第5話 メイドは怖い件について

「なるほどね。……ちなみにそのジョブ……だっけ? 職業だよな? 四奈川は何なんだ?」

「ここに書かれているのは『回復術師』ですね」


 こりゃまた、響きが俺と似ていて紛らわしいな。


「へぇ、結構良いジョブなんじゃねえかな」

「そうなんですか?」

「いわゆるヒーラーってのは、チームには必ず必要とされる存在なんだ。回復ができるチームとできないチームじゃ生存率が大幅に違ってくるしな」

「なるほど、勉強になります!」


 おお、純粋だな。何とも教え甲斐があるわ。


「だからどのチームにも重宝される要の存在だ。だがその分、背負うものも大きい」

「そ、そうなんですか?」

「回復役が倒れたら、一体誰が仲間を回復させるんだ?」

「あ……」

「だから回復役ってのは誰よりも倒れることは許されない。ならどんな能力を持てばいいか、自ずと見えてくるんじゃねえか?」

「…………防御系ですか?」

「ん、正解。でもそれだけじゃダメだ。たとえ防御力だけを特化させても、仲間を支援できなきゃ意味がない。だってそうだろ。肝心な時にスキルが使えませんでしたじゃ話にならん」

「そう……ですね。スキルを使う時に、この気力? っていうのが消費されるらしいですし、もしその時になって気力が足りませんでしたでは、確かに生き残っていてもダメかもです」


 別にダメじゃないが……な。だが苦しいのは確かだ。

 回復術師ってのは後方支援役だ。戦闘職と比べると明らかに攻撃力は劣る。

 仲間が倒されるような相手に、一人で戦っても勝ち目は薄い。


 支援系のジョブは、仲間がいなければ何もできないが、逆に仲間さえいれば無類の強さと心強さを発揮するのだ。

 後ろに回復役がいることで、仲間も安心して無茶なこともできるしな。


「では私が取るべきスキルは、気力を向上させたり、防御を上げることができるものが好ましいということですか?」

「飲み込みが良いな。さすがは学校でもトップクラスの成績の持ち主だ」

「そ、そんな……ほ、褒めても何も出ませんよ?」


 そう言いながらも嬉しそうにはにかんでいる。やっぱりカワイイ。このままお持ち帰り……っ!?


 またも殺気が俺を射抜いてくる。


 ああもう! 何なのあのメイド! このままじゃ冥土に送られちゃう!


「ではさっそく………………うぅ~」

「ど、どうしたんだいきなり涙目になって?」

「有野さぁぁぁん…………絞ってもまだたくさんあって、どれを取っていいのか分かりませんよぉぉ~」

「…………はいはい。なら一緒に考えてやるから、候補を言ってみな」


 どうやら最後まで面倒を見ないといけないようだ。

 俺は彼女から取得するべき候補スキルを教えてもらい、3ポイントだけあるスキルポイントで、どれを取ればいいかを伝えてやった。

 一応言葉で聞いたことを反映すると、四奈川のステータスはこうなる。



 四奈川 心乃   レベル:1   EXP:0%   スキルポイント:0


体力:12/12   気力:13/13

 攻撃:E   防御:E+

 特攻:E   特防:D

 敏捷:E+  運 :A


ジョブ:回復術師:Ⅰ  コアポイント:0%

スキル:ヒールⅠ・ガードアップⅠ・気力回復率UPⅠ


称号:聖女見習い



 こんな感じである。

 あまりツッコムところはないが、強いて言うなら運の良さが羨ましいというくらいか。 


 宝くじとかバンバン当てたりできるんじゃねえのこれ。


 それと称号もまた面白い。

 聖女とは、確かに四奈川はそれっぽい雰囲気を持っている。まだ見習いではあるが。


「わぁ、ありがとうございます! やっぱり有野さんを頼って良かったです!」

「お、おう、そうか」


 あまりこんな真正直に礼を言われることなんてそう無いので、眩しい笑顔を見せる彼女に少し気圧されてしまった。


「そ、それじゃもう用はないみたいだし、俺はこの辺で……」

「え? どこか行かれるんですか?」

「ん? まあ冒険、かな」


 当然冗談めいて言ったのだが……。


「な、なら私も連れていってください!」

「……は?」

「私、ゲームはしませんが、こういうファンタジーな世界を主軸とした小説は結構読んだりするんです! それでもし叶うなら、こんな冒険をしてみたいなぁって思ってました!」


 ヤ、ヤバイ、冗談が裏目に出た。


「い、いやその……ほら、冒険ってのは信頼できる奴らでやるものだし」

「? 私は有野さんのこと信頼してますよ?」


 当然じゃないですかっていう感じで小首を傾げてくる。


 えぇー、どこまで純粋なのこの子ぉぉぉっ!


 俺は下心満載だったし、いろいろ教えたのも彼女の情報を得られるかもと思ったからだ。


 なのにそんな……そんな無邪気な瞳を向けてこないでぇぇぇっ!


