第83話 久しぶりの再会と世界情勢の件について

「――――――一ノ鍵のSPだって? あの黒スーツの連中がぁ?」


 シオカから連絡をもらえ、彼女と合流を果たした俺。

 今どこにいるのかというと、俺の家の近くに聳え立つ高級マンションの一室だ。


 何でもいつでも帰ってきた俺と連絡が取れるように、ヒオナさんがシオカに貸し与えているのだという。これだから金持ちは……。

 ただシオカの部屋のベランダからは、俺の家がよく見えるので確かに便利な場所ではある。


「そうだよ。うちが調べた情報によると、あの人たちはここ数日、ずっと張り込んでいたの」

「……ちょっと待ってくれよ。何で一ノ鍵が俺を? 面識だってねえに等しいんだぞ?」


 一方的に俺が知っているくらいだ。確かに一ノ鍵のガキと会ったことはあるけど、その時は仮面をつけて素顔を隠していたし、接触と言えばそれいくらいである。

 それなのに何故目をつけられたのか……。


「……! ま、まさか四奈川……か?」


 だとしたら有り得る。絶対に俺のことは誰にも言うなと言っていたが、アイツが口を滑らせたという可能性は否定できない。

 しかしだとしても友人ということだけだろう。たかが友人に、そこまで興味を抱くとは思えないのだが……。


「いいえ、お姉ちゃんによると、特に四奈川さんは有野くんのことを知らせてないみたいだよ。ちゃんと約束は守っているみたい」

「……だとしたらなおさらだ。何で俺を……?」

「それは分からない。けど一ノ鍵が有野くんと会いたがっているのは事実みたいだよ」


 思わず頭を抱えて溜息が零れ出る。


 何でだ? 何で俺なんかに会いたがる?


 あのチビガキは、少なくとも凡人には目もくれない高飛車な性格だ。

 才能のある者だけを欲する覇王気質の傲慢な少女。


 それが何でたかが四奈川の友人程度の人間に、あんなSPを用意してまで攫おうとした?


 …………分からねえ。落ち度があるとすれば、あの時、俺が無意識に一ノ鍵のガキを助けたことだけだ。


 けどもしあの一瞬だけで俺だと分かったのであれば、もっと早くにコンタクトをしてきてもおかしくない。

 それなのにあれから結構な期間が開いている。この時間差は何だ?


 四奈川は自分では俺のことを口にしていなくとも、あの天然女のことだから、普段の様子からバレた可能性もある。頭の良い一ノ鍵のガキだ。些細なことから俺と四奈川の繋がりに気づいてもおかしくはない。


 ただそれでも四奈川には俺が『持ち得る者』だってことは知らせていない。

 確かに四奈川には幾らか、ゲーム知識に則ってアドバイスをしたが、その程度だ。それくらいネットや本を調べれば、誰だってできることだし、優秀という枠には当てはまらないはず。


