第60話 紅天下という組織の件について

 数日間、世話になることになった俺は、寝泊りできる部屋があるということで、莱夢に案内してもらうことに。


「ごめんなろっくん、ちょっと強引だった?」

「あーいやいや、そんなことねえよ。助かった面もあるし」


 強引には違いないけどな。でもまあ思ったより悪い連中ってわけじゃなさそうだから良かった。


「けどもっとこう、過激な人たちって印象があったんだよなぁ」

「ウチらのこと?」

「まあ、な。俺が聞いた話じゃ、一般人を巻き込んでまで『白世界』と争ってたってことだったから」

「それは違うから!」

「え……あ、ごめん」

「! こっちこそいきなり大声出してごめんな」


 急に詰め寄ってきたからビックリした。良いニオイがしたので全然良かったけども。


「……でもさ、ろっくんには誤解してほしくないんよ」

「えっと……どういうこと?」

「確かにウチらは『白世界』と対立してる。でも、ウチらは関係ない人を巻き込んだりしたくない!」


 彼女が言うには、いつも決まって戦を吹っかけてくるのは向こうらしい。

 『紅天下』は、治安維持や安全確保のために街を見回る警邏隊として蓬一郎さんが組織したのだという。


 最初はモンスターを討伐したり、状況に浮かれて暴れるような連中から市民を守る組織としてありがたく思われていた。

 蓬一郎さんは、中学の頃から喧嘩に明け暮れていて、腕っぷしが強く不良たちの憧れだったらしい。


 そんな蓬一郎さんのライバル的存在が『白世界』を率いていた富樫。

 富樫が蓬一郎さんのやることに反発して、自らも『コミュニティ』を立ち上げ、事あるごとに『紅天下』に絡んできたのだ。


 奇襲、闇討ち、騙し討ちなんでもありで、そこに一般人がいようと『紅天下』の連中がいれば戦いを始める。

 当然蓬一郎さんたちも負けるわけにはいかず戦いに応じ、結果的に一般人たちが巻き込まれたりすることが多いのだ。


「ウチらは好き好んで戦ってるわけじゃないから……」


 だが二つの集団が好き勝手に暴れているとされ、そのせいで傷つく人が増えたことから、どっちも悪党だと今は認識されている。


「へぇ、つまり『紅天下』は正義の組織だってことか」

「そんな大層なもんじゃないってイチ兄ちゃんは言うけど、ウチは立派と思うんよ」


 それなのに今じゃ蔑まれているから、莱夢としては納得できないらしい。

 何でも蓬一郎さん曰く、誰に何を言われようが関係ないと、ただ自分のやりたいことをやるだけと称し行動している。


 そんな蓬一郎さんの強さに惹かれ、どんどん『コミュニティ』に入る者も出てくるが、ついに蓬一郎さんが『白世界』を潰すことを決め、あの戦を起こしたという。

 何でも富樫が脅迫や恫喝などを駆使し、次々と部下を増やしては捨て駒のように扱ってきたとのこと。

 特に『持ち得る者』が手に入れば、すぐさま【榛名富士】へと向かわせていた。


「【榛名富士】? あの有名な山か……」

「うん。今あそこはダンジョンになっててね。ただ……いろいろ問題があるとこでもあってさ。山の頂上付近にね、巨人が出るらしいんだ」

「噂では聞いたことあるよ。何でもそのダンジョンから逃げ帰ってきた奴らは、こぞって精神がおかしくなったって」

「……そう。ウチらは《巨人病》って言ってるんだけどね。だからイチ兄ちゃんは、無暗に誰もあそこに近づかないように、仲間たちに毎日見回りに行かせてるんだけどね」


 なるほど。あの時遭遇した三人は、情報収集も兼ねて本来の目的は、健一のような無謀なチャレンジをする奴らを止めるためだったのか。


「でもね、富樫くんは仲間を無理矢理【榛名富士】に向かわせてんの。そのせいで……たくさんの人が変になっちゃって。つい最近も、何人かを山の頂上に向かわせて情報収集を強制したようで……」


 つい最近……? もしかして健一たちのことだろうか?