 物凄い罪悪感が俺を責め立ててくる。

 何せ俺はステータスを持っていないとも言ってるしなぁ。


「あ、でも有野さんはステータスを持っていないんですよね? それでしたらやっぱりお一人で冒険は危険です! でも安心してください! 私が有野さんを守りますから!」


 心が痛ぇぇぇぇぇぇっ!


 実はそこそこ自分の身を守れる術はあるし、レベルもあなたよりも高いんですが。

 今更そんなこと言えずに、一体どうすればいいのか困っていると……。


「――――――お嬢様」


 そこへいつの間に近づいてきたのか、さっきから俺を射殺さんばかりに睨みつけてきていたメイドが、四奈川の背後に立っていた。


「え? あら、乙女さん!」

「旦那様から連絡を受けて今さっき到着しました。ご無事で何よりです」


 嘘吐け。さっきからずっと見守っていたくせに。

 と、そんなことを思ったらまた睨まれましたよ。


 黒髪のショート。前髪ぱっつんの切れ長の目が特徴的な美少女だ。歳は俺たちとそう変わらない。少し上くらいだろうか。無感情に見える表情が冷たい印象を与えてくる。

 しかしこの人、メイド服を着ているので注目を浴びてしまっていることに気が付いているのだろうか。


「ところでお嬢様、そちらの方は?」

「あ、紹介しますね! こちらはクラスメイトの有野六門さんです」


 おお、下の名前までちゃんと覚えてくれてるとはポイントが高い。


「有野六門……ふっ、変な名前ですね」


 聞こえたぞ、ほっとけ。俺だってそう思ってんだしよ。


「有野さん、この人は私の専属メイドをしてくれている葉牧はまき乙女さんです!」

「葉牧乙女です。どうぞよろしくお願いします」

「あ、こちらこ――」


 言葉の途中でグイッと顔を寄せてきたメイドさん。

 一瞬良い匂いがしてくらっとしたが……。


「一つ忠告しておきますが、お嬢様に手を出したら殺すからな?」


 別に意味でくらっとした。あれ、貧血かな?


 すぐに顔を離した葉牧さんは、冷笑を浮かべて握手を求めてくる。

 断ることもできずに手を握り返すが、万力のような力で締め付けられた。


 ああ、このメイド……逆らったらアカンやつやぁ。

 いや、見つけた時からそう思ってたけどさ。


「わぁ、もう仲良くできてるなんて、嬉しいです!」


 お嬢様はお嬢様でトチ狂った見解をしてるしな。


「あ、じゃ、じゃあ俺はそろそろこのへんで……」


 こんな危ないメイドからはできる限り遠ざかりたいオレは、すぐさま距離を取ろうとするが、ガシッと腕を掴まれてしまう。


「もう! 一人で冒険はダメですよ! 危険です!」

「い、いや……だからその……」

「お嬢様、そのゴミム……有野様にも事情がおありでは?」


 今ゴミ虫って言いそうになってたよね!? ずいぶんと毒舌じゃないかメイドさぁぁん!


「で、ですが…………ダメ、ですか?」


 うっ……そんな捨てられた子犬みたいな目で見てこないで! 

 しかも俺の袖をキュッと掴むなんて、そんな技一体誰が仕込んだっていうんだ!


「私、有野さんと一緒に冒険してみたい……です」

「はぐぅっ!?」


 な、何てこった……コイツ、男心をくすぐってきやがる……!


 しかもどうやら天然でやってそうなのがタチが悪い。

 きっと今までもこの接し方で勘違いさせてきた連中なんて山ほどいたことだろう。

 それのすべてが無残なヤギとなって彼女の歩いてきた道に横たわっているのだ。


 分かるぞー男ども! これは破壊力があり過ぎるからな!


 だが俺は並みの男じゃない。自己分析なら誰にも負けないつもりだ。

 その結果、たとえ勘違いさせられるような行為を受けても、決して勘違いなんてしないのである。

 何せ俺がモテないなんてハナっから分かってるから。


「――あっ、猫が百匹で大名行列を作ってるっ!」

「えっ、猫さんですか! どこですかぁ!」

「え、あ、お嬢様?」

「んー? あれぇ? どこにも猫さんいませんよ? 乙女さん、分かります?」

「いえ、恐らく冗談かと」

「えーもう! 有野さんっ……って、あれ? 有野さんは?」

「はい? ……いない」


 二人はキョロキョロと俺を探している。

 まさかあんな古典的なやり方に引っかかってくれるとは、さすがは純粋少女。

 メイドの方も、そんな四奈川に呆れた感じで視線を切ってくれたのはありがたかった。


 すぐに《ステルス》を発動させて、その場から距離を取り傍にあった植木の後ろに隠れたってわけだ。

 二人はまだ俺を探している。特にメイドの方は、怪訝な表情で。恐らく俺を見失うとは思っていなかったのかもしれない。何か隠密に長けたような人だったしな。



 あまり注目していると、スキル発動中でもバレそうな予感がしたので、俺はそのまま公園を後にしたのだった。





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