第88話 BS軍の正体を知る件について

「はこ……く? どんな字を書く?」

「あら、知らないの? 遅れてるわね」

「絞め落とされたいか?」

「っ……悪かったわよ。覇王の覇に、時刻の刻よ」


 ……『覇刻』か。やっぱ初めて聞くな。


「何を目的としてるクランだ?」

「は? 私クランだなんて一言も言ってないけど?」

「何? クランじゃないのか?」

「違うわよ。それよりももっと大きな組織よ。そう……私たちは国の意思そのものなんだから」

「国の意思だと?」

「そうよ。だからアンタ、私にこんなことして相当ヤバイわよ?」

「そうか。なら見つからないようにさっさとお前を殺しておくか」

「ちょっ、ちょっと待って! 嘘よ! ごめんなさい!」

「……国の意思というのが嘘か?」

「それは本当よ!」


 ……どういうことだ?


「ならお前たちは本当に国に関わってる組織ということか?」

「国に関わってるっていうか、国のトップの下に集った奴らが私なのよ」


 !? ……コイツらまさか……!


「お前に一つ聞く。お前らは普段黒スーツとサングラスを着用しているのか?」

「あら、知ってるんじゃない」


 やっぱり! コイツら、『BS軍』だ!


 あの【榛名富士】で会った連中と同じ、政府直属の謎の部隊。


「……なるほどな。このパーティに潜入した理由は?」

「一番の目的は一ノ鍵が利用できるかどうか把握すること。それと、同志の勧誘よ」


 同志の勧誘。つまりは仲間を増やす目的というのは、他の連中とあまり違いはないだろう。それよりも、だ。


「一ノ鍵を利用? 何のために?」

「それはもう、あのお子様に見合わない権力を私たちが手にできれば、いろいろできるからね」


 一ノ鍵を抱き込み、人海戦術や高い情報収集能力を利用して、さらに政府の地位を盤石にしようとしたのか……。


「だが逆にハメられたようで間抜けだな」

「くっ……!」


 パーティに潜入した二人の目的は分かった。だがまだ分からないことがある。ちょうどいい。それを聞き出すか。


「一体お前ら――『覇刻』の目的は何だ? そんなに多くの『持ち得る者』を集めて何をするつもりだ? それに群馬では『榛名富士の巨人』まで捕縛しようとしてたろ。一体何を企んでる?」

「……知らないわっがぁっ!?」

「吐かないとそのまま仏様になるだけだが?」


 ヒーロに命じて、触手を少し緩めさせる。


「はあはあはあ……だから本当に知らぐぁっ!?」


 吐くまで何度も何度も繰り返し追い詰めていく。


 ああ、早く吐いてくれねえかなぁ。こっちも好きでやってんじゃないのに……。


 でもコイツらの目的は知っておいた方が良いと何故だか思った。それは本能的なものなのかもしれないが、見て見ぬフリをしていると後悔するような、そんな感じだ。


「ぜぇぜぇぜぇ……」


 ぐったりしている釘宮。


「ほん……どに…………じら……ない……っ」


 絞り出すように必死に言葉を口にする。


 ……マジで知らんのか? さっきまでスラスラと喋っていたことからも、あまりその組織に心酔している様子はなかった。少なくとも自分の命の方が大切だと選択できる奴のはず。


 それなのにこうまで苦しめられても知らないを貫くということは、本当に彼女はこれ以上のことを何も知らない可能性が高い。


 この女、組織の中でも結構な下っ端だったのか……?


 しょうがない。ならあとはもう一つだけ。


「これなら答えられるだろ? お前らを指揮している者の名を言え」


 ヒオナさん曰く、総理が裏にいるらしいが、果たして本当なのかどうか……。


「指揮……それは……『覇刻』の……ということ?」

「そうだ。お前らを全国に派遣して妙なことを支持している頭のことだ」

「それなら……分かる」


 どうやらリーダーがどんな人物か分かるようだ。


「私たち……は、そのお方を――啓主って呼んでる……わ」


 けい……しゅ?