「……ふぅ。考えても分からねえな。何であの一ノ鍵が俺なんかに興味を持つんだか……」

「お姉ちゃんもその理由を探ってるみたいだけど……」

「……そういやヒオナさんは今どうしてる?」

「連絡したから、しばらくしたら来ると思うよ」


 そんな話をしていると、タイミング良くインターホンが鳴った。

 シオカが迎え入れたのはもちろん――。


「ろっくもぉぉぉぉぉんっ!」

「うおぉわぁぁぁぁぁっ!?」


 いきなり飛びつかれ、そのふくよかで柔らかい胸に俺の顔が埋まる。

 一気に女の甘い香りと心地好い温かさに包まれた。


 ああ……生きてて良かった……。


「ちょっ、お姉ちゃん! いきなり何してるのっ!?」

「えぇー、だってぇ、久しぶりの六門なんだもん。しっかり堪能しなきゃねー」


 うんうん。いいぞいいぞ。存分に抱きしめてくだされ。こっちはいつまでも身を任せるので……って、あれ? 何だか意識が……。


「お、お姉ちゃん!? 有野くんの顔が真っ青に!?」

「あらら?」


 おっぱいに顔が埋もれて窒息死か…………うん、悪くない。


 そうして俺は意識を飛ばしてしまったのである。

 次に目が覚めたのは十分後くらいだった。

 起きてみれば、正座したヒオナさんがシオカに説教されていた。


「あ、起きたんだ六門。ヤッホー」

「はあ、ご無沙汰してます」

「何よ元気ないわねぇ。気持ち良くなかった?」

「最高でした。できれば何度も再現して頂きたいです」

「あらら、変わってないようで嬉しいわぁ」

「もうっ、二人とも! お姉ちゃんも、そういうことをするために来たんじゃないでしょ!」

「はいはい。相変わらずお堅いんだからぁ~」


 するとヒオナさんが身嗜みを軽く整えて、俺に向かってニッコリと微笑んだ。


「久しぶりね、六門。会いたかったわ。ヒーロも元気そうね」

「キュキュキュ~!」

「わ、分かったからそれ以上近づかないでね」


 やはりまだスライムは苦手のようだ。


「シオカから話は聞いたわ。あの連中に捕まりそうになったんだって?」

「ええ。まさか一ノ鍵が派遣した奴らだとは思いませんでしたけど。俺はてっきり……」

「ん? てっきり何?」

「あーいえ、実は群馬でも似たような連中を見たんで」

「! ……そいつら、もしかして『持ち得る者』狩りをしてなかった?」

「? アイツらのこと知ってるんですか?」


 ヒオナさんが険しい顔つきをして聞いてきたので、奴らの情報を何か掴んでいるのは明らかだった。


 俺は詳しいことを聞かれたので、『紅天下』や『白世界』については伏せて、黒スーツの連中が能力者たちを連れ去って行く現場を見たことだけを教えた。


「なるほど。やっぱ相当手広く活動してるみたいね、奴ら」

「手広く?」

「実はこの町でも何度か見かけていてね。ダンジョン攻略をしていた『持ち得る者』を襲って、問答無用に拘束し連れ去っているのよ」

「ここでも!? ……奴らの目的とか分かってるんですか?」

「五堂の情報網じゃ、そこまで詳しいことは分かってないけれど、それでも奴らが日本各地に現れて、大規模ダンジョンを攻略していることは分かっているのよ。そして攻略だけじゃなくて、その際に『持ち得る者』を捕縛して東京へ連行しているらしいわ」

「東京に? 何でまた……?」

「大規模ダンジョン攻略に関しては、恐らく《コアの遺産》目当てだと思うけれど、『持ち得る者』の連行に関してはまだよく分かっていないわ。ただ……多分だけど政府の息がかかった集団なのは確かね」

「政府の?」


 また大きな背景が出てきた。

 つまりヒオナさんは、政府が送り込んでいる刺客だというのだ。


「実は今、東京ではある計画が実行に移されているらしいのよ」

「ある計画?」

「ええ。東京のある区画を特区として設け、そこを『持ち得る者』専用の拠点にしようとする計画。すでにもう結構な数の『持ち得る者』たちが住んでるって話よ」

「何でそんなこと……?」


 能力者たちを一つに纏めて監視しておくためか?

 いや、そんなことが実際可能なのだろうか?


 『持ち得る者』の力は、『持たざる者』と比べても遥かに強いし、仮に目障りだと滅ぼすにしても、一纏めにせずに各個撃破を狙った方が安全だ。


 一纏めにして一致団結されたら、それこそ戦争の勃発で、『持たざる者』の被害は甚大になるだろう。下手をすればそのまま滅びてしまうかもしれない。


 それに力を持った者たちが、監視なんて素直に受けるとも思えない。少なくとも俺は絶対に嫌だ。


「噂では総理が筆頭で、その計画が動いているらしいわ。一体何を考えてるんでしょうねぇ」


 黒スーツたちの力は、そこらの『持ち得る者』たちよりも圧倒的だった。

 そんな者たちが、総理とはいえ従っている理由が分からない。


「そして総理の名の下に、『持ち得る者』による軍が組織されているのよ。それが黒スーツたち。一応私たちは分かりやすく『BS軍』って呼んでるけど」


 ブラックスーツ軍隊ってとこかな。まあ安直だけと確かに分かりやすいか。


「けど『持ち得る者』だけが住む特区かぁ。ヒオナさんたちは住みたいって思います?」

「嫌よ。そんな窮屈そうな場所」

「わたしも……嫌、かな? 何か追いつけられている感じがするし」


 俺もシオカの言ったような感覚がある。

 政府……国としては、危険因子とも呼ぶべき『持ち得る者』を一纏めにして監視しておきたいというのは分かる。


 『持ち得る者』だってバカばかりじゃないし、そんな思惑を見抜く連中だっているだろう。そして反発する者だって。


 もし捕縛され、反発したらどうなるのか……?


