11.レティシアの決断
「キャーッ!!」
屋敷に帰ってきた私たちは、まずレティシアつきの侍女メアリの悲鳴に出迎えられた。
どうやら許可も得ず、私が兄たちについていったことに怒り、一言小言を言おうと、門のところで待っていたらしい。呼びに行く手間が省けた。
「フレデリック様・・・あ・・・足が。レ・・・レティ様・・・ち・・・血だらけじゃないですかぁぁあああ!!!」
このまま失神するんじゃないかという勢いで取り乱すメアリ。
しかし、そんな彼女を取り成している時間がもったいない。
「この血は私のじゃない!!ジンのだ!すぐに、侍医のペスト先生を呼んでくれ! 治癒魔法の使い手・・・神官の派遣もだ!!」
この世界では怪我を治す存在として、医師のほかに治癒魔法がある。レイ皇国では治癒魔法の使い手は、ほぼ全員国に管理され、神官として活動している。
後ろに背負っているジンをちらりと見せると、その凄惨な様子にメアリは息を呑みこむ。ジンの顔は血の気が失せて、死んでいるかのように真っ白なのだ。
背中から伝わる心音だけが、彼が生きていることを私に伝えてくれる。
「は・・・はい、ただいま!!・・・あなたたち、フレデリック様とジン様をすぐに1階の客間のベッドまで抱えて連れてきてください」
小刻みに震えながらも、すぐに状況を呑み込むと、背筋を伸ばすメアリ。さすが幼いころから侍女教育を受けていただけある。こんな凄惨な状況が初めてにもかかわらず、指示は的確だ。
門番の護衛たちは、私からジンを、そして馬からフレドリックをおろすと、丁重に抱え上げ、屋敷内へむかって足早に歩を進めた。
「・・・っ、すまない」
フレデリックは護衛に抱えられたあと、そう呟くと安心したように目を閉じだ。
その様子を見て私は「ほっ」と一息吐く。隣にいた、ここまで休みなく併走してくれた三頭の馬の背をいたわるようにたたくと、厩舎に誘導するように手綱を握る。
兄・フレデリックの愛馬は、自分の相棒が心配なのだろう。少し振り返り行くのを躊躇ったが、手綱を軽く引くと私の意を汲んでくれたのか、歩を進めてくれた。
賢い馬だ。
厩舎に行く途中、ふと上を見上げると、こんなことがあったというのに、空はどこまでも青く、やるせない気持ちになった。
春風に吹かれながら「どうかジンがたすかりますように。兄様の足がよくなりますように」と声にならない祈りを、私は彼らの得意な風属性魔法に乗せて、ささげることにした。
「エアロ」
一陣の風が光とともに舞い、彼らのいる客間に向かって降り注いだ。キラキラした光に目を細める。
この魔法は、私が「剣聖」としてプレイしていたゲーム内でよく使用していた防御魔法。
あらゆるモノから対象を守る風魔法だ。
「剣聖」のとき治癒魔法のスキルを一切取得していなかったせいか、治癒の呪文を唱えても、魔法が発動しなかったのだ。「とうてい効果など期待できないだろう」と自嘲しつつも・・・・・・何かをせずにはいられなかった。
******************************
襲撃事件から1週間が経ったある日。
公爵家屋敷内の客間には、侍医のペスト、父・コドック、兄・フレデリック、私、ジン、そして執事のセバスと侍女のメアリが勢ぞろいしていた。
ジンは簡易ベッドに横たわっている。
「あの怪我がたった7日でここまで治るとはね・・・」
侍医のペストが椅子に腰かけたフレデリックを診察しながら、感慨深げにポツリとこぼした。
「ペスト先生、そして神官様の治癒魔法のおかげです。ありがとうございます」
「オレ・・・いや私も先生に、一命を取り留めていただいて、感謝の言葉もありません」
その言葉を受け、深々とフレデリックとジンが頭をさげた。
ジンは、つい1週間前まで生死をさまよっていたせいか、いまだ青白い顔をしたままだった。
ペストは白髪の頭をかきながら、苦笑する。
「いや、医者になってかれこれ50年だけどねぇ、あの大怪我、こんなに早く治るはずないんだよ。自慢じゃないが、確かに私はこの国1番といっていいほどの腕だ。1週間前、来ていた神官の腕も一流だった。ポーションも出し惜しみはしなかった・・・だけどねぇ・・・・・・」
「どう考えてもおかしい」と、ペストがごにょごにょ言っているが、それも無理はない話だ。
この世界の医療技術はせいぜい前世でいうところの1800年代レベルなのだから。
治癒魔法やポーションという魔法薬もあるにはあるが、一流の腕を持つ神官やハイポーションであっても、今回のような大怪我では最低でも治療に1か月はかかる。
この奇跡といってもいい出来事にみんな疑問を感じつつも、悪いことではないのだから・・・とペスト以外はただただ喜んでいた。
「まぁ、フレデリック様の失った右足は残念ながら、生えてこない。義足を作るにしろ、時間もかかるだろうし、できても以前のように走り回ることは難しい。しばらくリハビリが必要だ。・・・・・・何より、ジンくんは、あと1ヶ月は安静にしたほうがいい。また来るよ」
そう、兄はあの襲撃事件で、右足のすねから下を失ってしまっていた。
あの覆面男に剣で斬られた箇所が壊死してしまったため、やむを得ず足を斬りおとしたのだ。
「よっこいしょ」と掛け声を出しながら、席を立とうとする侍医のペストを父が引き止める。
その表情は悲痛だ。
「ペスト殿、魔石で作った義足でも・・・か?」
「ああ。残念ながらいまの技術では、魔法騎士として活動できるレベルの義足はない。先代からの付き合いだ。出来る限り協力するが・・・・・・これからどうするのか、つらい決断が・・・・必要かもしれない」
「・・・・・・」
部屋に哀愁が漂う。ペストに言われずとも・・・・・・父も、そして兄も理解していたのだろう。
レイ皇国の貴族の後継者は国のために、14歳から20歳まで魔法騎士として働く義務があり、それを履行しなかった者は、何人たりとも貴族位を継ぐことはできない。
この世界で魔法を使える者が貴族に偏っているからこそできた法律。
右足を失った兄は、義務を履行できないだろう。そして、フランシス公爵家には兄のほかに男児はいない。父・コドックは最愛の妻を失い、再婚の予定も、する気もない。
つまり、どこかから遠縁の男児を養子に迎え入れる必要がでてくる・・・ということだ。
レティシアは、天才と呼ばれた兄が、才能におごることなく、ずっと努力を続けている姿を見てきた。
だから、たかが6年の義務を履行できないだけで、大好きな兄が公爵家当主になれないなんて・・・ぽっと出の養子にその立場を譲らなくてはいけないなんて・・・・・・許せなかった。
私は感情のままにソファから立ち上がり、父を見つめる。
「父様、その件で私に提案があります」
周りの視線が一気に私に集まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます