第73話 紅天下VS黒スーツの件について

 俺の虚を突いた一撃をくらったオッサンが仰向けに倒れていく。


「なっ、いつの間に!?」


 黒スーツの男が、突如現れた俺の姿を見て驚愕している。

 たりめえだ。ビックリしてもらわんと困るぜ!

 俺はすぐさま地面に降り立つと我が妹――莱夢の小さな身体を抱えて距離を取る。


「イ、イチ兄ちゃん……っ」


 泣き腫らしたコイツの顔を見て俺の頭が一気に沸騰する。今すぐにでもコイツを泣かせた連中を皆殺しにしてやりたい衝動にかられる。

 だが……ここで我を忘れてしまったら、せっかくの救出作戦が無駄になってしまう。


「っ…………無事だな、莱夢?」

「!? う、うん……うん! ごめんな……ごめんな……」

「……このバカ野郎。心配かけさせんな」


 俺の胸に顔を埋めている莱夢を撫でながら言う。

 そして……ギロリと黒スーツの連中を睨みつける。


「ようもやってくたなぁ……この借りは利子付けて返させてもらぜクソ野郎ども!」


 殺意を漲らせる俺の気迫に、連中も身構える。


「涼香!」

「OK。莱夢、こっから離れるわよ!」

「スズちゃん!」


 兎の姿で傍に隠れさせていた涼香が、人間に戻ってこちらへと駆け寄ってきたので、彼女に莱夢を託す。一緒に舞も来てくれた。


「手筈通り、涼香は莱夢を連れて離脱だ」

「任せて! 行くわよ莱夢!」

「で、でもイチ兄ちゃんたちは!?」

「当然、真悟たちを助け出す!」


 少し前から様子を見ていたが、真悟たちが操られているのは分かっていた。

 それをやっているのがさっきぶっ飛ばしたシャツ姿の男だということも。


 だからまずぶちのめしたはずなんだが……。


「お~いたたたぁ~、急に酷いじゃなぁい」


 普通ならあの一撃で悶絶するはずだが、顎を擦りながらシャツ姿の男は立ち上がってきた。


 やっぱそう簡単にはいかねえか。


 だが奇襲は成功し、莱夢だけでも取り戻すことができた。上々の成果だ。

 あとはコイツらを出し抜き、真悟たちを救うだけ。


「やれやれ、まさか地面から出てくるなんて予想外にも程があるよ。おじさん、ビックリしちゃったなぁ」

「……涼香、莱夢、早く行け! 俺らも真悟たちを助けたらすぐにずらかる!」

「分かったわ! ほら、行くわよ……っ!?」

「? どうした涼香?」


 突如涼香が立ち止まったので不思議に思った。


「わ、分からないわ! 足が……足が動かないのよ!」

「何だって!?」


 奴らに何かされたのか? けど敵の三人が動いた様子はない。


「イチ兄ちゃん! 多分そこのおじさんのせい! 何かのスキルだと思うけど!」


 莱夢からの情報が届く。


 まさか真悟たちみたいに涼香を操って……いや、彼女は正気だ。ならどうやって動きを止めてるんだ?


「んふふ~、そう簡単に逃げられちゃ、こっちの立つ瀬がないからねぇ~」


 このオッサン……只者じゃねえな。黒スーツ二人だけでもキツそうなのに、厄介な連中だ。


「……なら、舞!」

「了解! ――《守護結界》!」


 舞が両手で三角を作ると同時に、俺らを囲うようにピラミッドのような青白い結界が出現する。


「っ!? あ、動けるようになったわ!」


 どうやら涼香の拘束も解けたようだ。


「およよ、おじさんの技が解かれちゃったよ~」


 やっぱスキルの効果で縛ってたらしい。舞の《守護結界》は、外からの攻撃を防ぐだけでなく、その中にいる者たちへの干渉をも拒絶する。当然スキルによる効果も弾き飛ばす。


 だが結界の外へ出たら、またあのオッサンの訳分からないスキルの餌食になるかもしれない。

 この結界が涼香たちには必要だろう。なら……。


「舞、当初の予定は変更だ。お前も涼香と一緒に離脱だ」

「ちょ、蓬一郎! それじゃあんたが……」

「安心しろ涼香。こっちにはまだ手札があるんだしよ!」


 その直後、黒スーツを挟み込む形で淳二と信行が姿を見せる。


「いいから行け! まず第一の任務を達成するのが先決だ!」

「っ…………分かったわ! 舞、頼むわね!」

「わ、分かりました!」


 舞の《守護結界》に守られながら、三人がその場から離れていく。


「――逃がしませんよ」


 冷淡な声音とともに、涼香たちの前方の地面が隆起し壁となって立ち塞がった。


 くっ、コイツ……地面を!? 大地を操る『持ち得る者』か?

 ならまずはコイツから先に叩く!


「――《潜水ダイブ》!」


 俺は地面へと潜り、イルカのような速度で地面の中を進み男の足元へ辿り着く。そのまま背後から飛び出て男を殴ろうとした瞬間、横から殺気を感じたので、咄嗟に後ろへ飛び退く。


 そして俺がいた場所に小さな塊が、凄まじいスピードで通過していく。


「ちっ……やっぱてめえも厄介だな、鉄砲女」


 視線を巡らし、俺に向けてライフルを構えている黒スーツの女を睨みつける。

 だがすぐにその女に向かって忍び寄る人影がいた。


 ――淳二である。


 彼の《忍び足》は、足音を立てずに忍び寄ることができるのだ。そのまま彼が女を捉えようと首元にナイフを突き出そうとした瞬間――女がサッと身を屈ませ、同時に逆立ちをしながら淳二の顎に蹴りをぶち当てやがった。

 淳二は不意を突かれ尻餅をついてしまう。


「淳二!?」


 このアマ、何つう反射神経してやがる!?


 それに淳二の気配に気づいていたことも恐ろしい。てっきり俺だけに意識を集中させたと思っていたのに。

 淳二はすぐに起き上がりナイフを構えて、口から出た血を拭っている。


 だがそこへ信行が追い打ちをかけるように、『武闘家』の俊敏さを存分に発揮して女に詰め寄って蹴りを放つ。

 逆立ち状態のままだ。これなら避けることなんてできないはず。


 これでまず一人を倒せたなら……と思ったが、女はそのまま身体を回転させながら逆に蹴りを放ってきた。

 そうやって信行の攻めを弾き飛ばし、見事に元の体勢に戻って涼しい顔で銃を構える。


 ……何て女だ。今の攻撃でも詰め切れねえなんてよ。


 他の連中はともかくとして、この女……てっきち遠距離専門って思ってたが、体術も相当なもんだ。


 ったく、めんどくせえ連中だな。


 するとその時、俺の身体がフワリを宙へ浮く。


「んなっ!?」


 見ればゴミでも見るような目つきで、黒スーツの男が俺に向けて右手をかざしていた。


「油断大敵ですよ。そのまま地面に叩きつけてあげましょう」


 凄まじい勢いで地面に落下していく俺。だが――甘い。

 地面に叩きつけられることなく、スキルを使ってそのまま潜っていった。




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