第25話
少しの沈黙のあと、月形が取り繕うような笑みを浮かべる。
「そりゃあ高校のワンライに出すより、雑誌で発表した方がいいよね!? たくさんの人に読んでもらえるし、原稿料も出るだろうし……」
「違う、そういうんじゃないんだ」
慌てて否定して、俺は月形の正面に座った。
それから目の前に置かれた文芸雑誌を引き寄せる。
「これには事情があるんだ」
「事情……?」
月形の澄んだ瞳が、上目遣いに俺を見た。
「雑誌だろうとウェブだろうと、俺はこれを発表するつもりはなかったんだ。けど世話になっている編集者に見られて、どうしても雑誌に載せたいって言われて……」
単行本用の長編が書けずに長く待たせている俺は、その手前、編集者の希望を断り切ることができなかった。
「……そっか」
月形は気を取り直したように背筋を伸ばし、ふっと甘い笑みを浮かべる。
「僕はいいんだよ、キミがどこに作品を発表しようと。それよりこれを読んでホッとした。キミがあの時、これを書いていたんだって分かって」
「ホッとした?」
意外な言葉を耳にし、俺は思わず聞き返した。
「うん、ホッとした」
月形がふふっと笑みをこぼす。
「だってキミの作品をしばらく雑誌で見ないし、単行本も延期になったって聞いてからずいぶん経つ。それにワンライの時も何か書いてるのに、それを見せようとしないから……」
「だから、気になってたのか」
「うん、でもちゃんと書けてるじゃん」
ちゃんと書けてる、そう言われても、俺としてはすっきりしなかった。
「『ちゃんと』ってなんだよ」
「別に悪い意味じゃ……」
「そういうことを言ってるんじゃない! 俺のより月形、お前が書いたやつの方が面白いだろ!」
「……えっ?」
強く言いすぎたんだろう。月形が、驚いたように目を見開いた。
「そんなわけないよ」
彼は確認するように、テーブルの上の雑誌を開く。
「僕はキミのを読んですごいと思った。やっぱり、僕たちとは格が違う」
「だとしても、面白いのはお前の作品だ。俺自身がそう思うんだから事実だ」
ワンライは同じテーマ、同じ制作時間の中で作品作りをする。
そうすると実力と才能が如実に表れる。
俺は月形の中に輝く才能を見つけた。
こいつの作品は上手くない、けど、人を引き込む魅力を持っている。
それに比べると俺の作品は、形が整っていても心に響くものじゃない。
そのことにこいつは、本当に気づいていないんだろうか?
「俺のさ」
月形が開きかけていた雑誌を横によけ、俺は語り始めた。
「隣の家のじいさんが、そこそこ有名な作家先生なんだよ」
「隣のおじいさん?」
「ああ、実家のな」
本棚からじいさんの代表作を1作出してきて、雑誌をよけたスペースに置く。
「俺、ガキの頃から作家志望でさ、じいさんに作品を見てもらっていたんだ。それでじいさんの家に出入りしている編集者とも知り合って。俺が15でデビューできたのも、その縁があってのことだ」
月形は横に置いた雑誌と、じいさんの本とを見比べるように見た。
「だとしても、デビュー作が注目されたのも賞にノミネートされたのも、キミ自身の力だ」
「初めから下駄を履かされてたんだ、実力なんて言えないだろ」
ため息をこぼす俺の前で、月形はキッパリと言ってのけた。
「何言ってるの、くだらない」
「くだらない?」
俺は驚きつつ、本音を読み取ろうと月形の表情を窺う。
彼がじいさんの本を横に追いやり、その本に押されたカップの水面が大きく揺れた。
テーブルの真ん中に、俺のペンネームの書かれた雑誌が引き戻される。
「そうだ、くだらない。キミの作品を、僕が、面白いって言ってるんだ。僕を誰だと思ってる。月形歩、キミの所属する文芸部の部長だ」
俺は呆気に取られ、月形の顔を見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます