第66話 紅天下が動き出す件について

「と、とーぜんだし! ライムちゃんは俺らの妹分なんだぜリーダー!」

「そうだそうだ! 誰一人仲間を見捨てねえ! それが俺らの信念だ!」

「絶対に助けましょうや、リーダー!」


 口々に盛り上がる連中に、蓬一郎さんは嬉しそうに頬を緩める。

 そんな蓬一郎さんを見て、こちらも微笑む涼香さん。

 あーやっぱそんな感じ? 涼香さん、美人だし良いよなぁ蓬一郎さん。

 ただ綺麗ってだけじゃなく、間違えそうになった時にはちゃんと叱りつけてくれるという最高の支援をしてくれる。


 俺もそんな彼女が欲しいなぁ。幼馴染でもいいし、最悪友達でもいい。


 だが俺の脳裏に浮かぶのは、トラブルばかり運んでくるクラスメイトや、毒舌しか吐かないメイド、世界の頂点を獲るらしい幼女、虎よりも強い蠱惑的な女などなど。

 どいつもこいつも俺の手に余る連中ばかりだ。


 もっと普通の女子はいねえのか、俺の周りにはよぉ……はぁ。


「とにかく今は情報を整理するぞ。涼香はいつでも出られるように、『持ち得る者』たちに準備をさせてくれ」


 そして彼らは、現状分かっていることを話し合い、今後の動きに関して各々の意見を言っていった。


「……やはり少数精製で事に当たる方が良いのは確実か。下手に人数を増やしても、黒スーツや巨人を刺激するだけ。できれば隠密に特化したチームを組むか……涼香」

「いつでも出られるわよ。隠密に特化させるなら、リーダーとアタシ、淳二と舞に信行ってとこかしらね」

「だな。その五人ならレベルも敏捷も高え。ナイスな選抜だぜ」


 へぇ、涼香さって隠密に特化してたのか。それにもう一人の舞って人は知らないけど、淳二と信行ってのは、山で見た三人組じゃんか。


 そう、涼香さんと一緒にいた二人なのだ。情報収集に動いていたことは知っていたが、なるほど、隠密に特化しているなら納得である。


「けどリーダー、戦闘力が物足りなくねえか? これじゃ襲われたら……」


 確かにその懸念はある。黒スーツやモンスターとガチの戦闘になった時、その対処法はあるのだろうか。


「今回は戦闘が目的じゃねえ。それにだからこその舞を入れたんだろ、涼香?」

「ええ、もちろん。舞のジョブは『守護者』。攻撃力はないけれど、彼女の力があればどんな攻撃だって跳ね返せるわ」


 舞と呼ばれた女性が両手をギュッと握り込んで「任せてください!」と意気込んでいる。

 鼻から攻撃力は捨てて、防御と敏捷に重きを置いたチームというわけだ。

 確かにその方が生存率は上がるかもしれない。戦闘から逃げる方が、断然体力も気力も温存できるだろうから。


「よし、じゃあ残りのお前らは【榛名富士】周辺の警戒だ。そこに近づくモンスターも人間も排除しろ」

「「「「おうっ!」」」」

「じゃあ出るぞ、急げ!」


 すると軍隊のように、全員が速やかにその場から離れていく。あの健一も自分の任務をこなそうと同じように去った。


 …………俺はどうしようか?


