第74話 潜水士が本領発揮する件について

「ちっ、鬱陶しいスキルですね」


 しかし危なかった。俺に《潜水》がなけりゃ、今ので大ダメージを受けていたのは間違いない。

 遠距離も中距離もこっちが不利。加えて接近戦もさっき見た通りだ。


 マジでコイツら何者だ。こんな腕利きが集まって、何で『持ち得る者』狩りなんかしてる?


 いや、今は考えるのはよそう。俺らの目的はコイツらの討伐なんかじゃねえ。真悟たちを救い出すことだ。

 俺は地面に潜りながら、今度は黒スーツの男の背後へ現れる。


「二度同じ手はくいませんよ!」


 予想していたのか、振り向き様に裏拳を放ってくる。

 だが俺も迎撃は予想していた。その拳を受け止め、奴の腕を掴む。

 そのまま一本背負いをくらわせようとしたその時、またも身体が浮かんでしまう。


「そのような攻撃をくらうとでも? 調子に乗ならいでください」

「……調子に乗ってんのはてめえだ!」

「何を……」

「――《潜心ソウルダイブ》!」

「ん――っ!?」


 直後、男の瞳にフッと色が消える。

 同時に俺の意識は奴の精神へと潜り込んだ。


 俺のこのスキルは、相手の魂にすら潜り込むことができる。

 あまり深く潜ると、逆に相手の意識に取り込まれてしまう可能性があるが、意識を刈り取るくらいはすぐにできる。


 本来なら時間をかけて、コイツらが何者なのか探った上で廃人にでもしてやりたいところだが、さすがに時間もないし、こちらの気力がごっそり減ってしまい、後の戦いに尾を引いてしまう。

 だから少ない気力で行使できるのは意識を刈り取るくらいなので、せめてそれだけは成功させる。


 いつもみたいに周囲が宇宙のような空間に入り込んだ俺は、大きな青白い火の玉のようなものから伸び出ている幾つかの線を見分けていく。

 それら一本一本が、記憶であったり意識だったりする。記憶の線を断ち切ることで、その記憶を抹消することができるのだ。


 こうして《巨人病》にかかった者たちを救ってきた能力である。

 俺は意識の線を辿り、その線を両手で握り込み力を込めて引き千切った。

 そしてすぐに《潜心》を中断して、俺の身体へと意識を戻す。


「――っ! ……ふぅ」


 やはりこの能力の消耗は激しい。たった数秒でもかなりの気力を使うのだ。


 しかしそのお蔭で――――パタリ。


 黒スーツの男が前のめりに倒れた。


「……一人撃退」


 これでしばらくは気絶中だ。その間に仲間を救い出す。


 ……最優先は真悟たちを操ってる男の方だな。


「あちゃあ~、まさか宗介くんがやられちゃうなんてねぇ」


 少しも驚いていない様子だ。このオッサン、どこか底が知れねえ。

 こんな掴みどころのない人間は珍しい。これまで多くの人間とケンカしてきたが、このオッサンとだけはまともにやり合うなって本能が警告を鳴らしている。


「役立たず。無能。これだからゲイは」


 女の方も別段表情は変わらない。


 え? ていうかコイツ、ゲイだったの? 


 ちょっとケツの穴がキュッとなってしまったのは秘密にしておこう。


「淳二! 信行! お前らは女を頼む! あのオッサンは俺だ相手する! 涼香たちは今のうちに離れろ!」


 全員が俺の指示を受け行動を開始する。

 だがその時だ。操られた真悟たちが、俺たちに襲い掛かってきた。

 総勢九人の『持ち得る者』だ。

 その中に仲間は四人。傷つけるわけにはいかないし、その上……。


「がぁぁぁぁっ!」

「ちぃぃっ!」


 俺の頭上からハンマーのように大きな拳が降ってくる。

 それを交わし、攻撃をしてきた奴から距離を取った。


「…………操られていても面倒さは変わらねえか……冨樫ぃ」


 恐らくこの中で最大の攻撃力を持った敵だ。 

 別に容赦はしなくてもいいが、コイツ相手だとこっちも全力でやらないといけない。


 とてもシャツ姿の男を同時に相手にできない。

 それに真悟たちが涼香たちの前に立ち塞がっている。

 舞の結界のお蔭で攻撃は防いでいるが、いつまでも結界を張り続けていられるわけじゃない。彼女にも気力の限界があるのだから。


「……悪いけどよぉ、出し惜しみはしねえ。まずは富樫、てめえを潰させてもらうぜ!」


 俺は拳の連撃を放ってくる冨樫に対し、回避しながら隙を探る。

 すでに奴は『亜人化』しているので、一撃でもまともにくらったらアウトだ。

 本人に意識がないせいか、何も考えずに暴力を振り回してくる。

 そのため一撃一撃が大きく、その隙をつくべきと判断した。


 ――ここだ!


 奴が大きく拳を振りかぶった直後、俺は地面に潜って逃げ、すぐさま奴の背後へと飛び出た。

 そのまま冨樫の後頭部にそっと触れる。


「――《潜水》!」


 悪いな……冨樫。お前とはもっと違う形で勝負をつけたかったべえ。


「――《内部衝撃イン・ブレイク》!」


 体内の中で暴れ回り、その衝撃で内臓にダメージを与えていく。


「がはぁっ!?」


 冨樫が大量の鮮血を吐いて膝をつく。内臓が破裂したかもしれない。そしてそのままゆっくりと仰向けに倒れた。

 俺は富樫の身体から出るが……。


「はあはあはあ……くっ」


 立て続けの大技。さすがに気力の消耗が激しい。

 だがこれで冨樫を……そう思ったが、俺の背後に立つ大きな人影。

 見ればそこには冨樫が立っていた。

 虚を突かれた俺は、奴に腹を殴られてしまう。


「がはふぅっ!?」


 凄まじい一撃で吹き飛ばされる俺。


「蓬一郎っ!?」

「イチ兄ちゃん!?」


 涼香と莱夢が俺の名を呼ぶ。

 激しく地面を転がった俺は、その先にあった木にぶつかって止まる。


「っ……かはっ」


 マズイ、今の一撃で肋骨の五番と六番が砕けたか……それに七番もヒビが……っ!


 それに吐血をしたことで、内臓が傷ついたことも分かる。

 だがこのまま寝ているわけにはいかない。必死で立ち上がり、同じように咳き込んでいるが無表情のままの富樫を睨みつけた。


 そうか……操られてるから、痛みも感じねえってわけだな。


 普通なら《内部衝撃》をまともに受けたことで、もう立っているのも無理なはず。

 しかし強制的に身体を動かされているのだとしたら、どれだけ痛みを与えても無意味。物理的に立てないようにしなければ戦いは終わらないのだ。


「にしても……相変わらずの……くっ、バカ……力だなコイツは」


 元々腕力には定評のあった不良だったが、さすがは『亜人闘士』である。たった一撃でこれなのだから、攻撃力だけに関していえば理不尽さを覚えた。

 この状態で戦闘を続けるのは正直遠慮願いたいが、まだ状況は何一つ良くなっていない。むしろ悪くなっているといえる。

 やはり真悟や富樫たちを操っている張本人を何とかしなければどうにもならない。


 しかし――だ。


 バタッ、バタッと、二人の人間が地面に倒れるのを見た。




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