64:鍛錬3日目・公衆浴場

私は、ベルタの家を出ると、アルフレッドのいる神殿に戻るため、繁華街を歩きだした。

手には今日買ったばかり服や道具類など大量の荷物がある。


季節は春から夏に変わる境目あたり。夕方にも関わらず、まだ明るいため、人通りもそれなりにあった。


歩きながら・・・「そういえば昨日、血まみれになったのに、お風呂にも入ってなかったんだったな・・・」と思いなおし、足を止める。


きょろきょろと見回すと、一軒の公衆浴場があった。

看板を見るに、この世界の公衆浴場は、日本の銭湯のような形式らしい。男女に分かれ、人々が入っていく。


おもむろに、自分の恰好を改めて見下ろす。明らかに男性服を着た少年である。

この世界の女性の服は、冒険者でさえもフリルなどワンポイントに女性らしい装飾があるため、この服を着ている時点で、男にしか見えない。



(お風呂に入りたいけど、この格好で女性の方に入るのはさすがにまずいか・・・・・・。ああ、女性服を買って、髪型を変えれば、いけるな!)



そう思い、とりあえず近くにあった女性向けの服や雑貨が売っている店に入ることにすると、そこで思いがけない人物に会う。



「こ、こんにちは!」


「・・・チッ」



神官見習いのクラーラと神官ユリウス・レーガー(神官名:エリアス)である。



「こんにちは、クラーラにエリアス神官。偶然ですね」



同じ街にいるのだ。偶然、会うこともあるだろう。しかもここは神殿から近い。

驚きはしたが、公爵子息教育で習った通り、それを態度にみせないまま、優雅に微笑む。



「あ・・・あなたもお買い物に?」


「あなたは、ここに用はないのでは?女性向けな上に、平民向けのショップですよ。フレデリック・・・・・・さん」



朝のイェルクの発言をしっかり聞いていたらしい、ユリウスがそんなことを言ってくる。明らかに私を公爵子息<フレデリック・フランシス>と認識しての発言だ。



「いえ、ここでしか買えないものがありますから。明日からしばらく迷宮に潜るので、準備がいろいろ必要なんです」



そうほほ笑みながら、曖昧な返事をする。


迷宮に潜るのに、一般的な冒険者に必要な道具がここに売っている感じはしない。

だが、私は明日からしばらく迷宮に入る前に、お風呂に入りたい。

また汚れるだろうが、せめて一度キレイな状態になりたいのだ。


そのために必要な商品(女性向けの服と髪飾り)はここに売っているので、間違いは言っていない・・・返答のはずである。



「迷宮にしばらく・・・?」



そう言うと、クラーラは顔を赤らめ、ユリウスは笑っていない目を私に向けてきた。



「僕は、あなたに朝、アルフレッドさんが神殿にいる間、毎日風魔法エアロをかけてくださいと言いましたよね?」



(・・・・そういえば、言っていたな)



朝の出来事を思い出す。すっかり忘れていたが、やはり私は、公爵子息教育で習った通り、それを態度にみせないまま、一度肩をすくめた後、微笑む。



「私は了承の返事はしていませんよ?」



そう言った瞬間・・・・すごい圧が私にかかった。

ゲームで言うところの<威圧>のスキルを使われたときのような感覚がする。明らかにユリウスからだ。


この世界の魔法は魔素という元素を操って、詠唱で発現させる仕組みらしいから、単純に私に操作した魔素をぶつけてきたのかもしれない。


実力差があれば、しばらく動けなくなるのかもしれないが、貴族令嬢レティシアの体は難なくそれを受け止め、流した。

とりあえず笑顔のまま、「やっぱり、謝ったほうがよかったか・・・」と自分の選択ミスを若干後悔しながら、ユリウスと見つめあっていると・・・・。



「エ、エリアス様・・・・・・」



涙声のクラーラの声が響いた。すると途端に、威圧がキレイさっぱりなくなった。



「ごめん、クラーラ。せっかくデートしてたのに!・・・・この話はまた神殿でしましょう、フレデリックさん」



ユリウスはまた笑っていない目で私に微笑み、その後、満面の笑顔でクラーラの手を握ったまま、店の奥へと去っていく。


クラーラも「デ・・・デートなんてしてないでしょ!エリアス様!」と怒りながら引きずられるように去っていったが、その内店の奥から「この髪留め、クラーラに似合うよ!」という声とクラーラの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


私は最初に目に入った髪留めと服をさっさと買うと、店を出て・・・・・今の光景を思い出す。



(ユリウスはデートって言っていたな?・・・ということは、ユリウスはクラーラが好きということか)



ユリウスの行動が、朝から謎だったが、いろいろ納得した。


確か乙女ゲームでは、ユリウスは「少年時代に、<初恋の女性>が魔獣に襲われて亡くなって以来、自分は恋することはないと思っていたが、聖女と交流するうちに恋心を抱くようになる」という設定だった。


つまりは、聖女の前に恋した<初恋の相手>というのが、クラーラなのかもしれない。

そこまで考え・・・・・クラーラが死ぬ可能性があることに思い至り、微妙な気持ちになる。


私は前世引きこもりの喪女・・・・つまり、25歳の大人だったのだ。


乙女ゲームの内容を知っているからと言って、すべての命を自分で救えると思えるほど、盲目的な自信をもてるような歳ではない。



(まぁ、この街は迷宮都市。高位冒険者も高位神官もいるんだから、ここにいる限りは安全か・・・・。しばらくクラーラの命が危なくなることはないだろう)



とりあえず思考を流して、どうするかの決断を後回しにすることにした私は、気配が誰もいないことを確認して、路地裏で女性服に着替える。


先ほどの公衆浴場に入り、一昨日ぶりのお風呂を堪能する。

そうしてお風呂に出た後、女性服にまた着替え、夕ご飯を食べ、神殿に戻るとすっかり日は沈んでいた。


アルフレッドのいる病室に入ると、そこではまだアルフレッドが意識を失うように眠っていた。イェルクはどこかにいっているのか、ここにはいない。



(なんだか眠くなってきたな・・・)



先ほどのユリウスの言葉を思い出し、明日からできない代わりにと、アルフレッドに風魔法<エアロ>をかける。そうして、そのままベッドにいる彼の隣にもぐりこんだ。


私が男装をし始めたのは、<南の領地>にやってきてから。つまり、まだ1週間も経っていない。

女性服を着ている自分に違和感を感じるには、月日が浅いといえるのではないだろうか?


・・・・だから、仕方ないと思うのだ。つい、うっかり女性服を着たまま、眠ってしまっていたとしても・・・・・・・。

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