84:貴族令息のマナー

林の中に依然たたずむベルタに視線を戻す。

彼女は彼が消えても平然としていた。音を遮断する魔道具(なにか)はあの茶髪男が持っていたのだろう。

彼女の透き通ったような可愛らしい声が、私のいるこの場所まで聞こえてきた。



「んんん~!本当、何なのかしら、あの男・・・・・・・!せっかく固有魔法で猫ちゃんたちの集会を覗き見してたのに・・・・・!!いっつも邪魔をするんだから・・・!」



あの茶髪男にどうやらとてももなく、怒っているようだ。

そして「いっつも」という言葉から考えると、あの茶髪男とベルタは元々の知り合いらしい。


ベルタの声音からは茶髪男と会う予定ではなかったことがうかがえる。偶然、ここで会ったのかもしれない。


私は、どう動くべきか・・・・・・・・そんなこと、考えるまでもない。


いま私は兄・<フレデリック・フランシス>なのである。肩をすくめ、鞘から手を離す。


まだ近くにいるかもしれない男を警戒しつつ、公爵家子息家教育で習ったとおり、口元に笑みを浮かべながら、ベルタに近づいた。


枝をかき分ける音を、わざとがさがさと響かせる。



「ベルタ、こんな林の奥で冒険者でもない女性が一人は危ないよ?マクシムがいる湖の方まで送ろう」



レイ皇国の貴族はレディーファーストが基本。兄・フレデリック扮している私もそれに則る。何より依頼人を安全に20階層まで送り届けるのが、私のいまの冒険者として受けている依頼なのだ。


ベルタと男の様子から、彼女が狙われることはあまりなさそうだが、万が一もある。


茶髪男から襲撃を受けてもベルタを守れるように警戒しながら、また湖の方に戻る・・・・・・それが最善だろう。


公爵子息家教育で習ったのは・・・・・足元が悪い状況では、男性が手を差し出してエスコートするということ。基本に沿い、手のひらを上に向けてベルタに手を差しだした。


ベルタは、「んん~?あら、あなたもここにいたの・・・!」と少し驚くも、私の手を取ってくれた。


握りすぎないように注意しながら、エスコートしていないほうの手で、目の前の草をかき分ける。

私一人なら顔に草があたろうが、枝が当たろうが気にせず歩くが、ベルタがいるのでそうはいかないのである。


湖に戻る道中、私はあの茶髪男とベルタの関係を聞こうかと何度か試みた。

が・・・・・・失敗した。なぜなら・・・・・・



「今日は、ずっと魔法を使って、昨日路地裏にいた茶虎の猫ちゃんを見ていたの・・・その子がね・・・・・」



ずっと彼女も今日、腕の中で移動していたせいだろう。

喋り足りないのか、ベルタが猫の話を私に語り掛けているのである。


女性の話を遮るのは、野暮である。そう公爵家子息教育でも習った。それに、こういうのは苦じゃない。前世の姉のおかげで、こういったとりとめのない話を<スルー>するのは、慣れている。


とりあえず、ほほ笑みをたたえたまま、彼女の話を聞くふりをする。



(まぁ・・・いいか。ベルタと知り合いということは<マクシム>とも知り合いかもしれない。彼に後で聞こう)



ベルタとマクシムは一緒に住んでいる・・・聞いてはいないが、恋人なのだろう。彼なら知っている可能性が高い。

ベルタとマクシムの関係を思うと胸がかすかに痛む気がした・・・・・だが、一息つけば、まだ気にならない程度の痛みである。


マクシムは<光輝>じゃない。・・・・・・だから、冷静でいさえすれば、容易にこの感情に蓋は閉められる・・・はずだ。


ベルタの歩く速度に合わせ、ゆっくり歩くこと20分ほど。

急に視界が開け、この<休憩部屋>の中心地、マクシムがいた湖の近くまでたどり着いた。



「あ“ぁ?お前には関係ねぇだろうが・・・・!」


「はははっ何をいってるんだ?・・・オレにだって・・・・口出す権利はあると思う・・・!!」



だが、そこでは何故か・・・・アルフレッドとマクシムが・・・・口論をしながら戦っていた。

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