことを嗅ぎ回っているのかを調べるのも目的の一つよ? だから安心して。ちゃんと聞き出してみせるから」


 ……やはりこの人は油断ならない人だ。そもそも考えれば信頼関係で結ばれているというより、利害関係の繋がりでしかないのだ。


 油断をしたこっちの落ち度だろう。


「……はぁ。分かりました。でも今日のことは貸しにしておきますからね」

「はいはい」

「ところであの暴れていた男は?」

「織音がどこかへ連れてっちゃったわ」


 つまりはあの男も敗北してしまったというわけだ。


「そうですか。じゃあまたあとで」


 俺は彼女から距離を取って、『持ち得る者』たちの中へと紛れ込む。

 するとそのタイミングで、舞台横にある通路から一ノ鍵のガキと北常が姿を見せた。


 そのままガキは舞台へと上がっていきマイクを介して話し始める。


「先程は不躾な者の乱入で、せっかくのパーティを穢してしまい申し訳ないわ。あの者に代わって謝罪します」


 そう言いながらスッと頭を下げた。

 するとざわついていた者たちが次第に静かになる。


「どうやらあの者は、あたしに恨みがあってパーティを滅茶苦茶にするために潜入していたよう」


 表情一切変えずによくもまあスラスラと嘘を吐けるものだ。

 自分が手に入れた情報は、そう簡単に外部に漏らすつもりはないのだろう。


「現在、もう一人の女についても捜索中で、我が一ノ鍵の勢力を駆使して必ず報いを受けさせるわ。ですから皆は、先のことは気にせず、どうかパーティの続きを楽しんでちょうだい」


 彼女の言葉に納得したのか、他の者たちはまた舞台の傍から散っていき歓談し始める。その話題のほとんどは、やはりあの二人組に関してみたいだが。


 するとヒオナさんが一ノ鍵に話しかけ、四奈川とメイドも含めて、舞台横の通路へと消えていった。

 ようやくヒオナさんが重い腰を動かしてくれたようだ。


 人の陰に隠れて《ステルス》を使用すると、俺はヒオナさんたちを追って行くのではなく、そのまま会場を出て車の方へと戻った。

 近くに一ノ鍵の部下たちがいないことを確かめると、俺は車の中へ乗り込んで荷台の方へと移る。


「――さて、ヒーロ頼むぜ」


 すると俺が見ている視界に別の視界とともにヒーロの感覚が全身を包む。

 これは《感覚共有》のスキルの効果だ。


 実は先程、ヒオナさんの肩に触れながら、ヒーロを彼女の髪に《擬態》させておいたのである。

 当然ヒオナさんはそんなことをされているとは思っていないだろう。これで少しは意趣返しができた気分だ。


 そこへ、ヒーロを通してヒオナさんたちの声が聞こえてきた。


「ヒオナ、いきなりあたしたちだけに話があるってどういうことかしら? まだパーティの途中なのよ?」


 ガキの声だ。相変わらず妙に気迫を感じる声音である。


「あらら、それがあなたの目的に利用した人物へと配慮なのかしらぁ?」

「……何を言っているのかしら?」

「あの男と女。今全国で噂になっている黒スーツの連中でしょう?」

「なるほど。さすがにあなたほどの人物を騙せるわけがないわね」

「当然よ。ワタシは心乃じゃないもの」

「ふぇ? あ、あのぉ……どういうことか分からないんすけどぉ」

「お嬢様、お静かに」


 メイドの葉牧さんに注意される四奈川。コイツもコイツで、きっと何も考えずにココに来たんだろう。


「もしかしてあの男を渡せとか言うつもりかしら?」

「そうねぇ。情報は欲しいところだけど……」


 二人が睨み合い火花が散る。ガキの傍に立つ北常が身構える……が、


「別にいいわ。今回は大目に見てあげる」

「……そう。あなたなら力ずくで奪おうとすると思っていたのだけれど」

「あなたと全面戦争するには、まだ力不足だもの。……まだね」


 ガキとヒオナさんが、冷笑を浮かべ合い「フフフフフ」と声を出している様は、非常に恐怖感を煽って来る。俺、そこにいなくてマジで良かったわ。いたら股間がきゅーってなっちゃってたろうし。


「あなたが自分を餌にして黒スーツの連中を招き入れたことはもうどうでもいいわ。それよりも少し気になっていることがあって、それを聞きに来たのよねぇ」

「へぇ、何かしらね?」

「最近あなたがご執心の男の子について」

「!? …………」


 そこで初めて笑みが固まった一ノ鍵のガキ。まさかこんなところで俺の話題を出されるとは思ってもいなかったのだろう。

 にしても本当にちゃんと話を聞き出してくれるとは、義理は果たすつもりのようだ。


「最近、うちが嗅ぎ取った情報じゃ、織音はある男の子の自宅に部下を配置させ拉致しようとしたってことだけど?」


 確信をつく言葉だが、一ノ鍵のガキは平静を保ったまま沈黙している。

 そして四奈川はというと、いまだに話の内容が理解できていないのかオロオロしていた。


「こら心乃、あなたにも関係ある話なのよ」


 そんな四奈川に対し、ヒオナさんが呆れた様子で声をかけた。


「ふぇ? えと……さっきからお二人の仰ってることがよく分からないんですがぁ……」

「お嬢様、恐らくはあの下卑た視線をすることしか能がない少年のことですよ」


 あ、相変わらずコイツは……! てかそれ才能じゃねえし!


 俺は毒舌メイドの俺に対するあまりの評価にちょっと涙ぐんだ。


「下卑た? 少年? ……誰です?」


 よし! 偉いぞ四奈川! そのキーワードだけで俺を思いついたら、きっと俺はお前のことを一生恨んでいたぞ!


「奇しくもお嬢様と関わりのある少年といえば、たった一人しか存在しませんよ?」

「ん? もしかして有野さんのことですか?」

「はい、その卑しいガキのことです」


 止まらねえな、このメイド! どんどんぶっ込んでくんじゃねえよ! 俺だって傷つく時は傷つくんだからな!


「もう! 有野さんはと~っても良い人ですよ! そんなこと言ったらダメです!」

「それは失礼致しました」


 微塵も悪びれる様子を見せない謝罪なんて謝罪じゃねえからな。


「あれ? でも何で急に有野さんのお名前が?」

「だから心乃、その有野六門を、あろうことかこっちのおチビちゃんが何故かご執心なのよ」

「……? どうして織音さんが? というか私、有野さんのこと教えましたっけ?」


 どうやら四奈川は、俺のことを伝えてはいないようだ。少なくても意識的には。


「ワタシもさ、心乃に連れられて有野くんのお宅へお邪魔したことがあるのよ。直接話したこともあるけど、至って普通の男の子だったけどなぁ。ちょ~っと視線がエッチな子だけど」


 そりゃ悪うございましたね。思春期男子なんて基本的にスケベなんだよ! ていうかそんなことを知ってるくせに、挑発するようにスキンシップを取ってくるヒオナさんが悪い!





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る