12:予想をこえた親馬鹿

「レティ、なんだい?」



バーントオレンジに光る怜悧な目元を優しげに潤ませながら、父・コドックは困惑したように私に尋ねた。


どんな時でも子供に甘い父の様子に私は肩をすくめて、微笑する。



「兄様と私は、髪の色も瞳の色も同じです。顔も双子といっていいほど似ています。・・・だから、兄様が20歳になるまで、私が兄様に代わって魔法騎士として働きます」


「な・・・なにを言いだすんだ!レティ!!」


「レティシア様・・・!?」



私の突飛とも言える提案に、兄・フレドリックとジンが驚いて声をあげた。

他の面々もそれぞれ驚きの表情を浮かべているが、父はいままで宰相として過ごしてきたため場数が違うのか、軽く目を見開いた後、また優しげに微笑んだ。



「可愛いレティ。ありがとう。でも、気持ちだけで十分だよ。いくら顔が似ていても、フレドの代わりにレティが働くことは難しいんだ」


「なぜです・・・?まだ社交デビュー前ですし、私たちの顔の違いに気づく者はほとんどいないのでは?20歳以降に元の生活に戻るときだって、少しの間領地に引っ込めば、違いなどいくらでも誤魔化せるはず・・・!」


「そういうことではないんだよ」


「だったら、なぜ!」



父・コドックの要領を得ない物言いに私は、思わず声を荒げてしまった。私の中の貴族令嬢、レティシアが悲鳴を上げている。



「レティは令嬢だから知らないかもしれないけど、フレドは5歳の魔法検査のときから、かなり注目されているんだ。

通常、魔力量が多いといわれる貴族でも50あればいい魔力量が300もある。加えて、普通1つ2つしか発現しない魔法適性が4つもあったから・・・」



コドックはせつなげに目を細めて、私を抱きしめる。



「うぐっ・・・」



相変わらず、力が強い。



「容姿は知られていなくても、みんなフレドの魔法の才能は知っているんだよ・・・。

レティ・・・だから、だから、レティがたくさんの属性の魔法が使えないと、すぐにバレてしまうんだッ」



「でも、魔法なら・・・!」



「ああ。レティも僕たちの子だから、たくさんの魔法適性があるかもしれないね。でもね、1年かけて使えるように出来たとしても・・・、フレドみたいに、若いうちから詠唱省略ができるようになることなんて、不可能に近いんだ・・・・・・ッ」



出来の悪い子に言い聞かせるように、ゆっくりとコドックは言葉をつむぐ。

その内、フレドの才能と努力を埋もれさせなくてはならない非情な現実を直視して、感情が溢れてきたのだろう。私を抱きしめる力がさらに増した。



「あっ」


「・・・ジン!」



嗚咽まじりのコドックの声が響く中、ジンが何かに気づいたように声をあげる。しかし、すぐに兄・フレデリックの鋭い視線が飛ぶ。



「どうした・・・、ジン?」



そんな2人の様子に何かあると思ったのだろう、コドックがジンを私を抱きしめたまま見上げた。

フレデリックは<やめろ>と視線を向けるが、ジンの決意は固いのだろう、その視線を無視して話し出した。



「コドック様、レティシア様は詠唱省略を使えます。コドック様が密かに教えられていたから使えるのかと思ったのですが・・・」



私を一瞥して、ジンはコドックに目線を戻す。



「どうやら違ったようですね・・・。使える経緯は知りません。

ただ、高位の魔法騎士でも難しいような火魔法を・・・<詠唱省略>であの襲撃のとき使っていたと、私はフレデリック様から聞いています」


「ジン!!」


「なに・・・!?」



父は抱きしめる手をさらに緩め、私をじっと見つめた。



「レティ、本当かい?」


「はい、見ていてください」



私はこのチャンスを逃さないとばかりに、身体強化した体でコドックの抱擁をはね除ける。


どうやら妹大好きな兄は、男ばかりで危険もある魔法騎士に私になって欲しくはないようで、先ほどからジンの発言の邪魔ばかりしているから。



「メアリ、グラス!」


「・・・・・・は、はい!ただいまお持ちいたします」



つい前世の母に言っていたような物言いをしてしまい、メアリに空のグラスを持ってきてもらう。

メアリは急にそんな声をかけられ驚いたようだが、さすが優秀な侍女だけある。

優雅な仕草で私の手にグラスを乗せた。



「ありがとう」



満足げに頷き、みんなの視線が集まっているのを確認して、呪文を唱える。



「エアロ、ウォーター、イグニッション」



唱えた瞬間・・・・

魔法<エアロ>により、そよ風が部屋を駆け巡り、

グラスには<ウォーター>によって、空中から水が注がれる。


そして、私の指先では<イグニッション>により「ゴーッ」という音が鳴り響いた。



(・・・イグニッションはただの着火魔法なのだけど・・・指先から火があふれすぎて、バーナーみたいになっている・・・・・・。レティシア、本当に恐ろしいくらい火魔法の適性が高いな・・・・・・)



自分のことなのに指先にともる火の勢いに思わず、ほほを「ひくっ」と引きつらせてしまう。


初めて私の魔法を見た執事のセバスは、あごを外さんばかりに愕然としていた。

それなのに、同じように私の魔法を初めて見たはずのコドックは、私を勢いよく抱きしめて、喜色満面の笑みを浮かべている。



「レティが・・・レティが!・・・・・・・・・・・魔法の天才だったーーー!!!」


(まだ指に、バーナーがともっているんだけどな・・・)



そんな危なっかしい私たちの様子にフレデリックは苦虫を噛み潰したような顔をし、ジンは「三属性も使えたのか・・・」と呆然と呟いていた。


メアリは「れ・・・令嬢が魔法など・・・。いや、でもフレド様になるから・・・ん?・・・あれ?」と混乱中だ。


そんな混とんとした部屋の中・・・・・・いつの間にか笑顔の父に抱きしめられたまま、私はその場でくるくると回転していた。



(父様って、思った以上に親馬鹿だったんだな・・・)



<私がフレドに成り代わる>といったのを忘れてそうな父の様子を冷静な目で見つめながら、私は心の中でそっと嘆息した。

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