74:フレデリックの憂鬱

(レティが出かけてしまった・・・・)



レイ皇国、南の領地最大都市<サリム>。

城壁に囲まれたその大きな都市には、8か所の通用門がある。


その1か所にて、私、<フレデリック・フランシス>こと、<アイオス・サザンド>は、門兵からの報告、「白い馬に乗った2人組はつい一刻前に出立した」というものを半ば呆然と聞いていた。


傍らには私の側近候補であるジンと、妹である<レティシア>つきの侍女<メアリ>がいる。


どうやら青の応接間で絶望にひたっているうちに、妹の・・・最愛の<レティシア>と・・・王弟<アルフォンス殿下>はこの領都<サリム>を・・・・・出てしまったらしい。


物心がついてから、ずっと受けてきた公爵子息教育。


その教えの1つに、「心を開いている相手以外には、出来るだけ感情を表さないように、紳士的にふるまう」というものがある。


ここには、心を開いた相手である<ジン><メアリ>以外にも、大勢の者がいる。

・・・にも関わらず、表情の制御が効かない。


いま私はひどい表情をしているに違いない。



「あ・・・あぁ・・・・・」



私と同じ気持ちなのだろう。

レティシアの乳母兄弟であり、侍女である<メアリ>は・・・・・両手を覆い、泣き崩れてしまった。


公爵家筆頭執事・セバスの娘で優秀な侍女であるが、16歳。

いや、年齢など関係ない。・・・・・彼女が、泣き崩れるのも仕方ないことだ。


・・・・このような状況では、冷静でいられる方がおかしい。


可愛いレティが、男と2人旅なんて・・・・。

貴族令嬢としてレディとして、どんなにつらい思いをしているのかと思うと、私だって思わず、涙が出そうだ・・・・。



「くっ・・・・」


「アイオス・・・・」



涙をこらえていると、3人の中でただ1人・・・なぜか割と冷静なジンが、私のことを呆れたような表情で眺めてきた。


まるで(大丈夫に決まっているでしょう)とでもいうようなその目線は・・・・とても腑に落ちない。


朝、アルフォンス殿下から「レティと2人で迷宮に行く」と聞いたときは、ジンも取り乱していたたというのに・・・・・。


アルフォンス殿下が、朝の応接間から出て行ったあとのつぶやき・・・・私には聞こえていたぞ。


「あれ?よく考えたら、別にレティシア様なら、大丈夫そうじゃないか・・・?」と言った声を・・・・!


なぜ、大丈夫だと思うのか!大丈夫なはずはないだろう・・・・!



(レティは・・・あんなに可憐で・・・可愛らしいなのだから・・・)



確かにトーマス殿下とのお見合いの後、倒れ、それから前より少しばかり、お転婆にはなった。


だけど、それがどうしたというのだ。

守るべき可愛らしい私たちのレディには変わりないのに・・・・!


ジンが、代々公爵家に仕官するバトラー家の養子になったのは、8年前。

だから知らないのは仕方ないが、元々淑女教育を本格的に受ける前の4歳ごろのレティはいまと同じでちょっとだけお転婆だったのだ。


いまはどこかへ旅に出てしまった、<レイ皇国の英雄>と呼ばれるおじい様相手に、木の棒を振り回していたこともあったくらいだ。


だから・・・・・・本当に、ちょっといまのレティが、お転婆が過ぎるくらいで・・・貴族令嬢に対する対応をしないジンの態度に・・・・いや、むしろ普通の女性より、ちょっと雑でもいいと思ってさえいるようなジンの態度に・・・・・いくら私の側近候補で、長年一緒にいる間柄とはいえ・・・・・・少し、いや、かなり複雑な感情を向けるのを止められない。



(はぁ。あんなに可憐でかわいいのに・・・ジンの目は本当にどうかしている・・・・)



息を吐きだして、<ジン><メアリ>に目配せして、城へと歩き出す。

このままここにいても状況は改善しないのは、分かりきっていた。


アルフレッド殿下は「3週間くらいあいつを借りていくつもりだ」と言っていたのだ。


1泊でもさせたくないが、今からでは止めるすべはない。

しかし、さすがに3週間もの長い間、男と2人きりでいさせるわけにはいかない。


どうにかしなくては・・・・・!