「ん? ……有野、何してんだお前?」

「いやぁ、何か大変なことになってるようで」

「悪いな。そういうわけだからよ、ちょっくら出てくる。お前は好きにしてりゃいい」

「……手を貸せって言わないんすね」


 ヒオナさんなら間違いなく言ってくると思うけど。


「こいつは身内の問題だ。なら身内で解決するのが筋ってもんだろ? それに仮にお前に手を貸してもらって死なせたとあっちゃ、俺は…………また後悔しちまう」


 その時、蓬一郎さんの表情は確かに後悔に満ちたような色を見せていた。


「後悔するの……嫌いっすか?」

「ったりめえだんべえ。好きな奴なんていんのか?」

「まあいないっすかね。俺だって嫌ですし」

「けど俺たちはどうしても間違っちまう。完璧な存在ってわけじゃねえしな。だからこそその間違いで後悔しないような選択をするしかねえんだ」

「選択……ですか」

「そうだ。自分で悩み考え、そして自分で選ぶ。それでも後悔しちまうことはあるが、その時は周りにいる連中が支えてくれる。幸いにも、俺は一人じゃねえみてえだしよ」


 少し照れ臭そうに鼻をすする蓬一郎さん。

 確かにさっき冷静でいられず、勢いだけで突っ走ろうとした彼を涼香さんが止めた。彼にはそんな信頼できる者たちがたくさんいるのだろう。


「…………お前にもいつか信頼できる仲間ができたらいいな、有野?」

「……え?」

「悪いけどな、お前が嘘つきってのは知ってる。……『スライム使い』じゃねえってこともな」

「!? ……何で……!?」

「お前、俺の力は知ってんだべえ? 相手に触れるだけで記憶にだって潜ることができるんだぜ?」

「記憶……っ!? ま、まさか……」


 思い出すのは腕相撲だ。

 あの時、何故いきなり腕相撲なのか分からなかった。そのあとに、俺の力が本当に一般人のソレか確かめるためだって言ってたが……。


「腕相撲の時、俺の記憶を?」

「ああ、覗かせてもらった。だからお前が何の目的でここに来たのかも、〝どういう力〟を持ってんのかも全部知ってる。はんっ、何が人探しだ。増山剛士はお前が通ってる学校の教師じゃねえか」


 こいつはまいった。知らなかったとはいえ、まさか俺のすべてを知られてしまったとは。


 思わず身構えると、ヒーロもまた俺を守ろうと敵意を露わにする。

 しかし蓬一郎さんは涼しい顔のままだ。


「そう警戒すんじゃねえ。別に何かしようなんて思わねえよ」

「え?」

「俺が確かめたかったのは、お前が俺らに害を成す人物かどうか、だ。けど潜って分かった。お前は――――――ただのヘタレだった」


 ガクッと思わずこけそうになった。


「だ、誰がヘタレっすか!?」

「ハハハ、ずいぶんといろんな女に良いように使われてるみてえじゃねえか。ん? このハーレム野郎が」

「なっ……どこがっすか? 使われてる時点で男として見られてねえし……」

「ま、そういうことにしといてやんよ。……お前は秘密主義者だし、頭だって回る。それに極めて危険なジョブも持ってる。……ウチの妹よりも厄介な、だ。反則過ぎだろ、誰にも気づけないスキルがあるなんてよぉ」

「それは……まあ確かに」


 俺だって明らかにチートだって思うけど。


「けど腕相撲のあと、めっちゃ脅された記憶があるんすけど……」


 知ってたらな何故脅迫されたんでしょうかね……?


「当然演技に決まってんだろが。まああの時止めた莱夢は本気だったみてえだけどな」


 そう考えれば本当に莱夢は良い子だ。あの子の純粋さを少しは見習ってもらいたい。

 とはいっても組織の頭として、きっと蓬一郎さんがやったことは正しいことなんだろうが。


「まあでもお前のこれまでの生き様を見て、俺らの敵にはならねえって判断した。つーかお前が敵を作りたくねえって性分だしな」

「だってその方が生存率は上がるでしょ? こんな世の中なんだし」

「確かにな。けど……お前の生き方はいつか破綻するぞ?」

「は、破綻……?」

「……信頼できない人間は、いつか……壊れちまう」

「何でそんなこと……」

「俺がそうだったかんな……」

「蓬一郎さんが?」


 こんなカリスマ性があって、皆に慕われている人が……。

 とてもではないが信じられない言葉だった。


「リーダー、全員の準備が整ったよ! いつでも行ける!」


 ホールの出口から、涼香さんの声が響いた。


「おう! 今すぐ行く!」


 蓬一郎さんが俺の脇を通り過ぎようとした時、ポンと俺の肩に手を置いた。


「いいもんだぜ。人を信頼し、信頼されるっつうのはよ。……じゃあな」


 それだけを言って、その場から去って行った。

 俺は触れられた肩を触る。ほんのりとまだ蓬一郎さんの温もりがそこにはあった。


「キュ~……」


 ヒーロが寂しそうな声音を出す。

 何故だか分からないが、俺は胸の奥にチクリと針で刺したような痛みを感じる。

 だが何も行動を起こさず、ただただしばらくその場に突っ立っていたのであった。




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