第84話 一ノ鍵主催のパーティの件について
世界でも指折りの金持ちである一ノ鍵。
そして僅か十三歳にして、すでに一ノ鍵グループの仕事の中核を為す相談役という地位に座っているのが、一ノ鍵織音である。
無論これは公式に発表されていることではない。総帥の指示により、グループ内で一ノ鍵織音はその辣腕を振るい、幾つもの案件を手掛け、その悉くに利益をもたらしているのだ。
周りからは天才や神童などと称賛を受けるが、結果を出し過ぎたせいか、二人の兄からは煙たがわれていて、家族内の温度は早々に冷え切っているとのこと。
次期社長、そして次期副社長と目されている二人の兄は、下から物凄い勢いで突き上げてくる妹の織音の存在が疎ましい。
また暇潰しとはいえ、自身の才覚を把握している織音にとって、自身より劣る者の下につくことを良しとしなかった。
だからたとえ兄が上にいようとも、いずれは総帥として自分が上に立つことを疑っていなかったのだ。
ただそれは平時での話。世界が変貌した今、そんな座に価値が無いと悟った織音は、家族で住んでいた家を出て、別荘宅として購入した屋敷に使用人たちを連れて移り住んだ。
会社に興味を無くしたと判断した兄たちは、これで自分たちを脅かす存在がいなくなったと大手を振って喜んだそう。
しかしながら実力主義を謳う現総帥の思惑としては、やはり実力のある織音をトップに頂きたいと考えている様子。
「だから織音がいつまた会社を継ぐことに興味を持つかもって、二人の兄は戦々恐々としてるらしいわね」
俺は、ヒオナさんが運転するフェアレディというスポーツカーの助手席に座り、彼女から一ノ鍵についての話を聞いていた。
何でもこの車、六百万以上するらしく、とてもじゃないが俺には一生縁のない代物である。
そもそも車に金をかける意味が分からん。乗れれば何でも良いと思うタイプだしな。
ただ一度くらいは高級車に乗ってみたいっていう興味もあったので、せっかくの機会だから堪能しておくことにする。
「金持ち家族ってのもいろいろ大変なんすねぇ」
「まあワタシのとこでも、後継ぎやら仕来たりやらでややこしいこともあるしね。それが世界有数のセレブとなれば面倒ごとだって多いでしょうよ」
「けど一ノ鍵のガキって、マジで会社には興味無いんすかね」
「今はそれよりも面白いことを見つけたってことでしょ?」
なるほど。それがあの廃ビルでの発言に繋がってくるわけだ。
アイツはこんなことを言っていた。
『あたしは昔から何でもできたわ。勉学も芸術も運動も何もかも』
『けれどだから故に、どんなこともすぐに冷めてしまうの』
『それでもあたしは次期総帥だから、学ぶべきことは学んできたわ。でもとても退屈だった。……けれどある日、あたしにとって転機が訪れた』
『あの日、世界の在り様が変わった瞬間、あたしは心の底から震えたわ。ああ、最高の玩具を手にした気分だった』
一ノ鍵織音にとって、今までの世界は灰色だったのだろう。だから何をしてもつまらない。
何でもできてしまうが故の、諦めにも似た感情。
しかしそんな彼女の心を揺らす出来事が起きた。
そう、彼女が理解できない大事件が目の前に飛び込んできたのである。
それまで色褪せていた世界が、一気に色づき始めたのだろう。
『だからあたしは決めたのよ。変わり果てた世界の真実を――理を紐解くと!』
そして織音は、変わり果てた世界の頂点に立ち、真理を手にすることを決めたのだ。
俺はこの言葉を実際に聞いた時、ヤバイ奴としか思わなかったが、彼女にとっては人生観が変わった瞬間だったはず。
だからこんな世界になって一番喜んでいるのは、あの小さなお子様なのかもしれない。
「それで? 何で……俺も一緒に一ノ鍵のガキが住んでる屋敷に向かってるんすかねぇ」
そうなのだ。現在俺たちは、一ノ鍵のガキが移り住んでいる別荘宅へと向かっていた。
「だ~か~ら~、言ったでしょ? 潜入調査だって。六門だって知りたくない? 自分が何で織音に狙われてるのか」
「それは知りたいっすけど……。でもヒオナさんの目的は違うでしょう? 今日の夜に行われる屋敷でのパーティに参加して、何を企んでるんです?」
聞けば、一ノ鍵のガキから、ヒオナさん宛てにパーティの招待状が届いたそうだ。
とはいっても一ノ鍵グループが主催するような大規模なものではなく、一ノ鍵織音自身が招いた者たちだけで行われる小さな会合みたいなものらしい。
その多くは『持ち得る者』たちで、恐らくガキの思惑は情報交換と勧誘ではないかとヒオナさんは睨んでいる。
「やぁねぇ、別に後ろ暗いことなんて企んでないも~ん」
