第87話 賊を捕縛した件について
当然近くにいた連中にも火の粉が飛び散ったり熱の影響で悲鳴が響く。
すると男の拘束が解け、今度は逃げないのか、右手を一ノ鍵の方へと向けた。
「こうなったら仕方ねえよなぁ! ――《
右手から凄まじい熱量を宿す炎の塊が、一ノ鍵に向かって放射された。
だが一ノ鍵のガキは、身じろぎ一つせずに佇んだままだ。
「――《
刹那、一ノ鍵の前に現れた北常が、その手に持っていた蛇矛を一閃し、驚くことに炎の塊を斬り裂いたのである。
「何ぃっ!?」
男はそんなあっさりと自分の技が破られると思っていなかったのか、明らかに動揺を見せている。
そしてそのまま北常は、男へと矛を構えて突っ込んでいく。
「初秋、殺すのはダメよ」
「畏まりましたっ!」
一ノ鍵の指示を受け、北常がそのまま男の下半身目掛けて矛を振るう。
しかしそこは黙って立っているわけもなく、男も後ろへ飛び退いて回避する。
ただその時、女の方も一ノ鍵の拘束を解いたのか解かれたのか知らないが、男を見捨ててテラスの方へ走ってきた。
「――〝跪け〟!」
またも一ノ鍵の力が女へと向かうが、女はすでに耳を塞いで対応していた。
どうやらあの一度で、一ノ鍵のスキルの弱点に気が付いたようだ。
俺はそこで不意にヒオナさんの方へ視線を向ける。すると彼女もまた俺の方を見つめていて、口パクで指示を出してきた。
ここにまだ俺が隠れていると思っているらしい。
つ・か・ま・え・て
明らかにそう言っているのは分かった。
いやいや、マジで?
そんないきなり言われても急には動けない。
すると女がテラスへと出てきて、そのまま外へと飛び出していった。
向かう先は明らかに駐車場だ。ここから逃げる算段のつもりのようだが……。
「ったくもう! ヒーロ、追いかけてあの女を拘束! 行けっ!」
「キュキュッ!」
俺はヒーロを放ち、女を追わせた。そして俺もそのあとについていく。
※
屋敷の敷地内にある林の中を突っ切りながら、私は任務の失敗に悔やんでいた。
「ああもう! まさかあんな姑息な細工をしてたなんて!」
思い浮かぶは舞台の上から冷たい視線で私を見下ろす少女――一ノ鍵織音だ。
ここに一ノ鍵グループの才女が住んでいるという情報を得てから、ずっと彼女を監視し、味方に引き入れることのできる人材かどうか見定めていた。
彼女を抱き込めば、我々の更なる発展へと繋がるかもしれないからだ。
そしてそんな一ノ鍵が、『持ち得る者』を集めたパーティを開くという話を聞いた。
これはいい。上手く立ち回れば、多くの情報と『持ち得る者』をゲットすることができる。
そうすればあの方――啓主もお喜びになってくれると考えた。
だから私の力で招待状を偽造し、見事潜入することができたと思ったのに。
私の力を駆使すれば、細工された招待状だって偽造することはできた。しかしあくまでも細工を理解している必要がある。
知らなかった私は、見た目だけがそっくりの普通の招待状しか偽造できずに、結局無様に逃亡を図ることになった。
しかしあまりにも用意周到過ぎる。普通偽造防止なんかを招待状に施すだろうか?
「あのガキ……まさか私たちが乗り込んでくることを事前に察していた? もしくはそんな状況を想定していたっていうの?」
だとしたら相当に用心深い奴だ。まだ十三のガキだと甘く見ていた。
一緒に来た今川には悪いが、助ける余裕なんてないし、そもそもそんな思い入れもないから別にどうだっていい。精々あそこで暴れて、私が逃げる時間を稼いでもらわないと。
「そして啓主に伝えないと。あのガキはヤバイって……!」
林の出口が見えた瞬間、これで逃げられるとホッとしたのも束の間――ガシッ!
