第75話 絶体絶命を打ち破る者の件について
「淳二っ!? 信行っ!?」
黒スーツの女を相手にしていた二人だった。
「終了。弱過ぎ」
銃を構えていた黒スーツの女は、つまんなさそうな表情で呟いた。倒れた二人は血を流していないので、麻酔弾か何かで眠らされたのかもしれない。
あの二人をこんな短時間で……! やはりどいつもこいつも只者じゃねえ!
これで戦えるのは重症の俺だけだ。
それに舞の結界だって、恐らくもう限界のはず。激しく呼吸を乱しているその姿を見れば一目瞭然である。
『亜人闘士』といえど、涼香には最悪の場合、莱夢と舞を守ってもらわないといけない。とてもではないが黒スーツの女とシャツ姿の男を同時に相手することなんで不可能だ。
そして俺は……冨樫。
「おやおや、ずいぶんと旗色が悪くなっちゃったみたいだね~。どうするの、『紅天下』のリーダーさん?」
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべてシャツ姿の男が挑発してくる。
「素直におじさんたちの言うことを聞いてくれるなら、これ以上傷つけたりしないよ~。それに治療だってしてあげよう。どう? 良い条件でしょ?」
「――勝手なことを言うのは止めてください、美堂さん」
その時、倒したはずの黒スーツの男がゆっくりと立ち上がってきた。
バカな……! 意識を取り戻すにも早過ぎる!?
「おろろ? あっさりと倒されちゃったと思って心配したよぉ」
「舐めないでください。とはいっても、予想外の攻撃を受けて危なかったのも事実ですがね。しかし私はあの方が率いる精鋭部隊。……意識を飛ばした時に殺さなかったことを後悔させてやるよクズ野郎」
ビシバシと口調が変わった男から凄まじい殺気が迸ってくる。
本格的にマズイ状況になってしまった。これでほぼ無傷の敵がまた一人増えて、いよいよもって絶望的な展開だ。
……せめてアイツらだけでも逃がさねえと。
まだ必死で戦っている涼香たちは、何が何でも逃がす。
たとえこの命を失ったとしてもだ。
「悪いが、もうお前に触られるのはゴメンだ。だからこのまま捻り潰してやるよ」
すると俺の身体がまた宙へと浮く。
またこのまま地面にでも叩きつけるつもりか?
だがそこへ最悪のタイミングで舞の限界がきてしまい、結界が消失した。
それを見た黒スーツの男が楽し気にニラリと笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。ただ潰すだけじゃこの怒りは収まらん」
男の視線が莱夢の方へと向く。
ま、まさかコイツ……っ!?
あろうことか莱夢を、謎の力で自分の方へ引っ張り込んだのだ。
「きゃあぁぁぁっ!?」
「莱夢!? させないわよ!」
莱夢の手を掴もうとした涼香だったが、真悟たちが立ちはだかりそれも不可能となる。
そして莱夢は、黒スーツの男の腕の中に引き込まれてしまう。
そのまま首を掴み力を込めていく。
「あっ……ぐぁ……っ!?」
苦悶の表情を浮かべる莱夢。必死に逃れようと手や足をばたつかせるが、スキルを使えないようでビクともしない。
「てめえっ、妹を放しやがれっ!」
俺も何とか手を伸ばしたりするものの、宙にいるので身体の自由がまったく利かない。
「ククク、そこで無力に嘆きながら見てろ。自分の妹が無残に死んでいく様をな」
コイツは本気で莱夢を殺すつもりだ。
「ちょっとちょっとぉ、それはすこ~しやり過ぎじゃないのかぁい、宗介くん?」
「あんたは黙ってろ。今回の任務はこの俺の指揮が優先されるんだよ。あまり楯突くとあの方に報告するぞ?」
そう言われたことで、大げさに肩を竦めるシャツ姿の男。
黒スーツの女は、特に興味が無いのか欠伸すらしている始末だ。
「くっ、頼む! 俺なら何でも言うこと聞く! だから妹はっ、莱夢だけは解放してやってくれっ!」
最早俺にできることは頼み込むことだけだった。
「そうだなぁ。じゃあ宗介様の一生のしもべになりますと誓え」
「っ!? …………ち、誓う! 誓うからそいつだけは!?」
「ククク…………ざ~んねん。お前みたいな下民、誰が要るかよ、バーカ」
「んなっ!?」
「お前の大事なもんが消えるのを、その眼で見てろ」
絶望が心を支配していく。目の前が真っ暗になりそうだ。
「イチ……兄……ちゃ……ん……!」
莱夢の顔色が真っ青になってきている。
嫌だ。また…………また失うのか!?
それだけは嫌だ! 頼むっ、頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼むっ! 神様でも何でもいい! 何でもするから、莱夢だけは………………俺の生き甲斐だけは奪わないでくれぇぇぇっ!
だが無常にも黒スーツの手が緩むことはない。さらに力が加えられ、莱夢の身体から徐々に力が奪われていく。
「止めてくれぇぇぇぇぇぇぇえええええっ!」
「クハハハハ! さあ、死――」
――――――――ザシュッ!
「………………へ?」
黒スーツの男が声を漏らし、そのまま凍り付いたように固まっている。
いや、それを言うなら俺も、他の連中だってそうだ。
誰もが今起きたことに対して理解不能な状態で、フリーズしているのだ。
ただ分かっているのは、突如として黒スーツの男に向かって飛んできた赤いスライムが、自身の身体を刃物状にしたもので、莱夢の首を掴んでいる男の腕を切断したこと。
ぬるりと切断された手が落下した直後、
「う、ううううう腕がぶふぉぉっ!?」
血を噴出させる自身の腕を見て愕然と叫ぶ男が、何故か顔を歪めながら吹き飛んでいった。
男は地面に転倒し、そのまま頭を打ったのか意識を失っている。
操られている連中も動きを止め、すべての者たちが当然ながら、この摩訶不思議な状況を生んだであろう赤いスライムに視線を向けていた。
そしてその中で、
「けほっ、けほっ、けほっ」
ただ一人、莱夢だけは解放されたことで咳払いをしながら、自分の傍に佇むスライムを見て口を開いた。
「えっ…………ヒーロ……ちゃん?」
「キュキュキュ~!」
ヒーロ……だと? そんな名前のスライムなんて一匹しか知らない。
するとその時、フワリと莱夢の身体が浮いた。まさかまた奴の仕業かと思ったが、あの男はいまだ気絶中。
だったら何が……?
まるで横抱きにされているかのように浮いている莱夢、そのままフワフワと俺のところへやってきたと思ったら、ポンと肩を叩かれる感触を得た。
同時に目の前に突然人が現れたのである。
「――っ!? だっん!?」
そこに現れたのは、奇妙な仮面をつけた奴で、つい「誰だ」と言いそうになったが、いつの間にか傍に寄って来ていたスライムが身体を伸ばして俺の口を塞いでいた。
そして……。
「俺っすよ俺」
仮面の人物が、すっと仮面をずらして素顔を見せつけてきた。
その顔を見て、そしてそいつの能力を知っていた俺はすべてを理解したのである。
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