「それでとうとう兄ちゃんがキレちゃってさ。このままだと被害者が増える一方ってことで、『白世界』に対し決戦を挑んだってわけ」


 あの戦はそういう理由のもとに行われたのか。

 そういやあの場には一般人らしき者はいなかった。きっと事前に蓬一郎さんが、危険勧告でもして離れさせたのだろう。


「……まあ確かに『白世界』の暴挙を許すと、どんどん被害者が増えていくだろうしなぁ。いまだに病院暮らししてる奴らも多いらしいし」

「あ、でもね! イチ兄ちゃんのお蔭もあって大分減ってはきてるんよ!」

「へ?」

「この前だって、《巨人病》にかかった一人を元通りにしてあげてたし!」

「ふぅん、元通りねぇ………って、はあ? い、今元通りって言った?」

「うん! 今じゃすっかり元気になってココで働いてるよ? あ、ココだよココ。今話してた人がいる部屋は。紹介するね!」


 そう言って彼女は一つの扉の前に立ってノックをすると、中から返事があったので、「入るよー、けんくん!」と朗らかに言いながら扉を開く。

 そこにいたのは、俺が思わず目を見張ってしまう人物だった。


「やぁ、莱夢ちゃん。どうしたの? 何か仕事?」


 その人物は、モップを持って床掃除をしていた。


「ううん。これから少しの間、一緒に過ごすお仲間ができたから紹介しに来たの!」


 ……嘘だろ。何でコイツがココに……!?


 爽やかな笑顔を見せながら、その人物は俺たちに近づいてきた。


「そっか。新入りってことかな? 俺は健一っていうんだ、よろしくな!」


 そう、あの伊勢健一だったのである。

 しかし何故彼がここに? 彼は警察に連れて行かれたはずだ。


「……? どうかしたのかな?」

「え? あ、悪い悪い。えと、俺は有野六門だ。よろしく」


 慌てて差し出されている手を握り返した。


「うん、改めて伊勢健一だ。歓迎するよ」


 彼の表情は一切の曇りがなく晴れ晴れとしている。

 俺が病室で見た、あの巨人に怯え切った陰鬱さの欠片もない。


「あのねけんくん、ろっくんはね、君と同じ『持ち得る者』で、『スライム使い』なんよ。ほらこの子!」


 いまだに抱きしめているヒーロを見せつける莱夢。どうやらかなり気に入った様子。


「へぇ、同じかぁ。何でスライムっぽいのがいるんだろって思ってたけどなるほど~。『スライム使い』って聞いたことない珍しいジョブだな。あ、僕は『剣闘士』ってありふれたジョブなんだよ」

「そ、そうなのか。でも『剣闘士』って響きがカッコ良くていいじゃねえか」

「そう言ってくれるのは嬉しいな。ありがとう」


 本当に以前とは見比べるのがおこがましいほどの違いだ。こんな爽やかボーイだったとは……。


「実はねけんくん、ちょうど《巨人病》について話してたところなんよ」

「……そっか。けどごめん。その時のことをほとんど覚えてなくてさ」

「? どういうことなんだ? 覚えてない?」


 健一が申し訳なさそうに苦笑を見せる。


「あの病にかかったら、そう簡単に治せるものじゃないらしくてね。それでも僕は、蓬一郎さんにこうして元に戻してもらうことができた。……原因である恐怖の記憶を取り除いてね」

「記憶を取り除く……?」


 とんでもないことを聞かされた。思わず目を丸くして聞き返してしまったし。


「イチ兄ちゃんのジョブはね『潜水士』っていうんだけど」


 それは知っている。どこにでも潜れる力を備えているらしいが。


「地面とか壁とかはもちろん、その気になったら人体にも潜れるんだよ! すっごいでしょー!」


 え、マジかよ……! あ、いや、そういえば富樫と戦っていた時、蓬一郎さんはこんなこと言ってたっけ?



『今度はてめえ自身に潜って内臓をグチャグチャにしてやんよ!』



 あれは比喩とかじゃなくて、本当に人体に潜れるってことだったのか。

 だとするととんでもない能力だ。触れられただけでアウトじゃねえか。




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