第59話 スパイ容疑が晴れた件について
俺はヤナギの顔を見て言うと、莱夢以外の者たちの警戒度が高まる。
もしかしたら本当に彼らと対立する『白世界』のスパイって思ったのかもしれない。
「この群馬に来たのは昨日で、その時に二つの集団が争っているのを見ました!」
「! ……続けろ」
「はい。その前にこの群馬には二つの『コミュニティ』が衝突してるって話を聞いて、争っている集団がそうだって判断しました。集団の先頭に立ってたのは、大柄な男と……あなたでした」
「…………」
「俺がここにやって来たのは人を探しに来ただけ。俺はその……臆病だし面倒ごとに巻き込まれるのは嫌です。でもこのクラブに来て出会ったのはあなたでした。余所者だし、きっと『持ち得る者』だってことを知られると何かされるんじゃないかと思いまして……」
「だから一般人で通そうって考えたのか?」
俺はコクリと力なく頷きながら「すみませんでした」と言う。
…………よくもまあ、次々とらしい言い訳が飛び出すとは、必死になった時の俺はすげえな。
ただ丸っきり嘘というわけじゃない。こういう場合は、真実を含めて話を作ることで妙なリアリティを生んでくれる。
まあ今回の場合は真実がほとんどではあるが。
違うのはここに来た目的だけ。さすがに大規模ダンジョンの下見とは言えない。俺が攻略に前向きだということを知られたくないからだ。
「……てめえ、ジョブは何だ?」
「えっと……『スライム使い』っす」
さすがに馬鹿正直に『回避術師』とは教えない。
「スライム? スライムってあのスライムか?」
「はぁ……出て来ていいよ、ヒーロ」
許可を出すと、俺の服の中からミョヌ~ンと細長い物体が外に出て、テーブルの上でいつもの姿になるヒーロ。
「おわっ!? マジでスライム!?」
「しかも赤い? 初めて見るやつだんべえ」
「うわぁ、ウネウネグニグニしとるし……!」
それぞれヤナギの仲間たちの反応は違う。当然警戒を示す者たちもいるが、ヤナギに関しては鋭い目でヒーロを見ているだけ。
そして莱夢はというと……。
「あはは、何なん、マジでスライムだんべえ! ちょっと可愛いかもぉ!」
と喜色満面に笑いながら、無防備にヒーロを抱っこする。
「お、お嬢! 危険っすよ! そいつモンスターなんすから!」
「えぇー、こんなに可愛いし大丈夫大丈夫―!」
可愛い=安全という考えはどうかと思うが、一方的に邪険にされるよりは良い。
「……なるほどな。確かに『持ち得る者』なのは事実みてえだ。それに余所者なのもマジみてえだしなぁ」
「リーダー、コイツが余所者なのかどうかなんて分からねえんじゃ……」
「いや、コイツは完全な標準語を喋ってんよ。群馬鈍りが一切ねえ。富樫の奴は余所者を嫌う。群馬出身じゃねえ奴を懐に入れようとはしねえ」
だから『白世界』の息のかかった奴ではないとヤナギは言った。
「だから言ったっしょ! ろっくんは悪い人じゃないって! それにほらぁ、この子も可愛いし!」
「それは関係ねえべ。……おいてめえ、そういや名前を聞いてなかったな」
「あ、えと……有野六門っていいます」
「そっか。じゃあ有野、俺のことは蓬一郎さんとでも呼べ。コイツがいるから八凪じゃ被るかんな」
「わ、分かりました、ほ、蓬一郎さん」
若干蓬一郎さんの雰囲気が柔らかくなったので、どうやら危険な峠は越せたようだ。
「そんで? 有野はここに誰か探しに来たって話だが?」
俺は莱夢にも教えた嘘の理由を伝えた。
「…………名前は?」
「はい?」
「その探してる奴の名前だよ」
「増山剛士っす」
悪いな先生。名前借りたぜ。
「増山……聞かねえべな。おいお前ら、誰か知ってるか?」
しかし蓬一郎さんの言葉に、全員が首を傾げる。
「その増山って奴はどこに住んでんだ?」
「えっと、実はもうずいぶんと連絡を取れてなくて。連絡を取ってた時期は、三年くらい前で」
「よくそんな薄い繋がりで、探しに来ようって思ったな」
「実はその人、教師をしてまして。中学の時に世話になったんす。その人、実家が群馬にあるって言ってたんで、もしかしたらって思って探しに来たんですよね」
……そういう設定で良いかな先生。
「先生が住んでる家にも行ってみたんすけどいなくて。だから群馬に戻ったのかもって」
「なるほどな。確かに世界がこんなことになっちまって、実家の家族を心配し戻ってきたって可能性は高いか。だが少なくとも俺らは知らねえ」
「そう……ですか」
「だ、大丈夫だよろっくん! きっとその先生も無事だから!」
「うん、ありがとな莱夢」
けれど向日葵のような笑顔を向けてくるのは止めて。心が痛むから。
