第62話 兄妹喧嘩を見た件について
ひょんなことから『紅天下』のアジトにて世話になることになった日の夜。
催したこともあって、共同で使っているトイレで用を足して、その帰りの道中を歩いているその時だ。
どこからか人の話し声が聞こえたので、ふらりと足を伸ばして確認しにいった。
そこは一つの部屋で、扉が僅かながら開いていて光が漏れ出ている。
こんな時間に誰だ?
そう思い、扉の隙間から中を覗いてみた。
「――だから何度も言ってんべぇ、それはダメだっつってな!」
その声は蓬一郎さんのものだった。
どうやらこの部屋は蓬一郎さんが使っている私室のようだ。
しかし彼だけでなく、彼の目前には小さな女の子が立っていた。
――莱夢だ。
兄妹喧嘩でもおっ始めたんだろうか。
「でもウチだって仲間だし! あの作戦に参加する資格は十分にあるよ!」
……作戦?
気になるワードが聞こえたが、息を潜めながら続きを聞く。
「……ハッキリ言って、俺はいまだにお前がここにいることを認めてるわけじゃねえかんな」
「何でそう言うこと言うんさ! イチ兄ちゃんはウチのこと嫌いなん!?」
「言ったろうが。俺がやってることは危険がつきものだってな。お前はまだ八歳のガキなんだぞ?」
「いつまでも子ども扱いしんといてよ! ウチだってイチ兄ちゃんと同じ『持ち得る者』だし、戦うことだってできるもん!」
「……それが嫌だっつってんだろ……」
「ん? 何さブツブツ言って! ハッキリ言ったらいいべ!」
何やらよく分からない言い合いだが、蓬一郎さんは『紅天下』の仲間として莱夢を認めてないってことか?
まああんな戦をするような場面もあるんだ。幼い妹がその危険に見舞われるかもしれないとあっちゃ、兄として近づけさせたくないって気持ちは分かる。
「はぁ……確かにお前は『持ち得る者』で、その能力だって強え。けど何べんも言うがな、お前はまだガキなんよ! 特に今回の作戦は今までで一番危険度が高え。お前を参加させるわけにはいかねえ」
「大丈夫だよ! 今までもちゃんと上手くやってきたし、今度だって絶対に――」
「この世に絶対なんかねえよ!」
「っ……イチ兄ちゃん……」
「お前も知ってんべえ。絶対傍にいるっていった奴がどうなったんかをな」
「父ちゃんと母ちゃんの悪口は止めてぇやっ! イチ兄ちゃんのバカァッ!」
「あ、おい待て――」
蓬一郎さんの制止に聞く耳を持たず、勢いよく扉を開け放ち莱夢は走り去っていった。
咄嗟に壁にへばりついた俺は、莱夢には見つからなかったが……。
運悪く外まで蓬一郎さんが追いかけてきた。そこで当然、
「……!? ……何でここにいんだ有野?」
「あはは、すみません。トイレから帰ってる最中だったんすけど」
「話し声がしたから覗きにきたってか?」
「……すみませんでした」
だから睨みつけるのは止めてください!
「……ったく、みっともねえとこ見られちまったな。しかも余所者によぉ」
ガシガシとバツが悪そうに頭をかく蓬一郎さんが、どこか子供っぽくて親しみやすさを覚えた。
「…………莱夢、泣いてましたよ?」
「っ! …………んなもん知ってるわ」
「子供に向かって子供だろって言うのは悪手だと思うっす」
「んだよ、俺に説教でもしようってか?」
「いやいや、俺ってこう見えて美女美少女、それに子供の味方っすから」
特に将来性の高い可愛い幼女なら、問答無用に手を差し伸べてもいいくらいには思ってる。そしていつか大人になったらデートくらいしてほしい。
大人の色気を纏った莱夢か…………いいな。今のうちに唾でもつけておいて……。
「言っとくけどな、アイツに手ぇ出したら内臓をグチャグチャにしてやっからな?」
そんなグロテスクな死に方は嫌だっ!
「だ、出しませんて! 俺はロリコンじゃないっすから!」
「……お前だってアイツのこと子供扱いっていうか、さらに酷い言い方してんじゃねえか」
「本人に聞こえてなきゃセーフでしょ、この場合」
「…………お前、良い性格してるって言われんべ?」
「ふふふ、そんな褒めないでくださいよ。まあ自覚はありますけども?」
「褒めてねえよ」
あら残念。けど俺は俺のこと超好きだし、もし俺が女なら俺みたいな男と付き合って……いや、冷静に考えてみりゃこんなめんどくさい男はノーサンキューだったわ。
「それより盗み聞きしちゃってホントにすみません」
「……どこから聞いていた?」
「俺が聞いたのは莱夢が、あの作戦に参加する資格があるって言ってたあたりっすね。作戦って何なんすか? そんなに危険なんすか?」
「質問ばっかしてくんじゃねえよ。分かってんのか? お前は俺らの同志じゃねえんだべ?」
「あーですね。ちょっと調子に乗っちゃいました、すみません」
ちっ、やっぱダメだったか。何か情報が得られると思ったのによぉ。
「……まあでも、莱夢はお前に懐いてるかんな。どうせお前にも話しやがるだろうし、別にいいぜ教えてやっても」
「えっと……聞いたら引き返せないほどヤバイことなら、俺はこのまま寝床に戻りたいんすけど?」
よくよく考えれば、そういう可能性だってあるんだから、ここは素直に引き下がった方が良いかもしれない。
「まあそう逃げんなよ。ほら、入ってこい」
腕を掴まれ、強制的に部屋の中へと連れられてしまった。
中にある座椅子に座らされ、結局話を聞くことに。
「お前よ、先日の戦を見てたんべえ?」
「戦? ああ……『白世界』との?」
「そうだ。その時に現れた黒スーツのことも知ってるって言ってたよな?」
「はぁ……」
あれはとんでもない連中だった。一体どこの勢力の者たちなのか。
「実はな、その黒スーツに俺らの仲間が何人か連れ去られちまったんだよ」
思い出すのは、黒スーツの男だ。たった一人で大勢の連中を宙に浮かせて運んでいった。
「俺らは仲間を見捨てねえ。奪われたんならぜってー取り戻す」
「! まさかそれが……仲間の救出が作戦ってことっすか?」
「そういうことだ。けどお前も見てたなら分かると思うけどな、あの黒スーツはとんでもねえ」
「確かに……まさか街中で銃を乱発するなんて正気の沙汰じゃないっすよね」
「おう。けどここ数日、調査した結果だが仲間は殺されたわけじゃなくて、生きて拉致されていったことが分かった」
「……! もしかしてその調査って莱夢が?」
「あ? ……お前、アイツのジョブや仕事について聞いたのか?」
「健一に少し」
「ったくアイツめ、余計なことをベラベラと……まあいい。そうだな、莱夢の情報収集力のお蔭で俺らは戦っていけてる。だからアイツには感謝してっけどよぉ」
「戦場には出したくない、と」
「救出作戦はアイツが思ってるより難しい任務だ。どうやら黒スーツはあの銃撃女だけじゃねえみてえだしな。それに奴らが潜伏している場所も一筋縄じゃいかねえんだよ」
どうしようか。その潜伏先とやらを聞きたいが、これ以上突っ込めば益々引き返せなくなりそうだ。
よし、ここは聞かずにあとで自力で確かめるといった方法を――。
「その場所ってのが【榛名富士】でな」
って、言っちゃうのかよぉぉぉぉっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます