73:鍛錬4日目・朝 さらなる勘違い
50人ほどは入れる神殿の食堂は、朝早いせいか昨日よりも人がまばらだった。3・4人ほどしかいない。
野菜スープに固いパン、スクランブルエッグと何の種類か分からないが、新鮮な焼肉。
朝からがっつりしたメニューを選び、時間をかけて食す。
時間をかけているのは、もちろん病室で朝の回診に来ているであろう、ユリウス(神官エリアス)にかち合うのを避けるためである。
(昨日・・・めちゃくちゃ怒らせたからなぁ)
昨日の夕方、ユリウスに「僕は、あなたに朝、アルフレッドさんが神殿にいる間、毎日
(しばらく迷宮だし、病室に戻ったら、アルフレッド殿に
そう思案した後、もうそろそろ朝の回診が終わった頃だろうと席を立つ。
病室に向かうため、大理石で敷き詰められた神殿の回廊を歩いていると、急に右側から気配を感じる。
咄嗟に膝を曲げ、地面に手をつけ、その気配を避けた。
「ヒュッ」という音と共に、私の頭上を、腕が通り過ぎた・・・。
・・・・・と思ったら、その腕は、そのまま腕ごと、私の頭上を影がかぶさってきた。
「!?」
「フレド・・・・退院した。出るぞ」
頭上を見上げると、青みがかったキレイな黒髪にアメジストの瞳が目に入る。
アルフレッドだ。
しゃがんだ私を、両腕で囲うようにして、見つめる瞳についつい魅入ってしまった。
先ほども思ったが・・・・・やはり腐っても攻略対象者。顔が良すぎる・・・・。
それにしてもどうやら、私の予想は見事外れたらしい。
まさか神殿の神官が退院許可するまで回復しているとは思わなかった・・・。
全く実感したことはないが、
もしこの世界に、乙女ゲームの強制力があるのなら、それは乙女ゲーム前に死亡設定の兄が危険ということでもあり、私、悪役令嬢・レティシアだって死ぬ危険があるということだ。
それは非常に困るが、考えても全く分からないものは、仕方ない。
大体、乙女ゲーム開始は、結構先だ・・・・そんなものではない、と思いたい。
アルフレッドは私の荷物をすでに抱えており、同室だったイェルクに挨拶をさせる気はなさそうだ。
すると不意に私の顔を見て、アルフレッドが口角をあげる。
「あぁ?飛んでんじゃねぇか。・・・・・・・もったいねぇ」
「・・・・」
・・・・・覚えているだろうか?
私はつい2日前、そのセリフのあと、このアルフレッドに口元を舐められ・・・・さらに、その後・・・なぜかキスをされた・・・・しかも・・・・深いほう・・・・・。
先ほど、耳元に口を寄せられたことも勘違いだったのに、反射的にやはり「また口づける気か!?」と思わずびくっと体を揺らし、身構えてしまった。
ただ、やはりアルフレッドは親指で、私の口元についた食べ物をぬぐっただけだった。
貴族令嬢<レティシア>にはそれだけでも、刺激が強かったのか、頭の中でキャーキャーわめいている気がするが・・・・・喪女であったにも拘わらず、私はそうでもない。
いや、もちろん慣れないし照れるが、この動作は、ハーフだったせいか元彼・光輝が私によくしていた動作だったのだ。
懐かしいと思うと同時に、ある疑念が私の胸に去来する。
(私はもしかして、すごい自意識過剰なんじゃないか・・・・?)