「にしても『スライム使い』なんてジョブもあるんだな。まあ実際にスライムを使役してるし、嘘じゃねえみてえだけどな」
本当にヒーロがいてくれて良かった。これからは初対面で『持ち得る者』として紹介しないといけない場合は、このジョブを押し通そう。
「ま、弱そうなジョブだけどな」
「もうイチ兄ちゃん、失礼だかんね!」
「ちっ……ところでコイツが無理矢理引っ張ってきたみてえだし、スパイの容疑も晴れた。だから言っとくわ。すまんかったな」
「あ、いえいえ! 疑いが晴れたならそれで十分だし、増山先生のことも聞けたので」
「力にはなれなかったけどな。もしかして群馬を虱潰しに探し回るつもりか?」
「いえ、増山先生は結構タフな人ですし、多分……元気でいてくれてると信じます」
「なら地元に帰るんだな? 一応聞くが、俺たちの仲間になるつもりはねえか?」
ここで勧誘とは……。弱そうとか言っといてどういうことだろうか。
「あーさっきも言ったように俺って荒事とか苦手なんすよ。だから力にはなれないっす」
「……そっか」
特に残念がっている様子はない。断られること前提に聞いたようだ。
しかし話に聞くより、ずいぶんまともな人物である。
関係ない一般人をも巻き込んで戦なんかするような連中だから、てっきり過激なバカばかりが集まっていると思っていたが。
「でもリーダー、今後どうするんですか? あの謎の黒スーツの奴のせいで、こっちの戦力だって大分削られちまったし」
その時、仲間の一人が困り顔でそう言った。
彼が話しているのは、きっとあの戦での乱入者のことだ。もしかしたら何か情報が得られるかもしれないので……。
「黒スーツって……あの銃を乱射してた人ですか?」
「……そっか。お前もあの戦場にいたんだっけな。そうだ……奴のせいでせっかくの決戦が台無しになっちまったな。まあそのお蔭で『白世界』の頭も倒されたし、奴らもこれで瓦解しただろうからメリットもあったが」
「群馬には他に『コミュニティ』があったんですね」
「いいや、あんな連中は初めて見る。群馬の奴じゃねえな」
ということはコイツらにも、あの黒スーツのことは分からないということか。
ただ群馬の人間じゃない奴が、〝任務〟と称してまであそこに現れたということは、他の県でも同じことが行われている可能性が出てきた。
だとしたら【才羽市】でも……?
こんな時にスマホが使えないのは痛い。ネットがあれば、すぐに調べることができるというのに。
「そういえばネットとか通じなくなったんすけど、何か知りませんか?」
「そだね、ウチらもビックリしたよ。テレビも昨日しなくなったしさ」
莱夢からの情報で、俺たちが当たり前のように使用していた文明の利器がたくさん使えなくなったことを知る。
聞けば電気も利用できないところが増えているとのこと。まだガスは生きているらしいが。
「有野、今日群馬を出る予定なら気をつけろよ。まだ近くに黒スーツがいるかもしれねえかんなぁ」
「お気遣いありがとうっす。でも俺には強い味方いるから大丈夫ですよ!」
そう言うと、任せろと言わんばかりに莱夢の腕の中にいるヒーロが胸を張る(張ったように見えるが正しい)。
「う~ん、けど外にはまだ『白世界』の残党もウロウロしてるだろうし、黒スーツの件もあって、今出歩くのは止めた方が良いかも……」
そんな不安を煽るようなことは言わないで莱夢さん。
「ねえイチ兄ちゃん、しばらくの間、ろっくんを置いてあげたらどうかな?」
……はい?
「コイツをか? ううむ……」
「ダメ……なん?」
「い、いや別にダメってわけじゃないけどな……」
やっぱり妹には弱いようで、このままだと数日をここで過ごすことになってしまいそうだ。
「あ、あの俺大丈夫ですから。逃げ足だけは早いですし」
そもそもそれしか取り柄はないけども。
「……分かった。有野、しばらくアジトでゆっくり過ごすことを許可してやる」
「え? あ、いえいえ! そんなご迷惑になるっすから!」
「あぁ? せっかく俺の妹が気遣ってんのに台無しにすんのか?」
「ありがたく受け取らせて頂きます。どうぞ若輩者ですが、しばらく御厄介になります」
「おう、分かりゃいいんだよ。けど妹に手を出したら殺すからな?」
マジで俺の周りの連中には、強引な奴しかいないのか! 親切も度が過ぎればただの迷惑なんだぞ! それと俺はロリコンじゃねえよ!
そんなことを大声で言えたらなぁと思いながら、結局世話になることになったのであった。
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