第3話

「うえぇ、で、でも、京子ちゃん成績いいじゃない。べ、べつに塾での成績まで気にしなくても……」

「なに言ってるの! 国公立なんて気を抜いたら落ちるのよ。盤石の態勢をしいておかないとだめじゃない!」

 目が燃えていた。一直線に向けられたまりのはそらすことが難しかった。目を泳がせて助けを求めたが、はなはかりんとうに夢中でみかこは他人事でしかなかった。

「いい、この世知がない世の中、今よりもいい生活をしようと思ったら生半可な努力じゃ無理なの。人の何倍も努力して、ようやく豊かさというものを享受できるのよ」

「そうかな。あたしは今でも楽しいけど」

 ぽりぽりと器用に前歯だけでかじってはなが言う。

「そりゃ今はね。けど将来どうなるかわからないわ」

「将来は八百屋さんになるからいいもんね」

 京子の視線がはなへと向いた。はずされたまりのがほっと息をつく。しかしはなは平気でぽりぽりかじったままだった。

「はなの家だって弟が多いじゃない。家の八百屋だって弟が継ぐかもしれないでしょ」

「そんなことさせないよ。あたしが勝つもん」

 自信たっぷりだった。

「そんなことないわよ。もし弟が優秀ではなよりもうまく八百屋を経営できるとなると、はないらなくなっちゃうじゃない」

「そしたらうち継がないで、ちがうことしてると思うよ、うちの弟たちも。八百屋よりその方がいいもん」

「ぐ……」

 言われて思い当たる京子である。いわば自分はそのために努力しているのであって、結果家業を継ぐのであればこんな苦労は放棄してしまうかもしれない。

「それに、そしたらあたしも弟たちと協力して八百屋やっていけばいいもんね。なにも弟が八百屋やったからっていって、お姉ちゃんが手伝ったらよくないこともないでしょ?」

「うぅ……」

 家族経営のもつある種の安定性を前に、雇われ人人生しかモデルに持ちえない京子は叩きのめされてしまった。さっきまでやりこめられていたまりのはそれを見てちょっとだけ喜んだが、ばれないようすぐしかめっ面にした。

「そんなに気にされることはありませんわ。きっと京子さんはどこへいっても活躍できるビジネスパーソンになりますわよ」

 雇う方としての余裕をみかこの言葉に感じながら、また京子は沈んでいくのだった。

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