「ジン・・・・・公爵様にすぐに通信魔道具で知らせよう。もちろん、ハワード様にもすぐに報告する」



いつもは父上、叔父上と言っているが、いまの私は次期公爵の側近候補<アイオス・サザンド>。

人目を気にして、父のことを公爵様、南の領地領主代行をしている叔父のことをハワード様と変換して、ジンに要件を告げた。


父上からは、何かあった時に、緊急用にと貴重な通信魔道具を借りている。


この魔道具は<遠方にいても、リアルタイムで会話ができる>という優れものの魔道具だ。それ自体も、もちろん希少で手に入りにくいものだが・・・・何より1回の使用で、魔石の中でもB級のかなり高価な魔石を2・3個消費する厄介な魔道具でもある。


そのため、なかなか緊急時以外は使用することは、難しい。


だが・・・・・・・・しかし、いまこそ、この出番ではないだろうか。



「えぇ?フレド様・・・正気ですか!????」



すでに私たちは城内の一室、私とジン用にあてがえられた執務用の部屋にいる。


室内には、ジンと私、メアリのみ。

誰もいないからと気を抜いたのか、私を本名の愛称である<フレド>と呼びながら・・・・・ジンが意味不明なことを叫んだ。


メアリもそんなジンを(うるさい。ジンはなにをわめいているの)という目線で睨んでいる。


うん、睨みこそしないが、私も同じ気持ちだ。

メアリと目線を合わせ、お互いに頷く。


執務用の机から、手のひらサイズの通信魔道具と3個のB級魔石を取り出す。

魔力を軽くこめると、すぐに起動した。


父の持つ通信魔道具へとコンタクトを取る。

・・・・すると、しばらくして返事が返ってきた、



『フレドか?どうした・・・!?』



慌てたような、父・コドックの声。10日ぶりに聞くその声に、少し安堵する。



「いま喋っても・・・?」


『ああ。周りに人はいない。大丈夫だ』



そう返事を返してくれた父に、さきほど起きた出来事を・・・特に3週間もの間、アルフォンス殿下と・・・・信用のならない男と・・・いや、不敬だな。とにかく男と2人きりで、魔法騎士の訓練の一環で、迷宮に向かってしまったことを詳細に報告した。



『なに・・・?


確かに、ロッド元騎士団長から、腰を痛めたため、代理の講師を派遣することになったと手紙が来たが、まさかそれが殿下とは・・・・しかも・・・・そんなことになっているとは・・・・・っっ!!


やむを得ん。公爵家の領地軍、第十部隊を動かそう。弟のハワードが確か・・・・・迷宮都市アッシドに優秀な兵を1人、冒険者として潜り込ませていると言っていた。


その兵にすぐ連絡を取ろう。


フレデリック、ジン、メアリ。・・・・・お前たちもすぐアッシドへ出発するんだ。ハワードには私がいまから、通信魔道具で伝えておくから安心しなさい」



(さすが、父上だ。頼もしい。公爵家の領地軍、第十部隊・・・隠密活動に優れた、通称、影の部隊を派兵してくれるとは・・・・!)


「え・・・・ええええ?そこまですることじゃないだろう・・・・」



ジンが意味不明なことをまた叫んでいるが、かまっている暇はない。

そうと決まったら、すぐに私たちも迷宮都市<アッシド>に向かう準備をしなくては。


私は・・・・・この前の襲撃事件があって以来、右足が義足になってしまった。

まだ乗馬は少々・・・いや、かなり難しい。それにメアリも、馬に乗ることは出来ない。


迷宮都市<アッシド>まで、馬車だと通常4日はかかるが、ぜいたくは言えない。

馬屋番にはできるだけ早い馬を準備してもらおう。


父との通信を切った私は、メアリとジンと共に、すぐに出発した。

叔父との連絡を取らずに・・・・その日のうちに。


だから、私たちは知ることが出来なかった。


出発の翌日・・・・・叔父、南の領主代行<ハワード・フランシス>あてに、飛び込んできた驚くような報告を・・・・。


それは、公爵家の領地軍、<アッシド>にいる第十部隊の兵からもたらされた情報だった。


いわく、馬で2日はかかる距離にもかかわらず、すでに当日には、アルフォンス殿下とレティが到着していて・・・・さらには、講師である<アルフレッド・ブラッドレイ>・・・アルフォンス殿下が何故か瀕死の重傷を負っていたという情報だ。


もし、出発前にそれを知っていたら、もう少し装備を充実させていた・・・・・・・戦闘することができないメアリは、連れて行かなかった・・・・・・。


・・・・・・だがしかし、それは今更だ。


だから、いま・・・・後悔しても遅いのだ・・・・・・。

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