83:いるはずのない男

『フレア・ボム』



VRMMOのアクションゲームで前世の私がよく使用していた、太陽のような灼熱地獄を対象にもたらす魔法。



『・・・っっ!がぁぁぁぁああああ!!!』



その魔法を受けて、男が大きな叫び声をあげ・・・そのまま煙となって蒸発した・・・・

その光景は・・・約2ヶ月経ったいまでも・・・・・・・たまに思い出す。


前世、日本人の<理奈>も・・・・そして、模範的なレイ皇国の貴族令嬢として育った<レティシア・フランシス>も、その瞬間まで人を殺したことなどなかった・・・。


だけど、私は・・・いや、貴族令嬢のレティシアも・・・・大切な存在を守るために・・・・・人を自分の手で殺めるという選択を「」とした。


結果、この魔法で、<どこにでもいそうな茶髪の中年男>・・・・この彼を殺めたが・・・・・・心に深く傷は残ったとしても、そのことに全く後悔はしていない。そう断言できる。


だから・・・・・・いま私の瞳に映り、林の中でベルタと話す茶髪男。

その姿は・・・・・私の脳が彼が生きていることを期待して生んだ・・・・・幻の存在なんてことはありえない。


私は、目の前の光景が信じられず、一度目を見開いた後、咄嗟に近くの木の陰に隠れる。

そして隠れると同時に・・・・・常時展開している気配遮断がうまく機能しているのを確認した。



(迷宮でも気配遮断の方は問題なさそうだな・・・)



ほっと息を吐き、隠れた木々の隙間から、ベルタと茶髪男を観察する。



(・・・・・・何度観察しても、あの男にしか見えないんだけど・・・・・)



服装はもちろん違う。いまはあの時と同じような街中にいそうな服ではなく、オーソドックスな冒険者服を身にまとっている。


だけど、「どこにでもいそうな凡庸な人物」。そういう人物はいるようで・・・・あまりいない。

あの時と感じた男の印象・・・・普通よりさらに凡庸すぎる・・・・・雰囲気が・・・・どう考えても同一人物であると断定している気がしてならない。


「なぜ?」「どうして?」という疑問が頭に思い浮かぶ・・・・・・・一度肩をすくめて、冷静にいろいろな可能性を考える。



(見間違えの可能性は・・・・・・・ないかな?)



例えば、本当に他人の空似の可能性や、双子の可能性。

・・・・・・・なにせ<光輝>にまったくそっくりな<マクシム>という存在がこの世界にはいるのだから。


だが、ある可能性にも気づき、思わず私はトラウザースの右ポケットに手を入れた。


そこには鈍い銀色の指輪があった。


この指輪は、茶髪男があの場に唯一、残したもの・・・・・・『フレア・ボム』を受けてもなお、蒸発しなかった・・・・・魔法無効化の指輪型の魔道具だ。


・・・・誰にも言っていなかったが、現場にあったそれを私は・・・・・持って帰っていた。


最初に持ち帰ったのは、何となくだった。

その場に置いておいて・・・・<覆面の男>がもし持って帰り、また悪用されてはたまらないと思ったのもある。


でも、いまも持ち歩いているのは、なんとなくなんかじゃない。



(この魔道具。よくやっていたVRMMOのアクションゲーム。それに出てきたアイテムに似ているんだよなぁ・・・・)



そんな風に思って、前世の理奈の意識がちょっと懐かしく思い、持ち歩いていた・・・・・・のである。記憶をさかのぼると、この指輪の魔道具は<覆面の男>いわく、『レイ皇国にはない魔道具』だと言っていた・・・・はずだ。


つまりは・・・・私やジン・兄も知らない魔道具がこの世界には、存在しているということ。


その知らない魔道具の中に・・・・・たとえば、VRMMOのアクションゲームに出てきた<即死状態を一度だけ身代わりになってくれる魔道具>なんかがあったとしたら・・・・・・・・・・。



(茶髪男が生きていたとしても、不思議はない・・・・な?)



そう思考を飛ばしながらも二人を注意深く観察する。

だけど、彼らの声はまったく聞こえない。彼らとは30Mほどしか離れていないにも関わらず・・・・・。

口元は動いているから、喋っている筈なのに・・・・。


これも何らかの魔道具で音を遮断しているのかもしれない。音を遮断する魔道具は・・・確か公爵家にもあった。



(茶髪男は笑顔を浮かべながら、ベルタに話しかけているな・・・・・・。ベルタは・・・・茶髪男を・・・・・怒っているような?)



1分も満たない時間だったかもしれない。

茶髪男が怒鳴っているように見えるベルタをたしなめるように、軽く眉根を寄せた。そして・・次の瞬間、茶髪男は掻き消えたように消えた。


いや・・・・・・・そう見えただけ・・・・・だろう。


目の前の彼がもしあの茶髪男と同一人物・・・・だとしたら、彼の気配遮断の技術はかなり高かった。


なにせ初めて会ったときの彼の気配遮断はあの<ジン>に尾行を気づかれないほどの精度。私のゲームキャラクター<剣聖>のときに使用していた気配察知で、やっとわかったほどだっただから。


いま私は、迷宮にいるせいで、半径3Mほどしか気配察知をできない。だからそう見えただけで・・・・・・・・実際は気配を遮断しただけで近くにいると考えるべきだろう・・・・。


ここは林の中。草木が縦横無尽に伸び、視界は悪い。気配察知に頼れないいま、私は視線を上下左右くまなく動かす。


右手はいつでも抜けるように、腰に下げた剣に触れている。



(・・・・もし同じ人物だとしたら、以前、攻撃した私を・・・・・・狙ってくるかもしれない。気づかれたか・・・・?)



しかし、しばらく経っても・・・・・・・・茶髪男からの攻撃はこなかった。

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