第26話

「つきがた、あゆむ……」


俺は確かめるように、目の前にいる男の名前を口にする。

すると彼の顔が柔和にほころんだ。


「そ! キミは”はやと”で急ぐタチなのかもしれないけど、僕は“あゆむ”だから。急がず一歩一歩!」

「なんだそれ……」


親からもらった名前を引き合いに出されても困るが、言わんとしていることは分からないでもなかった。

俺の顔が怪訝そうに見えたんだろう、月形が言葉を補足する。


「つまりね、僕は、急がず前に進めればそれでいいと思ってる。僕の作品、探せば欠点はいくらでもあるでしょ? でも、書くのが楽しくて、エンドマークを打つことに充実感があるんだ。それに少しずつは上達できてると思うし、ひとつひとつの作品に価値があるとも思ってる」

「どこから来るんだ、その自信は……」


月形があまりに幸せそうに話すことに、俺は衝撃を受けていた。


「そんな合格ラインの低いやつに作品を褒められてもな……」


複雑な思いから卑屈な言葉が出る。

前向きなこいつの思考が、ある意味うらやましかった。


「泉くんは優秀な分、自分に厳しすぎるんだよ。キミは100点にこだわる人でしょ? 入部試験の時もそうだった。僕が70点だって言ったら、キミは答案を書き直した。70点は不合格だなんて誰も言わなかったのに……」

「じゃあ、あの時お前は……」


俺は2~3カ月前の記憶を探る。


「僕は70点でも合格かなって思ってた」

「なんだよ、早く言えよ」

「でもキミは、合格ラインが70点だって言われても納得しなかったでしょ? 減点された30点に目が行って」

「……確かにそうだな」


俺は文芸部に入部したかったんじゃない。

ただ点数にこだわっていただけだ。


「正直、僕は点数なんてどうでもいいと思ってる。入部試験はともかく、芸術に点数をつけるなんてナンセンスだ」


本当に、月形の言う通りだ……。

俺は自分の作品に100点満点を求めていた。

満点を取る実力もないのに、それにこだわっていたら前へ進めない。

それなのに周りの評価を過度に気にしてしまい、急ぐ気持ちが空回りしていた。


「だったら俺のこれは面白いのか? 点数じゃなく、お前の感覚で」


雑誌に目を向け、月形にもう一度聞いてみる。

するとこいつは晴れやかに笑った。


「だから面白いって言ってるじゃん。文芸部部長の名にかけて」

「月形……」


“名にかけて”なんて言っても、たかが高校の文芸部の部長だ。

やっすい名前だけれど、月形歩が言うならそれでいいと思えた。

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