10:襲撃!(3)

先ほどいたはずの男は、目の前から忽然と消えていた。

私の想定では、太ももを斬り伏せられて、足元でうずくまっているはずの男が全くいないのだ。


剣が宙を舞う直前、男が小さな声で「・・・・テレポート」とつぶやいていたのを考えると、

どうやら、この世界には転移魔法まであるらしい。



(思った以上に、厄介な世界だな)



・・・だが、これで合点がいく。

最初の襲撃の時、覆面男が私の背後から、突然兄の横に現れたのも、この魔法が原因だったのだ。


思考を巡らせながら、私は男が転移する先に予想をつけ、即座に駆け戻る。



ギンッ。


「レティ・・・!!」



男が転移した先は、予想した通り、やはり兄のところだった。

私は、覆面男の持っていた毒針を剣で吹き飛ばすと同時に、左手で男の右腕をねじ伏せ、首元に剣をつきつける。



「降参しろ」


「・・・・・・。する必要など・・・ない・・・」



覆面男は、自身の命の危機にもかかわらず、口元に微笑をうかべた。

そして微笑をうかべたまま、視線を横に投げる。


嫌な予感がした。

視線の先には・・・・・・・地面に倒れふしたジンと、こちらへと向かってくる茶髪の中年男の姿があった。



「ジン----・・・ッ!!」



フレドリックが悲痛な叫び声をあげる。


ジンのお腹には短剣が突き刺さり、血だまりができていた。

まだ息は辛うじてあるが、兄と比較しても出血の量がすさまじい。このままだと一刻ももたないかもしれない。



(まさか・・・あの劣勢から、逆転したのか!?)


「おっさんはオレ以上の実力者だ。指輪の魔道具も持っているから、魔法も効かない。

お前だけじゃ、オレたちを倒せはしないさ。降参するのは、<お前>だ・・・!」


「レティ・・・ッ!逃げるんだ!!!早くッッ!!!」



援軍が来ることが分かり、得意げになる覆面男と、やはり自分のことより私を優先する兄、そして今にも死にそうなジンを見て・・・・・・・


私は<力の出し惜しみ>を止めた。


この世界で私に<何ができて、何ができないのか>まだよく分からない。

だけど、体中にほとばしる魔力が、私の気持ちを後押ししてくれているのが、分かる。



「フレア・ボム」



<フレア・ボム>は、太陽のような灼熱地獄を対象にもたらす。

VRMMOのアクションゲームで私がよく使用していた魔法の一つだ。



「がぁぁぁぁああああ!!!」


「・・・おっさん・・・・・・」


「・・・レティ・・・・・・」



私の魔法が直撃した茶髪男は燃えさかり、そのまま煙となって蒸発した。

すさまじい熱量。茶髪男の亡骸・・・その姿かたちさえ、残さなかったようだ。

ただ覆面男が持っていたのと同じ、指輪の魔道具だけは、どういう原理なのか、ポツンと地面に残っていた。


・・・・・・本当はこんな魔法を使いたくはなかった。

この世界はアクションゲームとは違って、魔法があたれば

簡単に人が死んでしまうのだから。


私はそんな気持ちを息をはくと同時に、一緒に吐き出す。



「なぜだ。おっさんだって・・・・・・魔法無効化の指輪を持っていた・・・・のに・・・」



呆然とする覆面男。心なしか声が震えている。

私は、首元に剣を突きつけたまま、男にたずねる。



「魔法無効化のアイテムなんて、高威力の魔法の前じゃ無意味だよ。あなたもこのまま死ぬ?」



ごくりっと男の喉が鳴る音が響く。



「・・・・・・・」



返事はかえってこない。



「兄様、魔法が使える者を拘束する方法ってある?」



男が戦意喪失したのを見て、私は冷静に兄に問いかける。

ただ縄で縛っても、魔法で転移されるのなら捕縛する意味がないからだ。



「魔力を吸い上げる拘束用の魔道具があるけれど、いま手元には・・・・・・」


「そう・・・・・・じゃあ、仕方ないね」



そう言って、剣の角度を変える。カチャリという音が辺り一面に響く。



「こ・・・、殺さないでくれ!!」



とどめを刺されると思ったのだろう。覆面男が慌てたが・・・・・・勘違いだ。

このまま兄とジン、怪我人2人を連れた上で、いつ刺客に転じるか分からない男を近くに置いたまま移動するのは、さすがに厳しい。


かと言って前世で平和に生きてきた私の心も、貴族令嬢としてのレティシアの意識も、必要以上の殺しをしたくはないと叫んでいた。



「・・・・・・」



無言で私が剣を引いたのを見て、覆面男は瞠目する。



「行きなさい。・・・言っておくけど、次に私たちの半径1㎞以内に入ったら、問答無用で消し炭にするから」


「わ・・・・分かった!! ・・・・・・・・・。時の門よ、星となりここに出でよ テレポート」



男は急ぐように呪文を唱えると私たちの前から、かき消えた。

周囲から男の気配が完全に消えたことを確認して、私はジンを止血する。


フレデリックは自分の服を破り、自らを止血をしていた。

彼も意識を失っていないのが、不思議なほど出血しているのに・・・すごい精神力だ。



「レティ・・・大丈夫か?」


「うん。身体強化魔法が発動しているみたいだから、大丈夫。早く戻ろう・・・兄様とジンの治療をしたい」



兄はかろうじて一人で馬に乗れたが、ジンは意識もなく難しかった。しかし、身体の大きさから、彼を抱えたまま私が二人乗りするのも難しい。


私はジンをおんぶし、屋敷まで一気に駆け抜けることにした。

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