「きゃあっ!?」
右足首が何かに捕まれて転倒してしまった。
「いったた……一体何……っ!?」
私の足には、奇妙な触手のようなものが絡まっていて、その先に伸びている存在を見て唖然とした。
「ス、スライム……ッ!? 何でこんなとこに!?」
いや、それよりもこんなところで時間を食っている場合じゃない。
私は即座に立ち上がり、右手に意識を集中させる。
「――《
スキルを使った直後、私の右手の中に一本のナイフが出現し、そのままスライムへと突っ込む。
「たかがスライムごときがぁぁぁっ!」
グサッとコイツの身体を貫き、ざまあみろと思った直後、スライムが大きくなって私の身体を包み込んでしまった。
「あぶぶぼばばばっ!?」
スライムの中は、まるで水の中のようで呼吸が一切できない。
何でっ!? 普通のスライムなら今ので倒せたはずなのにっ!?
必死で身体を動かしてどうにか脱出しようとするが、殴ろうが蹴ろうがスライムはビクともせず、次第に息が苦しくなっていく。
そんなっ…………こんなとこで……スライムなんかに……っ!?
「がぶばぁ!?」
最後に思いっきり息を吐いたあと、私の意識は闇の中へと沈み込んだ。
※
俺はいまだ《ステルス》を発動したまま、スッとヒーロに触る。
「よくやったぞ、ヒーロ」
「キュキュキュ~!」
俺はヒーロの体内で浮かぶ女――釘宮を見つめる。
早く蘇生してやらないと、このまま死んでしまうかもしれない。
ただこんな場所で、いつまでものらりくらりとやっていると、一ノ鍵の息のかかった連中が来ないとも限らないので、俺はヒーロの触手で抱えてもらい、そのまま移動することにした。
行先は屋敷の敷地外にある海岸だ。
ヒーロの力で砂浜に穴を掘ってもらい、そこに俺たちが入る。ここなら周りは暗いし、遠目からでは分からないだろう。
俺はヒーロに収納しているガムテープを利用し、女の目と両手両足をガチガチに固め動けなくしてから蘇生に移る。
とはいっても行うのはヒーロの役目だが、この子が心臓マッサージをしながら、釘宮の口に突き入れた触手で酸素を送り込む。
マジこの子便利だわ。ヒーロがいない生活? もう考えられない!
一応俺は何があっても大丈夫なように仮面だけは装着しておく。
「がはぁっ!? げほっ、げほっ、げほっ」
どうやら蘇生に成功したようだ。
「あ……が……? あれ? 何ここ? 真っ暗?」
「気が付いたようだな」
「!? 誰よっ!? か、身体が動かないっ!?」
「無駄な動きは慎んだ方が良いぞ。じゃないとお前はここで死ぬからな」
「っ…………アンタ、一ノ鍵の手の者なの?」
「いいや。あんなガキとは関係ない」
あ、しまった。ここはあのガキのせいにしておいた方が良かったか? いやでもヒオナさんが捕まえてほしいって言ってたしなぁ。多分あとで尋問する予定なんだろうし。
「違う? じゃあ何? あそこに集まってた『持ち得る者』の誰か?」
「答えるわけがないだろう? それよりもお前は何者だ?」
「それこそ答えるわげっ!?」
ヒーロの触手が彼女の首に伸び、キュッと締まり始める。
「立場を考えろ。答えないとそのまま死ぬだけだ。分かったら頷け」
本当は美人さんというか、女性にこんなことしたくねえけど、どう考えてもコイツら怪しいしな。あまり手心を加えない方が良さそうだ。
釘宮はコクコクと頭を動かしたので、ヒーロの触手がフッと緩む。
「かはぁ……はあはあはあ」
「もう一度聞く。お前らは何者だ? 何故あの場にいた?」
「……どうせ話したら殺すんでしょ?」
「さあな。それは俺の雇い主が決めることだ」
そうそう、こういうことはヒオナさんに押し付けてやればいい。
「へぇ、雇われてるってわけね。……じゃあアンタ、もっと良い雇い主を紹介してあげるからさ、私を自由にしてくれない?」
「そんな挑発に乗らない。さっさと聞かれたことについてだけ話せ」
ていうかこんな状況でヒオナさんを裏切ってみろ。地獄の果てまで追われるだろうが。
「くっ……殺さないのね?」
「だからそれは俺が決めることじゃない。だが何も話さなかったり嘘を言うようなら殺せと言われてる」
言われてねえけど。めんごね、ヒオナさん。
恐らく釘宮の中では、残虐非道の雇い主に設定されただろう。
「………………私は『
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