21:鍛錬初日を終えて

(危なかったな・・・)



<南の領地>最大都市・サリムにある領主・フランシス公爵家の城。

その城を速足で去る後ろ姿を見ながら、私は、ほっと息をついた。


娼館に連れていかれたら、娼婦もしくはアルフォンス(アルフレッド)に自分が女だとバレるところだった。


いくら娼婦や彼を買収をしようとも、どこから兄と自分が成り代わっているのが、漏れるか分からない。

秘密を知る人物はできるだけ少ないほうがいいのだ。



「あの・・・なんというか、身体が大人になっていないんですが・・・だから・・・娼館はちょっと・・・無理というか・・・・」



前世喪女である私も、貴族令嬢として育ったレティシアとしての意識も、その言葉をつむぐのに相当勇気が言ったが、まぁ言ったことで、何とか娼館を回避できてよかった。


それに、その言葉にウソもない。

乙女ゲームでは妖艶な美女だったレティシアも、いまはまだ色々育っていないのだから。


そんなこんなで色々あって、夕方、南の領地の家(城)に帰宅した私は、よほど疲れた顔をしていたのだろう。


自室に戻る途中、廊下ですれ違った、<フレデリックの側近候補>ジンにぎょっとした顔をされた。

ジンの隣にいた本物の<フレデリック>は、心配そうな顔を隠しもせず、私に近づいてくる。


私が兄・フレデリックに成り代わっているので、兄自身は、ジンと一緒に将来的に公爵家を支える側近候補の一人<アイオス>という存在しない人物に成りすまし、ここで叔父から領地運営の仕事を学んでいる。


ちなみに父・コドックは宰相の仕事があるため、王都の屋敷にて1人、留守番だ。


彼は、髪と瞳の色を変えるメガネ型の魔道具で変装しているため、いまの彼の髪と瞳は、キレイなアッシュグレイだ。


フレデリックは、周りに聞こえない小さな声で話しかけてきた。



「レティ? 訓練やっぱりきつかったんじゃないか? すぐに辞めるよう父上に言うよ」


「・・・兄様」



優しい瞳が私の顔を覗き込む。


私の中の12歳のレティシアが<ああ、もうやめたい・・・でも、お兄様のことを考えると・・・>と少しだけ弱音を吐きそうになる。

しかし、主人格である喪女が<いやいや、あの男はちょっとヤバイけど、明日は魔獣狩りと言っていた。そんな楽しいイベント見逃せるはずないだろう!>と大きく否定する。


そもそも父・コドックから与えられた第2の試練は、講師による魔法騎士向けの厳しい鍛錬を乗り越えること。

もし鍛錬を乗り越えられないようであれば、成り代わり自体を無しにすると言われているのだ。

どちらの私も、こんなことで、兄が公爵になることを台無しになどしたくはない気持ちがある。


そう・・・こんな・・・こんな・・・・娼館に連れていかれそうになったくらいで・・・・・・。


私は何でもない風を装い、笑みを浮かべながら、肩をすくめた。



「兄様、心配のし過ぎだ。鍛錬自体は問題ない。ただ別のことで、ちょっと気疲れしただけだからね」


「別のこと・・・・? 確か講師はロッド元騎士団長だったよね?

鍛錬には厳しいが、人好きのする好々爺だと聞いていたけど・・・」


「フレド様、確かロッド様は腰を痛めたとかで、急遽、他の講師が来たのではなかったですか?」


「まさか、その講師に何かされた・・・!? 本当に大丈夫か?レティ・・・」



あたらずとも遠からずなフレデリックの発言を、私は苦笑いしながら、再度肩をすくめる。



(言えるわけないな。初日から、娼館に連れ込まれそうになったなんて)



心配そうなフレデリックをなだめすかし、「初日で疲れた」ことを理由に晩御飯は自室で一人で食べることにした。


団らんの席で、今日の出来事を詳細に語るだけの勇気も、適当にごまかし続けるだけの気力も残っていなかったのだから仕方ない。


そうして、ゆっくり一晩を過ごしたお陰か、切り替えの早い私は、翌朝には昨日のことなどすっかり忘れて・・・・・・目を覚ましたのだった。

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