小学生と中二病(その1)

「はぁ……はぁ……」


 俺は腹を押さえながら、目の前のセメコを追いかけた。

 死にそうだ……。

 まっすぐ歩くことができない。


「タツ……ヒコ」

「なんだ……セメコ?」


 セメコも、俺の前をフラフラと歩いている。


「あそこにキノコがあるよ」


 セメコは指を震わせながら、地面に生えた紫色のキノコを指差した。


「……ダメだ。派手なヤツはキノコも人間も危ないのばっかりなんだぞ」


「じゃあ、あのキノコは? あれはふつうだよ」

「……ダメだ。ふつうのヤツのほうが、じつは危なかったりするんだよ」

「じゃあ、キノコ食べれないじゃん」

「そういうことになるな」


 俺がそう言うと「ぐぎゅるるるる!」と腹がなった。


 盗賊たちと別れてどれくらい経っただろうか。

 あのときは昼くらいだったのに、今は日が暮れようとしている。

 

「まだ、つかないのか? セメコのアジト(ひとり)とやらには……」


 みなみに今日は、なにも食べてない。

 もう、空腹のまま歩くのも限界。


「……もうちょっと」

「それ、十回は言ってるぞ」


 こいつが「アジトはすぐ近くだから」とかいうから歩いた結果がこれである。

 セメコの脳みそはチンパンジーレベルだと思っておこう。

 ドラゴンになって適当に街にでも飛んだほうがまだマシだった。

 今は、腹が減って変身する集中力なんてないけど。

 頭の中は、い物のことでいっぱいだ。

 考えないようにしていると、余計に考えてしまう。

 たこ焼き。ラーメン。焼きそば。お好み焼き!

 だあー、やめろーおれええええええええ!


「見えた! タツヒコ!」


 その声で正気に戻る。

 だが、次の瞬間固まった。


「あの……ボロい小屋か?」

「ボロくないよ」


 目の前に見えるのは、細い木と布で造られた小屋だった。

 本気を出せば五秒で壊せそうな見た目。


「もう一度、確認する。本当にか?」

「うん」

「見間違いってことは……」

「ないっ! もー、文句あるの!」


 セメコが俺に向かってほえると「ぐぎゅるるる」と腹が反応した。


 文句はある。

 文句はあるが、それ以上に腹が減っていた。


「とりあえずメシが食えたらどうでもいいや」


 とにかく、やっとこの飢えを凌げる。

 俺は、アジトの入り口にかかっている布をめくる。

 そこには、希望に満ちた明るい未来が――

 

「うぇっ!」


 ……ひとりの女の子と目が合う。

 だっ、だれだ。セメコの妹か?

 茶髪のポニーテール。

 小さい身体に不釣り合いな、金属鎧。

 足元には大剣……それも、バカみたいにデカい。

 女の子は、剣士のようなで立ちをしていた。

 名付けるなら、ロリコン剣士!

 うむ、いい響きだ。

 女の子は、セメコと違って育ちのよさそうな顔をしている。

 セメコには、まったく似ていない。


「あっ!」


 女の子の手には、かじりかけのリンゴが見えた。


「――ああああああああ!」


 セメコの叫び声に耳を塞ぐ。


「誰よあんた!」

「あっ、えと、あきやま……ラキ、です……その、あの……えっと」


 女の子、ラキはぷるぷると震えた。


「って、全部食べられてる!」

「ひいっ!」

「――なにっ!」


 その言葉に驚きの声が漏れる。


「メッ、メシは? 今晩のメシは?」


 泣きそうな声でセメコに尋ねた。


「パンも野菜もリンゴも全部食べられてる!」

「うそ、だろ……」


 俺は、その場で泣き崩れた。


「タツヒコ……しっかりして! 泣かないで!」

「ごっ、ごめんなさい!」


 もう、ムリだ。

 体力的にも精神的にも限界だ。


「電車に轢かれた次は、餓死か……ははは、ははははははは」


 俺は布でできた天井を見上げた。


「タツヒコが壊れた! しっかりして!」 

「もういやだあー! 日本に帰りたいいいいい!」


 俺はセメコの肩にもたれかかり、泣きついた。


「ちょっと、タツヒコ。落ち着いて。ねえ、しっかりしてよ」


 ガバッ。


「――ふにゃっ!」


 すると、リンゴを食べていたラキもセメコの背中にしがみつく、


「私も日本に帰りたいいいいいいい!」


 ラキもセメコに泣きついた。

 

 ――!? この子もまさか転生?

 まだ、十歳くらいだろうか。

 そんな子が命を落として、異世界でひとりぼっちだなんて……。

 そう思うと、胸が痛くなる。

 メシを食われたことは腹が立つ。

 だが、こんなにかわいそうな子を誰が責められようか。

 そんな奴がいたら鬼かなにかだ! 

 鬼畜野郎と呼んでやる!


「ひいいいいい! ふえたあー!」

 

 オンボロ小屋の中で泣き叫ぶ若者たちの姿が、そこにはあった。


「ちよっと! 離れて! タツヒコはいいけど、お前はダメ!」


 セメコはラキにおいうちをかけた。


「この鬼畜野郎! こんな小さな子が泣いてるのに!」


 俺が怒鳴るとセメコの目に涙が浮かぶ。


「だってえ! 私のパンがああああ!」


 今度はセメコが泣き崩れた。


「ううううううう」

「ごっ、ごめんなさい……食べ物を見たら我慢できなくて、その……」


 セメコの姿をの当たりにして、ラキは泣きながら頭を下げた。

 

「ふんっ! 謝ってもパンは返ってこないのよ!」

「きちくやろおおおおお!」

「なによー! タツヒコはこいつの味方なの!?」

「こんな小さな子にそんな言い方するな」

「……ロリコン」


 セメコはボソッと毒を吐いた。


「……? ロリコンってなんですか?」


 ラキは首をかしげながら、純粋な瞳を俺に向ける。


「なんだろうねー。食べ物かなー。あははははは」


「ぐるるるるるるるっ」

「ん?」


 ラキの腹がなる。


「ううう……」


 ラキは、恥ずかしそうにうつむいた。

 おそらく、俺と一緒で勝手に転生したあげく、メシを食うアテがなかったんだろう。

 たぶんこっち来て、初めての食事だったんだ。

 パンとリンゴと野菜だけじゃりないと腹が訴えている。

 そして、それは俺もセメコも同じだ……。


「よし! 決めた!」


 俺の声にふたりが反応する。


「なっ、なにをですか……?」

 

「今から食料を取りに行こう!」


「「「ぐるるるるるるるっ」」」


 三人の腹が賛成! と、いわんばかりにないた。

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