第65話 事件が勃発した件について

「――どういうことだ一体っ!」


 ホール内に蓬一郎さんの怒声が目一杯響き渡る。

 その周りに集っている彼の仲間たちもまた一様に動揺してしまっていた。

 ただ一人、オレだけはよく事情が飲み込めてなくて、まだ何が起きているのかハッキリとは分かっていない。


「健一! 何なんだよこの騒ぎ?」

「や、やあ六門……実はね、莱夢ちゃんがいなくなったらしくて」

「いない? 仕事に行ったんじゃねえのか?」

「う、うん。今日、彼女の仕事はなかったはずなんだ。それに……書き置きがあったらしくてね」

「書き置き?」

「うん、アレだよ」


 そうやって指を差した先にあるテーブルの上には、確かに一枚の紙が置かれている。

 握り潰したようにグチャグチャになっているが、きっと蓬一郎さんがしたことだろう。

 俺は「見せてもらいます」と言って紙を広げてみた。


「……! これは……マジかよ」


 そこに書かれていたのはこうだ。


『ウチだってもう一人で何でもできるってとこ見せるから! すぐに黒スーツの人たちから仲間たちを助けてみせるよ! だから安心して待ってて 莱夢』


 どうやら莱夢は、一人で救出作戦を実行しにいったようだ。


 おいおい、さすがに無茶だろそりゃ……。


 あの子がどれだけ優秀なのかは知らない。俺みたいにステルス能力がたとえ高かったとしても、一人で救出することなんてできるわけがない。

 敵だって黒スーツだけじゃない。モンスターもいるし、そいつらから助け出した仲間も守らないといけない。

 全員が無事に脱出できることが、この救出作戦の本懐なのだから。

 しかしこれらを一人で行うなんて無茶も甚だしい。


 ……ま、莱夢は子供だからな。


 彼女が何といっても、まだ肉体的にも精神的にも未熟な十歳未満のガキだ。それに問題なのは戦闘経験がほとんどないということだ。

 仲間内で模擬戦したり、一緒に小規模のダンジョンを攻略した経験はあるらしいが、今度の相手は人間でもあるし、何といっても大規模ダンジョンに潜入するのである。

 モンスターだってレベルが違うし、罠だって豊富でそれに……。


 あの巨人もいるとなりゃ、無謀を通り越して愚行そのものだぞ。


「くそっ! おいっ、今すぐあのバカを引き戻しに行くぞっ! 準備しやがれっ!」

「で、でもリーダー! これで警戒されちまったら、益々救出作戦の実行が難しくなっちまうよ!」

「分かってるっ! ……だからアイツが黒スーツと接触する前に止めなきゃなんねえんだよ!」


 焦ってる。無理もないか。肉親がもしかしたら殺されるかもしれないんだから。

 それに多分、コイツらにとっても莱夢は大事な人物なのだろう。

 全員が莱夢よりも十歳以上ばかりだ。彼らにとっちゃ、大切な仲間で大切な妹分みたいな存在なのかもしれない。


「そうだな。止めようぜ莱夢ちゃんをよ!」

「ああ。あの子を黒スーツになんか渡してたまるか!」

「よしっ! やってやろうぜ!」


 ……とやる気を出しているものの、果たしてこのまま感情のままに突っ走っても良いのだろうか。


 ちょっと冷静になった方が良いと思う。このまま勢いで行動しても、絶対に良い結果なんか得られない。

 ただ部外者の俺が何を言ったところで聞かないだろうし、元々言うつもりもないし……。だって絶対に余所者がってことになって、下手すりゃ敵意がこっちに向きかねない。


「……リーダー、ちょっといい?」


 そこへ女性が一人手を上げた。その人は、ヒーロの目を通して山で見た人物だ。

 他の二人には片桐ちゃんって呼ばれていた。

 本名は片桐涼香って言ったはず。サバサバ系の女性で、蓬一郎さんと同年代くらい……二十代前半ほどのスレンダー美女である。


「んだよ涼香?」

「莱夢は気配殺しの天才だよ? どうやって見つけるつもりなの?」

「それは……」

「加えてあの子は素早いし、天性の嗅覚まで持ってるから、アタシたちが近づいてきたら気配を察知して逃げると思うんだけど」


 うわぁ、何その暗殺者になるために生まれてきたような素質は。


 世が世なら世界最強の殺し屋として名を馳せていたかもしれない。


「くっ……だからそいつを何とかして見つけんだよっ!」

「ちょっと落ち着きなよ」

「これが落ち着いていられっかっ!」


 ――バチンッ!


 直後、周囲に痛いほどの沈黙が走った。 

 誰もが絶句して、原因である二人の様子を凝視している。


「っ……何しやがんだこのアマァッ!」

「アンタはアタシたちのリーダーでしょうがっ!」


 蓬一郎さんよりも大きな声に、思わず顔をしかめてしまいそうになる。


「アンタが無鉄砲だと、アタシたちは命が幾つあっても足りないじゃない! みんなアンタのこと信じて集まってくれてんでしょっ!」

「涼香……っ」

「本当に莱夢や仲間を助けたいんなら、こういう時こそ冷静になるべきでしょ? 違うの、蓬一郎!」


 全員が舞台演劇でも観ているかのように、静かに事の成り行きを見守っている。

 そして蓬一郎さんの表情から、スッと憑き物が取れたような雰囲気になった。


「…………悪い、涼香」

「いいわよ別に。アンタがカッとなった時、それを止めるのもアタシの役目だしね」


 どうやらこの二人……ただの仲間同士というわけじゃなさそうだ。


「……なあ健一、あの二人って……」

「え? ああ、涼香さんはリーダーの幼馴染らしいよ」


 なるほど。つまり片桐涼香だからこそ我を失いそうになった蓬一郎さんのストッパー役をこなせるというわけか。

 蓬一郎さんは大きく深呼吸を数度行うと、皆を見回して「すまねえ」と一言謝った。


「……それでも俺はやっぱり莱夢を……仲間を見捨てたくねえ。だから俺に力を貸してくれ」


 そう言いながら深々と頭を下げた。




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