第61話 幼女がとんでもないジョブの持ち主だった件について

「まあ実際に潜らせるのは精神力なんだけどさ。でもそれで《巨人病》にかかった人に潜って、巨人に会った時の記憶を消してるってわけ」

「凄いな蓬一郎さんは。そんなこともできたんだな」


 しかしそこで莱夢が、若干残念そうな表情を浮かべる。


「イチ兄ちゃんも、本当は記憶消したくないはずなんだけど、それしか方法がないからって言ってる……。まあ消せるっていっても、一部分だけって話みたいだけどさ」


 それに記憶消去は人体にも害があることだから、できることならあまり使いたくないらしい。

 つまり彼の力は記憶を消去することはできるが、都合の良いように改竄したりはできないようだ。

 もしできるなら洗脳だって人格破壊だって容易だし、考えなくとも恐ろしい能力である。


「けれど僕はそのお蔭で助かった。だからこうしてリーダーの力になりたくて一緒にいるんだ」

「…………家族とかには連絡してるのか? きっと心配してると思うけど」

「それは大丈夫。治ってすぐに会いに行ったから。母さん、喜んでくれたけどビックリもしてたよ。まさか僕を病院から連れ出したのが『紅天下』だったってことにさ」


 現状『紅天下』の評価は悪い。だから素直にそう名乗れないのだ。仮に治せるといっても、間違いなく信じてもらえないから。

 だから警察と名乗って、多少強引に被害者たちを連れ出す必要があった。

 病院には信頼できる者を根回しとして働かせているお蔭で、できる限り穏便に被害者を護送することができるという。


 なるほどな。あの警察もやっぱ『紅天下』だったってわけだ。


 道理で警察にしてはいろいろおかしな部分があると思った。しかしこれで納得することができた。


「じゃあ他にも《巨人病》にかかった人たちが『紅天下』にいたり?」

「うん、いるよー。どの人も全部兄ちゃんが治したけどね!」

「うんうん。ただ蓬一郎さんにはその度に無理させてるみたいで、さ。記憶消去って簡単にいうけど、かなり体力と気力を使うらしくて、一日に一人が限界みたいなんだよ」


 それだけの能力だ。当たり前の対価であろう。


「そうだ、けんくん! ろっくんにいろいろ教えてあげてくれる? ウチ、今からちょっと仕事があるからさ!」

「うん、分かったよ。仕事、気をつけてね」


 ヒーロを俺に渡すと、笑顔で手を振りながら去って行く莱夢。


「なあ伊勢?」

「健一でいいよ」

「そっか。じゃあ俺も六門で」

「OK。それで何?」

「今気をつけてって言ってたけど、何か危ないことでもしてるのか莱夢は?」

「あれ? 聞いてないの? 彼女も僕たちと同じ『持ち得る者』なんだよ」

「そ、そうなの? ……知らんかったわ」

「はは。彼女は『紅天下』には欠かせない人だからね」

「欠かせない? そんな重要な人材なんだ」

「当然だよ。何といっても彼女は――――最強の殺し屋だからね」



 ……………………今、何て言わはったん?



 あ、つい京都弁が出るくらいに混乱してしまったようだ。


「えと……こ、殺しのプロって聞こえたんだけど?」

「うん、そう言ったよ」


 う、う、うっそぉぉぉぉぉぉんっ!

 いやだって莱夢だよ? あの笑顔満点の元気印の幼女だよ? 

 それが殺し屋!? んなわけねえだろうがっ! あんな天使みたいな殺し屋がいてたまるかいっ!


「ど、どどどどどどどいうこと!? あんな幼女が殺し屋だなんてっ!?」

「あはは、幼女ってのはあの子の前じゃ言わない方が良いからね?」

「んなことどうでもいいから説明!」

「はいはい。えっと……まあ殺し屋っていっても、そういうジョブってだけなんだけど」

「そういうジョブ? ……! つまりジョブが『殺し屋』?」

「正確には『暗殺者』。彼女がその気になれば、どこにでも忍び込んで対象を暗殺することができるよ」

「マ、マジかよ……!」


 ここ最近で一番驚いたかもしれん。まさかあんな幼気な子が、そんな物騒なジョブ持ちだったとは……。


「とはいっても僕も実際に彼女が戦っているところを見たことはないけどね。ただ古参のメンバーなら、誰もが口を揃えて言うよ。『紅天下』で一番強いのは彼女だって」


 聞いたところ、莱夢は八歳でこれまでも多くの仲間たちを危機から救ってくれた英雄なのだという。

 実際模擬戦をした連中からの評価は、できるならもう二度と戦いたくないという最高の評価をされている。少なくても敵には絶対に回したくないということだ。


 ……そういやアイツが背後から声をかけてくるまで俺もヒーロだって気づかなかったんだよな。


 俺はともかく五感が鋭いヒーロが察知できていなかったこと自体が恐ろしい。

 もしかしたらそういうスキルを使っていたのかも。

 そう考えると見覚えがある。


 ――《ステルス》だ。


 彼女にもしそのスキルがあるとするなら、俺と同じ他の奴らにとっては最悪に近い『持ち得る者』になるだろう。

 しかも俺とは違い、恐らく攻撃力は高いはず。何せ『暗殺者』なのだから。

 あんな無垢な顔をして暗殺スキルを持っているとは、思わず身震いしてしまう。


「あーでも実際に殺しはやってないって話だよ。いくら強くても、暗殺なんてことを蓬一郎さんがやらせるわけないしね」


 なるほど。確かにあのシスコンならそんな酷いことはさせないだろう。まだあの子は子供なのだから。


「それでも諜報役とか情報収集役としてはすっごい優秀だから、その手の仕事が入ると真っ先に彼女が動くんだけども」


 実際に彼女の仕事のお蔭もあって、『白世界』の横暴にも気づけたとのこと。健一も彼女の尽力あって救われたことから、まだ幼いあの子だが心の底から尊敬しているらしい。


 俺……とんでもない子に捕まってしまったのかもしれない。


 何度も言うが、どうして俺の周りの女の子は、どの子も常軌を逸している子ばかりなんだろうか。

 もっとまともというか、普通の美少女に出会いたいんだけど……。

 ただこの情報は得ておいて良かった。仮に莱夢が《ステルス》使いなら、どこで俺を見張っているか分からない。

 俺のことを悪い人じゃないと言っているようだが、それも油断させて俺の正体を探るつもりということも考えられる。


 ……さすがに考え過ぎか?

 だとしてもココにいる間は、余計なことは言わない方だ良いっぽいな。


「さて、しばらく世話になるってことは、ここでの仕事を覚えてもらう必要があるよね。今から教えるけど大丈夫?」


 働かざる者、食うべからず。

 置いてもらうだけでは忍びないので、何でもいいから手伝うと自分で言った。

 掃除や洗濯くらいなら別に苦じゃないから。

 それから健一に、アジトでの仕事を教えてもらい、その間にいろいろ『紅天下』や群馬、巨人についての情報収集を行っていった。



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