第67話 黒スーツたちが暗躍している件について
――【榛名富士・ロープウェイ乗り場】。
山頂に近いその場所で、黒スーツを着用した二人の男女が立っている。
「それにしても遅いですね。もう約束の時間はとっくの昔に過ぎたと思いますが」
男が大げさに肩を竦めて苛立ちを口にしていた。
女はというと、建物に背を預けながら座り込み、傍にはライフルを立てかけ、いつでも保持することができるようにしながら、ムシャムシャと何かを食べている。
「ところであなたはさっきから何を食べているんですか?」
「……肉まん。あげないから」
「別に要りませんよ。ていうか今も任務中なんですから警戒は緩めないでください」
「
「いや別に構ってるわけでは……はぁ。何で私がこんなコミュ障の人間を組まないといけないのか」
赤夏と呼ばれた男は、うんざりとした様子で大きく溜め息を吐く。
もう女と絡むのを止めたようで、赤夏はロープウェイ乗り場がある建物内を窓から覗き込む。
そこには複数の者たちが手足を縛れた状態で置かれていた。
「ったく、さっさとアイツが来なければ、次の任務に移れないじゃないですか」
建物内から「んーっ、んーっ!」と声を上げてもがく様子が窺える。それぞれの口には布がかまされているので喋れないのだ。
「はは、無理ですよ。いくら暴れてもその拘束は解けません。何せそれは対『持ち得る者』用に作られた拘束具ですからね。まあ試作品でもありますが、あなたたち程度では壊すことはできませんよ」
まるでゴミを見るような感じで、赤夏は冷徹に彼らを見下ろしている。
そしてその中には、『白世界』を率いるリーダーである富樫の姿もあった。
「んぐぅーっ、っぷはぁ! てめえらっ、この俺にこんなことしやがって、タダで済むと思うなよっ!」
「おや、口に噛ませていた布が取れちゃいましたか」
「こんなもん、俺のスキルを使えば…………っ!? 何で《亜人化》ができねえんだ!」
「言ったじゃないですか、対『持ち得る者』用だと。その足りないオツムでは、私の言葉は理解できませんでしたか?」
「何だとっ! バカにしてんのかっ、こっちに来いやコラァッ!」
「……うるさい。赤夏、何とかして」
静かに肉まんを食っていた女だが、富樫の怒声に対し両耳を塞ぎながら不愉快そうに顔をしかめていた。
「ならあなたの麻酔弾で大人しくさせればいいでしょう?」
「もったいない。だから赤夏がやって」
「……はぁ。マジでワガママだなこの女……」
口調さえ変わってしまうほどイラっとしたようだ。
赤夏はその怒りを抱え込み、建物内へと入っていく。
「おいコラッ、さっさとコレを外して俺と勝負しやがれっ!」
「何故そんな面倒なことを私がしないといけないんですか?」
「あんだとっ! ぶち殺すぞてめえっ!」
「……野蛮な獣。こんな輩まで『持ち得る者』だとは。本当に嘆かわしい世界になったものですね」
「あぁ? さっきから何ブツブツ言ってやがんだ、イカれてんのかてめえはぶぐっ!?」
直後、富樫の顔が上に跳ね上がった。
「ぐっ……な、何が……うぶっ、ぐへっ、ごぼっ、あがっ!」
まるで見えない何かに殴られているかのように四方八方へと顔が飛ぶ富樫。
唾液に混じった血液まで散り始め、その様子を見ている周りの連中が怯えている。
どんどん顔が腫れ上がっていく富樫に対し、ただ一人冷たい眼差しを向ける赤夏。
そしてどれだけの時間が経ったのか、もう意識はない富樫はいまだに殴られ続けていた。
「ま、待ってくれ! もうそのくらいでいいだろ! 富樫さんが死んじまうよっ!?」
富樫の仲間であろう男が止めにかかるが、
「ならあなたが代わりますか?」
赤夏の冷淡とした言葉に、男は「ひぃっ!?」と恐怖を覚えて顔を背けた。
しかし同時に、富樫はそのまま仰向けに倒れたまま、もう攻撃をくらうことはなくなっていた。
「……飽きましたね。そもそもこんな凡愚どもをサンドバックにしたところで、私のストレスは発散できませんし。……ああ、私を癒してくれるのは、やはりあの方だけです」
サングラスでその双眸の様子は分からないが、きっとうっとりとした輝きを宿していることだろう。
「赤夏気色悪い。これだからゲイは……」
「そこっ! 聞き捨てなりませんよ! 私はゲイなどではありませんっ!」
「どの口が言うか」