「も~んて……」
いや、何のメリットもないのに、わざわざ敵の懐に入るような人じゃないしなぁ。
きっと何かしらの考えがあって参加を決めたはずだ。
それとなくシオカにも聞いたが、彼女も何も知らないと言った。
「もう、そんな警戒マックスの目で睨まないでよぉ。言ったじゃない。六門にとってはメリットのある話だって。ちゃ~んとワタシがあの子に聞き出してあげるからさ。あなたを狙う理由を」
「……はぁ。ま、半信半疑でいておきます」
全面的に信用すると、利用されただけで終わる可能性があるし、俺は俺で情報を集められるなら動こうと思う。
確かに今回の機会は、いろいろと探れるチャンスでもあるし。
それに各地に点在する『持ち得る者』が集まるなら、情報量も結構なものになるはずだ。
しばらく走っていると、海が見えてきた。思わず感嘆するほどの景色が広がっている。
「そろそろ着くから、作戦通りにお願いね~」
俺は「はいはい」と口にし、後部にある狭い荷台の方へと移った。
荷台といっても一見して分かり辛い構造になっており、上部に嵌められた蓋を取り外すと、その奥には何も入っていない空間がある。
俺はそこに自分の身体を押し込み、蓋を戻して息を潜めた。
これで外からも中からも、見ただけでは俺がここに隠れていることは分からない。
車は何度か停止したりしているが、とりあえずスムーズに進んでいるようだ。
そしてまた車が停まった直後、窓が開く音がしたのち、
「はい、これ招待状ねぇ」
ヒオナさんのそんな声が聞こえてきた。
恐らくだが、屋敷の前に到着し、門番にでも中に入る許可を取るために招待状を見せつけているのだろう。
すると「ありがとね~」とヒオナさんの言葉とともに、再び車が動き出した。
どうやら問題なく敷地内に迎え入れてもらったようだ。
そうしてまた少しの間走ってから車が停止しエンジン音も消失した。
「着いたわよ、六門。車のスペアキーは持ってるわね?」
「はい、ここにちゃんと」
事前に渡してもらったキーは懐に収めてある。
「じゃあ先に私は行くけど?」
「了解です。俺も折を見て屋敷へと入るようにしますよ」
俺の能力を使えば、さして難しいことではないので。
とりあえずはパーティが始まるまでは大人しくしておこうと思う。
人が集まり、賑やかになってきた頃が動き時だ。
俺は時間が来るまで、今後の動きや一ノ鍵織音の発言などを思い出して、いろいろ考察していた。
そういやあのガキ、別荘がダンジョン化したって言ってたよな。アレってここのことか?
だとしたらこの別荘宅がダンジョン化することはない。
だから安心して人を招くことも住むことだってできるわけか。
四奈川たちも来るらしいし、絶対に俺がいることがバレないようにしないとな。
てか、群馬に行ってからこっち、四奈川とも連絡取れてねえけど、ちゃんとやれてんのかねぇ。
まああの暗殺メイドが傍にいるはずなので滅多なことは起きないと思うが、それでも前のように、無謀にも大規模ダンジョンに挑み、ドラゴンと対峙するようなことだってあったかもしれない。
いや、そこはさすがに教訓にしてるか。アイツは天然だけど愚かってわけじゃないだろうし。
俺にとっては疫病神みたいな存在だけどね。
あの天真爛漫な災害力とメイドさえいなければ超優良物件ってやつなんだろうけどなぁ。
胸もでけえしな。……うん、大きいことは良いことだし。
そういや各地から『持ち得る者』を集めたパーティって言ってたよなヒオナさん。つーことは、一癖も二癖もあるような連中が集まってくるんじゃねえのか?
俺的に、ヒオナさんに一ノ鍵のガキ、そして四奈川とお腹いっぱいなので、できれば俺に面倒をかけないような大人しいタイプの人たちが集まってきてほしい。
ああでも集めたのはあのガキだもんなぁ。人材マニアっぽい奴だし、何かに優秀な奴ってどっか性格が歪んでたりするからなぁ。もしくはトラブルメイカー(四奈川)だったり。
「……キュキュ?」
「お、窮屈だったかヒーロ。悪いな、もう少し我慢な」
「キュー!」
「でもパーティかぁ。きっと見たこともないほど美味いもんが出るんだろうなぁ」
想像するだけで腹が鳴ってしまう。
「キュキュ! キュキュキュ~」
「おお、ヒーロも料理食べたいか? そうだなぁ、じゃあ時間を見つけて食べさせてもらおっか?」
「キュキュキュ!」
当然その時は《ステルス》を使って。
そうして俺は二時間ほど、日が暮れるまでヒーロと一緒に車の中で待機していたのであった。
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