86:勇者の過去(7)乙女ゲームの攻略対象者

ここから8話ほど少し勇者・光輝の過去話回が始まります。

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「この1か月で勇者様の素晴らしい実力が分かりました。・・・・そろそろ本番の練習のために、1人暗殺してほしいのですが、いかがでしょうか?」


召喚された国<ルナリア帝国>の帝王である<イグナシオ・ルナリア3世>は、王城の玉座の間で金色の髪をなびかせながながら、目の前の男に投げかけた。


その言葉を投げかけられたオレ、仲河光輝なかがわこうきは・・・戸惑いながらも承諾した。


これはオレが迷宮都市、三ヶ月以上前の出来事

もちろんこの時のオレは、本当に暗殺するつもりなんかなかった。


暗殺対象に指名された<フレデリック・フランシス>。

乙女ゲームに名前だけ登場していた彼に接触することで、この世界の何かしらの情報が得られるのではないかと踏んだだけである。


<ルナリア帝国>にはオレの能力の大部分を明かしていない。

この時点では<隷属の腕輪>の正体も知らなかったから、いざとなったら<転移魔法>で逃げればいいと思っていたのだ。



「この国の影・・・まぁいわゆる暗殺などを得意とする兵・・・その中でも選りすぐりの男もつけますしね」



帝王・<イグナシオ・ルナリア3世>は、その言葉をすぐに実行した。


王座の謁見の間から、帝王に呼ばれた瞬間、黒い影が躍り出る。

黒衣に黒い覆面をつけたその男は、口元の布をとり、オレに顔をさらす。



「彼は、ルナリア帝国・第9兵団・3番部隊隊長のチェスター・バシュラール。<フレデリック・フランシス>暗殺命令の遂行に関しては、彼の言葉に従ってください」



帝王<ルナリア3世>の言葉の直後、オレの腕輪から微弱な静電気が発生し、胸を駆け抜ける。

その感触に様々な思考が駆け巡る・・・・が・・・いまは表情を崩さず、好青年を演じることに徹した。


目の前の人物は、瑠璃色に白髪というこの世界に来てから初めてみる色合いだった。



(レイ皇国にフレデリック・フランシス・・・・そして、チェスター・バシュラール)



この玉座の間に来てから、聞いた名称。これらすべてが、理奈のお姉さんから聞いていた乙女ゲーム『皇国のファジーランド』に出てきたものだった。


乙女ゲーム「皇国のファジーランド」攻略キャラクター:

チェスター・バシュラール。


ルナリア帝国バシュラール侯爵家当主。バシュラール侯爵家は、代々直系の血統に、自在に姿を変えることのできる固有魔法を持つ。その固有魔法の有用性から代々、ルナリア帝国の影・第9兵団・3番部隊隊長を務める。


チェスターは皇帝や団員の前以外では、その魔法で別人に扮することが多く、乙女ゲームでもその姿で聖女である主人公に接触していた。


いままで自分の生い立ちや任務に疑問を持つことなく、優秀な影として国に仕えていたチェスター。

彼は、スパイ活動中に出逢った聖女のひたむきさに心を打たれ、国を裏切る。



(攻略対象者か・・・。やっぱり、ここは乙女ゲームに類似した世界・・・もしくは、乙女ゲームが始まる前の世界なのか・・・・・・?)


光輝こうきです。よろしくお願いします!」



好青年の仮面をかぶったオレに、チェスターはガラス玉のように感情の見えない瞳を無表情に瞬かせながら、頷き返す。

彼は何事にも関心がないのに、物事の本質をとらえることが得意なキャラクターだった。

その乙女ゲームそのままの性格を体現しているかのような彼の仕草に戦慄が止まらない。



(乙女ゲームには、勇者を謳う人物は出てきていなかった・・・ここが乙女ゲームが始まる前の世界だとしたら・・・・・始まる前にオレは死んでしまうということなのか?)



考えても分からないそんな疑問に思考が支配される。

こめかみに一度手を置き、息を吐きだす。



チェスターは帝王に一言二言言い、一礼するとオレについてくるようにジェスチャーを送る。彼に倣って、帝王であるイグナシオに一礼した後、全く足音を立てずに歩く彼の後ろをついていく。


王城内にある通常の鍛練場を通り過ぎ、奥まった森の中に足を踏み入れた。


そこまで来てやっとチェスターは、オレのほうを振り返る。


好青年の仮面をかぶったままのオレが、言葉を言う前に彼の魔法が発動した。



「光よ 宙を踊れ ジェミニオ」


(・・・・固有魔法っっ)



光が集まり、チェスターを包み込む。そうしてまばゆい光がチェスターの身体にすべて吸収されると・・・・・・


俺の目の前には、攻略対象者らしい美形の青年ではなく、平凡な顔つきをした<茶色い髪の中年男>が立っていた。

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