第68話 幼女が見透かされている件について

 きっと今、自分が無茶なことをしていることは分かっている。

 イチ兄ちゃんらに心配だってかけていることも。

 でも……それでもウチだって一緒に戦えることを証明したかった。

 だからイチ兄ちゃんに、救出作戦に参加させてほしいと願ったのである。


 しかしそれは断られた。

 まだ早い。子供だからダメだ。

 そんな理由でなんか納得できなかった。


 だってウチだって『持ち得る者』だし、『紅天下』の諜報役として立派に仕事をこなしてきたつもりだから。

 その結果にもイチ兄ちゃんらに褒められているし、つまりは認められているってことだ。

 だったらもうウチはイチ兄ちゃんの隣に立って戦えるくらい成長していると思う。


 それなのに認めてくれない。

 だからウチは、こうして一人で黒スーツの人たちに捕まってしまった仲間を救い出すべく、【榛名富士】を登ってきたのだ。


 そしてロープウェイ乗り場近くまで来た時に、奇妙な男が乗り場へ入って行くのを見た。

 ウチは自分の《隠形》――物音一つ立てずに素早く移動することができるスキルを用いて、乗り場へと接近したのである。


 そこには『紅天下』と『白世界』、それぞれの者たちが建物内に詰め込まれていた。

 またその近くには、黒スーツの男女二人と、先程見たシャツ姿の男がワイワイと何かを話していたのである。どうやら男を含めて三人がウチらの敵らしい。


 さすがにこの状況では、仲間を助け出すことはできない。

 隙をついて一人を倒しても、相手は三人だ。その能力だってほとんど不明。三人を撃退して、仲間たちを助けることは至難の業である。

 ここはしばらく様子を見て、一人ずつ無力化できるタイミングを図っていくしかない。


 そう決めて、今は我慢に徹しようとしたが、そこで不可思議な光景を見せられてしまう。

 それは捕縛されていた者たちが解放され、シャツ姿の男の背後に全員が立ったことだ。


 何でみんな逃げないの?


 しかしそこでみんなの表情が明らかにおかしいことに気づく。


 まさか……操られてる?


 恐らく何かのスキルなのだろうが、これでは益々助けるのが困難になった。

 もし操られた人を仕向けられたら最悪だ。こちらは手が出せない上に、向こうはやりたい放題できるのだから。


 ……でも早くしなきゃ。


 きっと今頃、イチ兄ちゃんらは書き置きを見てこっちに向かっているはず。

 そうなったらウチの計画が全部無駄になってしまう。

 これはみんなにウチの実力を見せつけるためのものだ。一人でも戦えるという姿を見せなければ、いつまでも子ども扱いのまま。

 だから焦ってしまう。時間をかければかけるほど心が急く。


「…………こうなったら今すぐにでも」


 そう思わず誰にも聞こえないほどの小声で呟いた時だ。


「OKOK~。あ、けどもう一つ報告があったよ」


 突然シャツ姿の男が、そんなことを口にし、続けて黒スーツの男が「何です?」と尋ねた。

 ――直後、ウチが隠れている物陰の方に、シャツ姿の視線が向く。


「どうやらネズミが隠れてるようだよ~」


 その瞬間にゾクッと凄まじい寒気が全身に走り、ほとんど無意識にその場からダッシュで駆け出していた。


 何で? 何でバレたん!? ちゃんとスキル使ってたのに!?


 頭の中は疑問で溢れていたが、とにかく今はどこかに隠れなければという本能が勝っていた。


 だが――。


「――あっ!?」


 何かに躓き転倒してしまった。

 特に小石や枯れ木などはなかった。まるで誰かに足を引っかけられた感じだったが。


「――おやおや、こ~んな小さい子だったなんてねぇ~」


 背後から聞こえた声に思わず身体が硬直する。

 ゆっくり振り返ってみると、シャツ姿の男が悠々と立っていた。


 そんなっ……追いつかれるなんて……っ!? い、今すぐ逃げなきゃ!


 その場からすぐに立ち上がって逃げようとしたが……。


「っ……か、身体が動かない……っ!?」


 立ち上がったはいいものの、まるで金縛りにあったかのように身動きができなかった。


「さぁて、おじさんの後をつけてきていたのが可愛い女の子だったのは嬉しいけどねぇ」


 どうやら最初からバレていたようだ。


「……何で? いつウチが尾行してたって気づいて……?」

「こう見えてもおじさんね、人の気配には敏感なんだよねぇ。何せ、ず~っとそういう世界に身を置いていたからさ~」


 そういう世界? どういう世界なんだろう?


