第9話

「そうですの……たくさんの家族でも不便あるんですのね」

 崩れ落ちた京子の隣ではみかこが感慨深げにうなづいていた。何度もはなの家で様子を見て知っているはずなのだが、何度見ても人のことは忘れてしまうのかもしれない。

「そうだよ。お風呂だって簡単に入れないし、弟たち汗だくのまま服脱ぎっぱなしにするし、お母さん店いそがしかったら洗濯もあたしがやらなくちゃいけないし、そのうえ店の手伝いだってやらされるんだから!」

 と、家の不便さを続けて言っていたはなだったが、別段それが嫌というわけでもなく不便と感じているわけでもないのに、なぜこんなに家のことを悪く言わなくちゃいけないんだろうかと不思議に思ってきた。しかしようやく家族の絆幻想に対して顔を曇らせることが出来てきたのでやめるわけにはいかない。そのまま言い続けた。

「だからね、京子ちゃんみたいに家で一生懸命勉強に打ち込むことが出来るのは幸せなことだし、まりのちゃんみたいにおしゃれに気を配ることが出来るのも恵まれてることなんだからね。うちだったら誰かが邪魔してそんなこと出来ないよ!」

 言われた二人はしゅんとしてしまう。ちょっとかわいそうな気もはなにはしたのだが、なぜか言い返すことのできた満足感で満たされもした。

「そうね……ごめんなさい。はなが大変な思いをしていたなんて気づかなかったわ。絆を強くするためには個人を犠牲にすることもあるのね」

「うん……わたしたち自分のしたいこと出来てたからわからなかったね」

 しんみりと言う。矛先が緩んでくれたようではなはほっとした。

「でも……その不便さ、ちょっとうらやましいですわ」

「え?」

 みかこの言葉に耳を疑う。

「だって、わたくし不便なんてしたことありませんもの……きっとその不便さやわずらわしさの中に充実感があるんですのね」

「そ、そうかな……」

 納得してくれていないのかと警戒する。そんなはなの様子にみかこは気づくこともない。

「だってはなさん、いつもとても楽しそうにご家族のことを話されるんですもの。でも今のように本当は不便なところもあるんだとすれば、そうしたところからはなさんの満たされた様子が現れてくるように感じますわ」

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