63:勇者は少女をもてなす
オレ、
覆面の男がオレだと気付いていないようだが、気付かれたら、アウトだ。
悟られないようにいつでも転移できるよう魔素を集めつつ、出来るだけ自然に振る舞うように心掛けた。
以前、命令に逆らえず、彼女の兄、フレデリック・フランシスを襲撃したときのことを思い出す。
オレは、ゲーム内で<賢者>なんて呼ばれていた<サムド>の魔法や動きが再現できる。
この世界に送り込んだ女神の言葉を信じれば、大した攻撃力を持たなかったその<サムド>の攻撃力は・・・・この世界でトップクラスだという。
実際、ルナリア帝国の兵士や影(暗殺部隊)とも訓練したときに感じた手ごたえは、女神の言葉を証明していた。
・・・・にも関わらず、彼女の魔法、剣筋をオレは辛うじて回避出来ても、攻撃なんて当たる気がしない・・・・・そんなレベルの差を感じた。
さながら、VRMMOの理奈のキャラクターのような剣筋で・・・・・・とそこまで思考を巡らせてから頭をふる。
口元に苦笑がうかぶ。
この世界に召喚されてから、約4ヶ月・・・・つまり、彼女の理奈に4ヶ月も触れ合えていない・・・・。何でも理奈に結びつけてしまう自分があまりに滑稽で・・・・悲しくなる。
・・・・彼女に会えないのが滅茶苦茶辛い。
(早くこの世界に召喚された目的を果たさないと・・・・か)
道のりは長そうだった。
最初は理奈より精神的に年齢が上になれる可能性に心が躍ったが、ここにいすぎて、理奈に見向きもされない年齢になる可能性だってある。
最悪の可能性に寒気がして、オレは思わずここに召喚した女神、そしてルナリア帝国帝王に心の中で詰め寄った。
そんな悪感情を、ひっそりと息とともに吐きだしながら、対面式のソファに腰を掛けたレティシアにオレは飲み物を用意することにする。
「ジュースでいいかな?」
食器棚のほうに向かいながら、尋ねる。
まぁ、見た目は大人っぽいが、日本でいうと中学1、2年のガキだ。
とりあえず甘いものか・・・・と用意していると・・・・・
「いや、甘いのは好きじゃないんだ。お茶かコーヒーでお願いしたいんだが、あるかな?」
そうレティシアは言った。
偶然だろうが、そのセリフは、彼女・理奈がはじめてオレの一人暮らしの部屋に来た時と同じセリフで、動揺する。棚からコップが落としそうになる。
かろうじて床に落ちる前にコップを掴みなおしたオレは、思わず少女にもかかわらず、その時、理奈に返答した時と同じセリフを言ってしまった。
その時とは違う、演技したままの笑みを浮かべながら・・・・。
「・・・・ああ。コーヒーならあるよ。ブラックでいいかな?」
レティシアはこくんと可愛らしく頷く。
その様子にまた理奈が重なり、思わず、跳ねてしまった心臓をあえて無視して、オレは飲みやすいように少し冷ましたブラックコーヒーを置いた。
レティシアは、そのコーヒーを一口飲むと・・・そんなに喉が渇いていたのだろうか、なぜだか知らないが、片方の目から涙をこぼした。
その光景は・・・・なんというか妖精のような美貌と相まって、一枚の絵画のように見えた。
そして・・・・全然違う顔のはずなのに・・・・涙を流しているのさえ気づいていない、その自分の感情に無頓着な表情が、恋人である理奈を思い出させて、無視できないほど胸の奥をわしづかみにされた。
さっきまで命の危険のある相手として、警戒していたはずなのに・・・思わず手が伸びてしまう。
その涙を拭うのは、オレの役目な気がして・・・・。
オレが頬に触れるとレティシアは、びっくりした後、はにかんだように微笑んだ。
(・・・・・・・・・反則だろう!!)