 どんな字を書くか聞くと、〝啓主〟と書くらしいことが分かった。それは肩書のようで、本名ではないとのこと。


「そいつの本名は?」

「実際のところ本名か分からないわ。でも私たちは……こう呼んでる」


 疲弊し切った様子の釘宮だが、彼女は静かにその名を口にした。


「――――〝サイキ様〟」


 一瞬、俺の思考が止まった。


 何故ならここで再びその名前を聞くとは思わなかったからだ。

 いや、別人なのは絶対なのだが、それでも久しく聞かなかったその名前を聞き、つい過去のことを思い起こし心が震えた。


「……サイキ……それがお前らのリーダーの名だな?」

「ええ……そう……よ」


 そこでもう限界だったのか、釘宮は気絶してしまった。


「……ったく、よりにもよってその名前かよ」


 かつて、親友だった少年。自分が無力だったせいで、理不尽な世界に奪われてしまった大事な存在。


 だからか、こんな訳の分からない連中を纏め上げている奴が、同じ名を名乗っていることが悔しかった。素直に怒りを覚えてしまう。


「……ふぅ~。いかんいかん、クールになれ俺」


 熱くなった身体を冷ますように、大きく息を吐き出し冷静さを取り戻す。

 でもやはり、と実感する。


 あの事件は、まだ俺の中では消化しきれていないことを。

 ずっと……ずっと楔のように心臓に打ち込まれているらしい。


 ……別にいい。忘れるつもりもないし、忘れちゃいけないことだ。


 こうして熱くなれるということは、俺の中でまだ才輝が存在しているということ。それは喜ぶべきことのはず。


「……さて、これからどうするか」


 といっても決まっている。

 この女を放置することはできないし、今後の指示をヒオナさんにもらう必要があった。


「ヒーロ、一旦このまま車に戻るぞ。そこでお前は、この女が妙なことをしないように拘束しておいてくれ」

「キュッキュキュ!」


 任せろという具合にピョンピョンと跳ねるヒーロ。

 一応口にもガムテープを貼っておき、これで叫ぶこともできないだろう。それでも逃げようとした時は、ヒーロが対処してくれる。


 そう判断し、俺は再度ステルスを使って、コイツらと一緒に車へと戻った。

 すでにそこには一ノ鍵の部下らしき男たちが、懐中電灯を片手に何やら探している模様。


 十中八九、目当てはこの釘宮だろう。


「んー車に忍び込むのは難しいかもなぁ」


 結構な人数だし、俺たちは見えなくとも、車から音がしたり動いたりしたら様子くらい見に来るだろう。それは都合が悪い。


「よし、このまま一旦敷地内から出るか。ヒーロ、《擬態》でサイドカー付きのバイクに変身だ」


 命じると、全体が真っ赤な奇妙なサイドカーが誕生した。サイドの方に釘宮を乗せ、彼女の手を俺が握る。こうしていないと《ステルス》の効果が無いからだ。


 そしてタイヤの部分が回転し始め、さながら本物のバイクのように走り出す。

 本物と違うのは、まったく音がしないし、それほど速度が出ないことだ。それでも時速六十キロ程度なら出せる。


 そうして誰にもバレずに門から脱出し、そのまましばらく走り、森が近くにあったので、ヒーロには釘宮と一緒に、そこに身を隠しておくように伝えた。

 俺はすぐさま引き返すつもりだが、ここでヒーロにあるスキルを命じる。


 するとヒーロの身体が真っ二つに割れたのだ。

 このスキルは《分裂Ⅰ》。文字通り分裂し、複数の身体を作り出すことができる。


 ただし分裂してしまうと、その力も半減するし、今のランクでは一体しか分裂体は作れない。


 俺はその分裂体に、先程と同じようにバイクになってもらって、時速三十キロほどの速度で屋敷へと戻って行った。




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