 ウチには分からないが、何となく普通ではないことだけは理解できた。


「ウチに……何したん?」

「さあ……それを馬鹿正直に答えるほどおじさんもお人好しじゃないんだなぁこれが。あ、でもね、君の目的をすべて話してくれたら、いろいろ教えてあげちゃうかもなぁ」


 ……教えるわけがない。そんなことを言ってしまったら、仲間たちにも迷惑がかかってしまう。


「ふむふむ。その歳でずいぶんと胆力がある子だこと。けれど大体分かってるんだよね~。君、『白世界』か『紅天下』、どっちかのメンバーでしょう? 仲間を助けに来た、あるいはそのための準備として情報収集かな?」

「――っ!?」

「ああダメダメ。そんなふうに顔に出しちゃ、そうですって言ってるようなもんだよ~。能力はあっても、まだまだ経験不足の子供だね~」


 子供と言われてカチンときてしまう。


「ウチは子供じゃない! もう一人で何でもできるし、大人にだって負けない!」

「そう言っている間はまだまだ子供さ」

「くっ!」

「君のような幼子を一人でココに向かわせるようなことはしないはず。今の言動から、きっと君は仲間たちの反対を押して、無理矢理やって来たってとこかなぁ? そして仲間を救い出して、みんなに自分の強さを見せつける。そんな感じ?」


 まるで見透かされていた。何で初対面の人に、こうまで自分の考えを言い当てられるのか。

 ウチが未熟なのか、それともこの人が凄いのか。

 恐らくどっちも……なのだろう。それが非常に悔しさを覚えさせる。


「ん~……まだ自分が強いって思ってるのかなぁ? ……あ、じゃあこうしよっか」


 すると直後、身体の違和感が消え軽くなった。解放されたようだ。


「さあ、動けるようになったろ? ここにいるのはおじさん一人。捕まえれば仲間たちを救い出す手札になるかもよ~?」


 明らかな挑発。それは分かっていた。

 しかしこの人を捕縛できれば、あの黒スーツたちに対する切り札になるかもしれないのも事実だ。

 それに確実にこの人は、ウチのことを舐めてかかっている。その隙を突けば、後悔させてやれるかもしれない。

 ウチは腰に携えている警棒を取り出す。警棒の握り手にはスイッチがあり、それを軽く押す。


 ――バチバチバチバチッ!


「あらら、スタンガン? こいつは怖いねぇ~」


 大げさに両手を挙げて驚いたような仕草を見せる男。

 これはイチ兄ちゃんがウチのために用意してくれた《スタン棒》。厚手の毛皮のコートの上からでも十分に効果がある50万ボルトの威力を持つ。

 これで相手の動きを奪って拘束する。


「…………《迅速》」


 スキル《迅速》は、文字通りスピードを向上させる効果を持つ。ウチはこれを鍛え上げ、一瞬のウチに敵の背後をつくことができるようになった。


「わっ、消えた!?」


 そう、相手には消えたように見えるだろう。 


 そして気づかぬうちに背後に忍び寄り、このスタン棒で身動きを奪うのだ。

 油断している男の背後に一瞬で移動したウチは、スタン棒を相手の背中に向けて突きつける。

 だが触れるまであと一センチほどのところで、ピタリとスタン棒が止まった。


 な、何でっ!?


「ん? おわっ、もうそんなとにいたんだ、おじさんってばビックリ!?」


 わざとらしく振り向き、大きく退く男。


「くっ、まだ!」


 男を翻弄するように動き回り、隙を見てはスタン棒を突き出すが、何故かその度に彼に触れる瞬間で止まってしまう。

 まるで見えない壁にでも守られているかのように。


 男はというと、懐から取り出したタバコを美味しそうに吸っている。

 ウチは一旦動くのを止め、男の目の前に現れた。


「おや? もう終わりかい? 気が済んだってことかな~?」

「…………一体何してるん?」

「だからそれは企業秘密ってことで。あ、でもおじさんのことを好きになってくれるなら教えてあげてもいいかもなぁ」

「誰が仲間を傷つけるような人のことを!」

「あちゃあ~、振られちゃったかぁ。せっかく将来は美人になるのになぁ」

「絶対に仲間は助けてみせるっ!」


 今度はそのまま全力で突っ込み、その勢いのまま男に向かってスタン棒を振り下ろした。

 しかし直後、その場に立っていた男は一瞬のうちに姿が消え、攻撃は空振りに終わる。


「……やれやれ、弱い者いじめは趣味じゃないんだけどなぁ」


 頭上から声がしたのでバッと顔を上げると、そこには空中に逆さまになった男が浮かんでいた。


「何で浮いて……!?」


 その様子に驚愕していると、


「じゃあそろそろ飽きたし、ここらで終幕にしよっか」


 男の言葉と同時に突如首が締まって息苦しくなる。

 スタン棒を落としてしまい、両膝も地面につく。


 意識が…………薄らいでいく。


「もう眠りなさいな。良い子にしてると悪いようにはしないからさ」


 そんな男の言葉を聞きながら、ウチは瞼を閉じていく。


 ……ごめん…………イチ……兄ちゃ……ん…………。




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