第64話 幼女と語り合う件について
「……こんなとこにいたのか」
「…………ろっくん?」
まだ泣いていたのか、グスグスと鼻を鳴らし涙を拭る仕草を見せる。
「邪魔してもいいか?」
「……いいけど」
「じゃあお邪魔して……よっこらせっと」
「……何だかおじさんみたい」
「うるせ。まだ十代の若者様だっつうの」
「ふふ……」
ちょっとだけ頬を緩めて笑う莱夢。
「話は聞いたぞ。また無茶なことを言ったんだって?」
「! ろっくんもウチを子供扱いすんの!」
「そう怒るなって。別に子供扱いなんかしてねえだろ」
少なくともお前の前ではな。
「むぅ……」
そんな膨れる姿は紛うことなき子供だけどね。
「……そんなにみんなに認められたいのか?」
「だって……みんな頑張ってるし」
「健一に聞いたけど、お前だってみんなのために頑張ってるんだろ? 『紅天下』には無くてはならない人材だって言ってたぞ」
「…………でもいつだって戦場には出してくれないもん」
「そりゃ、アニキの立場としちゃ無理もねえだろ。妹が傷つくかもしれねえんだから」
「それは……そう、かもしれないけど……」
「まあ、気持ちは分かる。自分も蓬一郎さんと一緒に戦えるって言いたいんだろ?」
「うん。……その力だって持ってるし」
ずいぶんと自信家に育っているようだ。だからこそ危うさを蓬一郎さんは感じているのだろう。
「けどなぁ、身内ならともかく他人のためにどうしてそこまでできるんだ?」
「え? どういうこと?」
「今回の救出作戦だって、言ってみれば助けるのは他人だろ?」
「他人なんかじゃないよ! みんな大事な仲間だって!」
「大事な……ねぇ。裏切られるとか考えないわけ?」
「裏切る? ……そんなことしないよ絶対」
「絶対? 本当にそう言えるか?」
「! イチ兄ちゃんとおんなじこと言うんだね、ろっくんは。この世に絶対なんかないって」
「そんなもんねえよ」
「あるよ!」
「ねえ」
「あるっ!」
「…………純粋だな、お前さんは」
まあ、まだ八歳の子供だしな。
これ以上否定したところで効果はなさそうだ。
「何でろっくんはそんなこと言うん? もしかして誰かに裏切られたん?」
「! …………さあな」
「でも……でも、ウチらはみんな大切で、あったかくて、だから助けたくて……!」
また涙を目に浮かべ始めた。このままだと泣かれてしまう。
「ああ、悪かったよ。ちょっと大人げなかったな。すまん」
「…………いいもん、ウチだって大人だし許すから」
「はは……こりゃありがたいわな」
しかし子供故、なのか。少し人を信じ過ぎている気がする。
いや、逆か。俺が人を信じなさ過ぎるのかもしれないが……。
「ウチはね、ろっくんも信じてるんよ!」
「……まだ会ったばっかだってのにか? そういや俺が蓬一郎さんに詰め寄られた時も、そうやって庇ってくれたっけな。俺のこと何も知らないのに、ちょっと不用心過ぎやしねえか?」
「大丈夫だよ。だってろっくんは優しい人だし」
「おいおい、俺は別にお前に優しさを爆発させた記憶なんてないぞ」
「ん、だから女の勘ってやつ!」
「出たよ。何の根拠もないやつ」
「むぅ、女の勘をバカにしちゃいけないんよ!」
「あー悪い悪い。けど安易に人を信じるのも止めとけ。これは人生の先輩からの忠告だ。きっとテストに出るから覚えとけ」
「ぷっ、テストって、何かろっくんってば先生みたい!」
莱夢が笑いながらゴロンと仰向けになる。
「ウチな、こっから見える景色好きなんよ。星がい~っぱいあるから!」
確かに、街の明かりがほとんど消えているからか、余計に星が綺麗に映っている。
「……ありがとーね、ろっくん」
「は? 何が?」
「だってウチのこと追っかけてきてくれたんしょ?」
「……何となく夜風に当たりたかっただけだ」
「うわ、ツンデレだんべえ。似合わんよ?」
「うっせ、ツンデレじゃねえし」
「あはっ! ……でもね、やっぱろっくんは優しいよ。ウチね、見てたんよ」
「見てた? 何を?」
「ろっくんが怪我した子猫を手当てしてあげてたの」
「子猫……あ、マジか」
確かにそんなことがあったのを思い出した。そういやあのあとすぐにこの子と会ったんだっけ?
じゃあ何か。ずっと見られてたってことか。……ハッズゥ。
「だからろっくんは優しい」
幼女に褒められても嬉しくなんか……あれ? でも何だか頬がニヤけるな、何これ?
「い、いつまでも外にいたら風邪引くぞ。そろそろ戻ろう」
「うん! ほいっと!」
わお、二回展捻り着地お見事! って、そんなことできるんかい!? さすがは『暗殺者』ってことか。
「あ、そうだろっくん」
「ん?」
「ウチは、何を言われても信じるから!」
「…………」
「イチ兄ちゃんも、仲間も…………ろっくんも! そしてね、一度信じた人は信じ抜く!」
「…………そうかよ」
それがコイツの出した答えか。でもな莱夢、もしその信頼が裏切られた時は、キツイなんてもんじゃねえんだぞ。
「だからもしろっくんが困った時はウチが助けたげる! だってもうろっくんは友達だし!」
「友達……ね」
さすがに幼女とお友達になったら白と黒の車に乗ったお兄さんたちに捕まっちゃうよ……。
「だから……ね。もしウチが困った時は助けてくれたらうれしいなー!」
この子は絶対に男泣かせの女になる。いわゆる魔性の女ってやつだ。
だってこの歳でもうすでに男の気を引くあざとさを身につけてるんだから。
ああいや、別に俺がくらっときてるわけじゃないよ? 違うからね、うん。
「そういうのはいつか好きになる男にでも言ってやんな。つまり十年早え」
「ぶぅー! イジワルろっくんめー! いいもーん! ウチは一人でも強いしー!」
俺は不貞腐れながらトコトコと先を行く小さな背中を見ながら歩く。
願わくば、この子が俺と同じような思いをしないことを……。
柄にもなくそんなことを思い、俺は自分の寝床へと帰った。
しかし翌日のこと。
俺の耳にとんでもない情報が飛び込んできたのである。
それは――――――八凪莱夢が、一人で【榛名富士】へ向かったというものだった。
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