「いいですか! 私にとってあの方は崇高な存在なのです! この命を捧げる価値のあるお方。あなただってあの方のお考えに同調したからこそ傍にいるのでしょう!」
「違う。私は食べ物をもらえるから」
「あなたは動物ですか!? ……いや、動物みたいな奴でしたねあなたは。何せあなたの親は――」
――チャキ。
瞬間、赤夏にライフルが向けられていた。当然その持ち主は女である。
「余計なことを言うな。殺されたいか?」
「ほう……面白い。できるものならやってみろ」
二人の視線が火花を散らせ、場の空気が一気に張り詰める。
濃厚な殺気が充満しているせいか、傍にいる連中の中には過呼吸気味になってしまう者も出てきた。
一触即発。いつ殺し合いが始まってもおかしくない。
だがそこへ――。
「――ハイハーイ。仲間割れはいけないよ~ん」
いつの間にそこにいたのか、全員が声の主に意識を向けた。
その人物は建物内にいるが、何故か……何故か天井に立っていたのである。
そんな重力に逆らったような奇妙な人物は、紫色のよれよれのシャツと短パンにサンダルといった風貌だ。
「!? …………やっと来たんですか。遅刻ですよ――――
突如現れた謎の人物に驚きもせずに、赤夏は彼の名前を呼んだ。
赤夏たちが待っていた人物は、この美堂だったのである。
「いやぁ、ちょっと道に迷っちゃってさぁ。許してちょ」
「相変わらず性格も外見も軽薄ですね」
「馴れ馴れしいオッサン。嫌い」
確かに美堂の見た目は、とても黒スーツを着込む彼らと仲間とは思えないほど軽い。四十代前半ほどの年齢なのに、どこかチャラさが際立ち言動に軽さを覚えてしまう。
「ちょっとちょっと~、それは酷い言い草じゃない? おじさん泣いちゃうよ?」
「とにかくあなたのせいで時間が押しているんです。さっさと仕事にとりかかってください」
「私も早く帰りたい。お腹空いたし」
「いや、あなたはさっきから肉まんを食べてたでしょうに」
「足りない。あと五十個は欲しい」
「どれだけ食べるつもりなんですか。フードファイターか何かですか?」
「……あのぉ、おじさんのこともっと構って? 本気で泣いちゃうよ?」
二人に無視されたのが相当辛い勝ったのか、寂しそうな表情を見せる美堂。
「あ? まだ仕事をしてなかったんですか、さっさと初めてください」
「うぅ……最近の若者は冷たいなぁ。昔は良かったよ……人同士がこう繋がっているというか、あったかい人が多かったし。だからおじさんのことあっためてほしいなぁ、
「名前で呼ぶな。変質者」
「ぐはぁっ!? ……ただ名前を呼んだだけなのにぃ……」
天井から落下した美堂は、涙を流しながら四つん這いになっている。
「ああもう、茶番劇はそこまでにしてマジで早く取り掛かってください美堂さん!」
「…………もう終わってるよ~ん」
「え?」
するといつの間にか拘束が解かれた者たちが、スッと立ち上がって美堂の後ろに立つ。
しかしその表情は虚ろで、目も焦点が合っていない。まるで人形のようになっている。
「……それでいいんですよ」
「赤夏。あまりにもの手際の良さに言葉がない様子。ウケる」
「あらら~、そ~だったんだぁ、おじさんの早業に心を掴まれちゃったんだ~。おじさんってば罪な男だよね~」
「いい加減なことを言わないでください! 誰がこんなオッサンに心を奪われますか! 私が心酔するのはこの世であの方だけですよ!」
「知ってる」
「知ってるよ~ん」
そこでようやく二人がからかっているのだと分かったのか、赤夏は顔を引き攣らせて拳を震わせる。
「てめえら……まとめてぶっ殺してやろうか……!」
「あーハイハイ、ごめんってば宗介くん? おじさんが悪かったから許してちょ?」
「私は別に悪くない」
「あぁっ!?」
「こらこら二人とも。ほら、時間が押してるんでしょ? さっさと次の仕事をしようじゃないか」
「くっ……誰のせいで押してると思って……!」
しかし飄々としている美堂にいくら言っても仕方がないと判断してか、大きな溜め息を吐いた赤夏は、人形のようになっている者たちを見る。
「……じゃあ美堂さん、コイツらを使って例の奴を調査してください」
「OKOK~。あ、けどもう一つ報告があったよ」
「何です?」
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