87:勇者の過去(8)チェスター・バシュラールという男

「チェスター・・・さん?」


「ついてこい」



疑問の声を上げるオレに、<茶色い髪の中年男>は、その髪より少し淡いヘーゼルブラウンの眼を細めて、乱暴に言い放った。

白髪に瑠璃色という珍しい色合いを持つチェスターとは思えない、平凡な男が・・・・・・。



(いやいや、普通に説明しないで、<ついてこい>はないだろう・・・。

オレは乙女ゲームの設定を知っているから、この茶髪男が魔法で化けたチェスター本人だって分かるが、急に現れた別人についていく奴なんていないだろうが・・・・!)



だが、ここにいるチェスターが乙女ゲームそのままの性質だったら、そんな文句を言っても仕方がない。


彼はこと戦闘技術や魔法に関して、自分が知っているであろうことは、みんな知っているモノだと認識しているのだから。


影の一族に囲まれて育ち、そして今なおその中で暮らしているせいで、任務に必要なモノ以外の常識が極端に欠落している・・・それがチェスターという男なのだ。


いつの間にか、こめかみに右手を置いていたのにオレは気づき、そっとその手をはずす。


爽やかな青年らしい笑顔を浮かべ、返事をしようとして、それを取りやめる。


彼・<チェスター>が、乙女ゲームそのままの性質であるとした場合、それは悪手だからだ。


<チェスター>自身は基本的に、オレという男の性格にさして興味は抱いていない。

だが、今回の「フレデリック・フランシス暗殺」という任務に不適格な性格だったら、その性格を任務開始までに徹底的に矯正しようとするだろう。


具体的にはオレが<爽やかな青年風の性格>だと判断したら、徹底的に殺人への忌避感をなくすため、「大量の殺人」を強要する。


そういう男なのだ。


確かに任務の最中に、「人を殺す・子供を殺す」ということに一瞬でも忌避感を覚えられれば、それは隙となり、任務に支障をきたすから、理にかなってはいるのだが・・・・・・。



(そんなことはしたくはない・・・)



地面をトンと蹴り、加速する。


多少、手加減をしても<サムド>の能力を引き継いだオレの能力はすさまじいのだろう。コンマ一秒も満たない時間でチェスターに肉薄。


先ほどから表情を一切変えなかったチェスターが、一瞬だけその目の瞳孔を見開くのが分かった。


そんな彼に「にやり」と笑いかけて・・・・・・・


その髪を掴み、一気に頭ごとチェスターを持ち上げた。


<チェスター・バシュラール>は190cmを超える長身痩躯な体型だが、いまは<茶色い平凡な男>。オレより若干背が低い。


左手で軽々髪を掴み、自身を持ち上げるオレをチェスターは目を細めて、無表情ながらも思案気な様子で観察している。

オレの突然の行動を見極めようとしているのだろう。


オレはニタニタとイヤらしくなるように注意しながら笑いかけ、そんな男の顔に向け・・・・・・


一気にツバを吐き捨てた。

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