思わず赤くなり、心でうめく。
(・・・・・・オレには理奈がいる)
見とれた自分の心をいさめ、理奈を思い出すことで落ち着ける。
しかし・・・・そんなオレの心を乱す奴がこの部屋に入ってきた。
猫狂い<ベルタ>だ。
ベルタは叫びながら入ると同時に、オレの能力<時空魔法の使い手で転移ができる>をあろうことか、レティシアに暴露した。
(・・・・頭痛がする。
こいつはこの状況を分かっているのか・・・・。オレたちは昨日、こいつの連れを襲撃したんだぞ。バレたら、まずいのがなぜ分からない!!)
オレの心の荒れ具合を無視してベルタは「冒険者のふりをしたレティシア・フランシスを連れてきて、みんなで迷宮にもぐる」という状況になぜなったのかを説明し始めた。
「大きい猫が・・・」とか「買い物途中にみた猫は茶虎で・・・」とか余計な情報が多くて、説明がイヤに長かったが、その情報を省くといたってシンプルな理由だった。
「猫狂いが暴走した結果」
ただそれだけだった。
(迷宮にいる大きい猫を見るのに、なぜオレが危険をおかして、命を脅かす相手(レティシア)と迷宮に潜らなきゃいけない!)
ベルタの暴走にいつも以上にイライラする。
しかも、あろうことかまたしてもレティシアの前で自分の固有魔法の内容について、暴露している。
(勘のいい奴なら・・・・・昨日の襲撃、バレるぞ・・・・)
思わず、うなだれる。
ベルタに滅茶苦茶、怒りがわくが・・・・・・・しかし、オレにはイラつくことしかできない。彼女の
オレはルナリア帝国帝王の奴隷で、4人の暗殺命令を実行中。そしてベルタはその暗殺命令の相棒兼、監視役。
オレは彼女に引き合わされたとき、彼女の言うことに<逆らうな>と、ルナリア帝国帝王に<命令>されているのだ。
もちろん、彼女の言葉より、ルナリア帝国帝王の命令の方が優先されるが。
だから、今日もベルタが出かける間際に言った「私が帰ってくるまで猫ちゃんの面倒よろしくね」という言葉のせいで、一日中、猫と留守番することになったし・・・・・昨日もアルフレッドを・・・・斬ることになった・・・・・。
理奈と両想いになれてからと、現在の落差が激しくて、本当にめまいがする。
普通はもう色々とあきらめて、ルナリア帝国帝王の言葉通りにしてしまえば楽なんだろう・・・・だけど、残念ながらオレは7年間も同じ人に片思いし続けたほどあきらめが悪い。
今もどうすれば最善の結果になるか、頭をめぐらしている。
理奈を抱きしめる手を・・・・血で汚したくなかったが・・・・汚さないことを躊躇えば、最悪の結果が待っているのをオレはこの4か月で嫌というほど、知った。
・・・・だけど、やってはいけない一線だけは、どうしても・・・・やっぱり守りたいのだ。
どうしても・・・・・・・。
「じゃあ、明日からよろしくねっっ!!朝、あなたのいるところに迎えに行くわ!」
「・・・迎えに?」
「そう!私の固有魔法で、あなたの居場所はすぐ分かるから、安心してっっ!!起きたらすぐ行くわねっっ!!」
ベルタがそういうと、レティシアは渋い顔をした。
それは、そうだろう。ベルタは気軽に使っているが、彼女の固有魔法はプライバシーの侵害もいいところだ。
しばらくして、肩をすくめてレティシアは言った。
「迎えに来るのはいいが、来るのは私が朝食を食べた後にしてほしいな。ベルタの魔法は私の様子も分かるのだろう?」
「うーん・・・・・・分かったわ!そういえば、私もこの家の猫ちゃんたちの世話を任せる人たちを呼ばなきゃいけないわねっ・・・・じゃあ、朝食後に行くわね!」
ベルタへ、更にプライバシーを侵害を許容する言葉を発し、なぜか満足顔で頷いてレティシアは家を出ていく。
それを見送った俺は・・・・自室に戻った。いま、ベルタは猫に夢中だ。
夜も更け、多くの者たちが寝静まったであろう時間になると、オレは覆面をつけ、黒づくめの衣装を身に着けた。
最善の結果を出すために、いまオレが出来ることを成すために・・・・・・そうして、オレは転移魔法を発動させた。
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補足メモ:レティシアが渋い顔をしたのは、朝早くに起こされるのが嫌なだけ。
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