 その先を考えたらちょっと怖くなったので止めておく。


「でもヒオナさんの情報通りだと、『BS軍』は相当な数がいて、全員が手練れっぽいっすね」

「まあ大規模ダンジョンに挑むくらいだしねぇ。今の政府がそんな強者ばかり集めて慈善事業ってことはないでしょうし」


 ……あの【榛名富士】で出会った『BS軍』の三人。アイツらの目的が、巨人の捕縛だったことも知っている。 

 あんなバケモノを手にして、確かに平和をもたらそうとしているとは到底思えない。


 それに奴らは同じ人間を平気で傷つけていたし、とても友好関係を結べるような相手ではないと思う。

 しかしそいつらのトップが、この国のトップなんだよな……。


 世界が変貌してから政府のやり口が凶悪になっているのは分かっていたが、一体何が目的で動いているのだろうか。


「とにかく今は『BS軍』の動向を追いつつ、何があっても対処できるように備えておくことね」


 ま、それしかねえか。特に俺なんか情報網があるわけじゃないし、どうしてもヒオナさん頼りになってしまうから。


「と、いうことで目下の問題に取り組みましょうか」

「目下? ……もしかして俺に関することっすか?」

「そうよ! てか六門さ、いきなり群馬旅行とかビックリするんだけど?」

「いやぁ、ちょっと事情がありましてね。それに大規模ダンジョンが群馬にある情報を掴んでたんで、様子見がてら行こうって気になって」

「一応ワタシと同盟を結んでるんだから、真っ先に報告してほしかったわよぉ」


 いやいや、同盟を結んでるからって、そこまでの義務は無いと思うんですけど。

 まあ、こうしていろいろな情報を教えてくれてるし、機嫌を損なわないようにした方が良いかもしれないが。


「すみませんでした。言うてもスマホでいつでも連絡できると思ってたんで」

「確かに電波が通じなくなったのは痛いわよねぇ。だから、ちょっと提案なんだけどぉ……ココに住まない?」

「は? 俺が……ココにっすか?」

「ん、そうよ」

「いやいや、ココはシオカが住んでるんでしょ?」

「大丈夫よ。部屋数もイッパイあるし。あ、それとも寝室はこの子と一緒がいい?」

「にゃっ、お、お姉ちゃんっ!?」


 シオカと一緒に寝る……かぁ。うん、悪くない。悪くないぞー!


「アハハ、冗談冗談。寝室は別として、シオカも六門と一緒に暮らすなら問題ないって言ってるわよ?」

「え? ……マジで?」


 俺は真相を確かめようとシオカを見ると、彼女は頬を赤らめて目を泳がせ始める。


「そ、その、ね……ほら、有野くんの家は、一ノ鍵さんに見張られてるしさ、それにアレだよ、一緒にいた方がお互いを理解しやすいというか楽しいというか……あれ? わたしってば何言ってるんだろ……?」


 あわあわとするシオカ、可愛いですねぇ。そんな微笑ましい姿に、ついニヤニヤとしちゃいます。


「俺にとっちゃメリットがある話なんでいいですけど、どうせヒオナさんのことですから、その見返りに何か要求してくるんでしょ?」

「あらら、やっぱ分かっちゃった?」


 分からないわけがない。こういう良い話には必ず裏があるのは必然なのだ。特に腹黒さに定評のあるヒオナさんのことだ。何かあるに違いないのである。


「俺に何を所望で?」

「安心して。結果的に六門にもタメになることだし」

「俺にも? ……何です?」


 するとヒオナさんがニヤリと笑みを浮かべると、とんでもないことを言い放ってきた。


「――――一ノ鍵の屋敷に潜入調査よ」




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