自分の先ほどからの一連の思考に、思わず呆然としてしまう。
(そういうところが・・・・光輝があんなことをして、私から距離を置いた原因なのかもしれないな)
思わず、自嘲の笑みが出てしまう。
もしかして光輝は私の自意識過剰さ加減に気づいて、そのままストーカーにでもなるとでも思ったのかもしれない。
(だから、手ひどく振ったのかも・・・・)
理奈としての意識がまだ出てきてから半年も経っていないせいか、光輝とのあの出来事がつい最近のような気がする。
だからか、まだ癒えていない心が、張り裂けそうなほど痛い。
私の腕をとり、立ち上がるアルフレッド。
神殿の出入り口に向かう彼についていきながら、気づかれないように私はそっと息を吐く。
息とともに、少しへこんできた気持ちを逃がした。
何といっても待ちに待った迷宮探索なのだから、気持ちを沈ませたままなんて、もったいない。
(ん?そういえば、やはり・・・・アルフレッド殿も一緒に行く気なんだろうか)
朝の回診にいなかったせいで、アルフレッドがどこまで回復しているのか全く分からない私は、首をかしげる。
神殿の通用門に着くと、すでに私を指名依頼した女性<ベルタ>と元カレ・光輝に似た男<マクシム>が待ち構えていた。
<ベルタ>は固有魔法で、私がここに来るのがすでに分かっていたのだろう。勢いよく私に話しかけてきた。
「おはよおぉ、待ってたよぉおお!!早く行きましょう!!大きい猫ちゃんが私たちを待ってるわ!」
早く迷宮が待ち遠しいのだろう。
そうして、私の腕を握り、ぐいっとひっぱっていこうとする。
しかし・・・・・・・。
反対側の腕をつかんでいたアルフレッドが私をつかんで離さないので、たたらを踏む。
「んんん~、あなた?・・・私、急いでいるんだけど!?」
ベルタがその腕をつかんだ犯人、アルフレッドをにらみつける。
「あ”あ?急いでるとか知らねぇよ。・・・つーか、オレのフレドに触んじゃねぇよ」
この講習中、彼は上官で私は下士官のような感じで扱うと言っていたからだろう・・・が、言葉が少しおかしい気がする。
(あぁ、でもこの状況は・・・。アルフレッド殿が一緒に迷宮に行くつもりなら、依頼主であるベルタに許可をもらわないといけないだろうし、けんか腰なのはまずいだろう。
まぁ、一緒に来なくてもいいんだが・・・。一応、アルフレッド殿は私の講師だし、一緒にいかない選択肢は、彼の中でないのだろうな)
そう結論付けた私は、ベルタに公爵子息教育で習った優雅な笑みを向けた。
「おはよう、ベルタ。彼はA級冒険者のアルフレッド・ブラッドレイ殿だ。いま私に剣や魔法を教えてくれているんだ。
アル・・・・彼女は、ベルタ。私の指名依頼の依頼人だ。
彼女を、20階層のボス部屋まで連れて行くのが依頼の内容だ。
そしてもう一人の彼は・・・・マクシム。彼は冒険者ではないらしいが、ベルタいわくA級冒険者並みに強いらしい。なんと時空魔法の使い手で、
ベルタ、マクシム。もしアルが希望するようなら、一緒に迷宮探索に行ってもいいだろうか?
もちろん追加報酬などはいらない。
アルも報酬がいるようなら、私に請求してくれ」
アルフレッドが報酬を欲していたら、フランシス公爵家が講師料の追加というかたちで、払うべきだろう。そう思い、ベルタに提案した。
「ええっ!この人も一緒に来てくれるの!?もちろんいいわよ!!これならすっごく早く猫ちゃんに会えるわ!!」
「・・・・追加報酬はいらねぇし、もちろん一緒に迷宮に行くが・・・・・。なるほど・・・・・
そう言って、アメジストの瞳を細め、マクシムを見つめるアルフレッド。
「ああ。まぁ使えると言っても、そこまでじゃないんで、期待しないでほしいかな。
どちらかというと剣で闘うのがメインだ。よろしく、アルフレッドさん」
マクシムは、爽やかな笑みを浮かべ、アルフレッドに握手を求めた。
ただ、その眉がぴくっと軽く痙攣していたのを私は見逃さなかった。
(なにか困ったことでもあるのだろうか?)
ストレスを感じたときの元彼・光輝にそっくりの、その様子に・・・・違う人物にも関わらず、私はついつい心配してしまった。
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補足メモ:アルフレッドの「飛んでんじゃねぇか・・・もったいねぇ」のくだりは、
31:鍛錬2日目、迷宮都市にまだ着かない(1)にあります。
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