第20話

強いカビの匂いを感じ、手の甲で鼻をこする。

その時俺は学校内の、近々取り壊される予定だという倉庫にいた。

ここへ取りに行くものがあるから付き合ってくれと、初めて声を聞いた音無さんに頼まれて来たのだが……。


「えーと、それで運ぶものは……?」


音無さんを振り返ったのと、倉庫入り口のドアが閉まったのとが同時だった。


「音無さん!?」


ドアの外側で不吉な金属音が響く。


「ごめん」

「……えっ、ごめんってなんですか!? カギとか閉めないでくださいよ!?」


慌ててドアを開けようとすると、ガクンという強い反応があった。

外側からかんぬきが掛けられたんだ。

くそっ! 初めから嫌な予感はしてたのに……。

文芸部に出入りする人間は他にもいるのに、口も利いたことのない俺にあえて荷物持ちをさせようなんて、変だと思ってたんだ。


「ちょっと、待ってください! こんなところに俺を閉じ込めて、どうするつもりなんですか!」


焦りながらも俺は敬語を崩さないまま、ドアの向こうにいるはずの音無さんに問いかけた。

すると向こうから微かな声が聞こえる。


「……、……」

「……えっ、なんですか!?」


俺はドアに耳を付けた。


「……かない……は、……ない……」

「……? 聞こえません!」

「……かない人間は、文芸部には……」


(え……?)


音を言葉として解釈しようとするうちに、足音が遠ざかっていってしまう。


「待て、行くな! 話を――……」


カビ臭い闇の中、自分の拳がドアにぶつかる音だけが空しく響いた。



――書かない人間は、文芸部には必要ない。

音無さんはそう言っていた。

言いたいことはよく分かる。

必要か必要じゃないかっていったら、もちろん必要ないだろう。俺もそう思う。

だからってこんな、姥捨て山みたいなところに捨てないでも……。


俺は床に座り込み、すっかり夜の色に染まった明かり取りの小窓を眺めた。

入り口は外からカギがかかっているし、小窓は人が出入りできるサイズじゃない。

幸いスマホは圏内の表示になっている。

だが、俺はどこへも連絡できずにいた。


あの人もさすがに永久に俺を閉じ込める気じゃないだろうし、おおごとにはしたくない。

ここから出られたら、彼の望むとおり文芸部に行くのはやめよう。

俺だって望んで入部したわけじゃないんだ。

それで事態は丸く収まる。


そこで頭に浮かぶのは、やっぱり月形のことだった。

俺が文芸部に顔を出さなくなったら、あいつはどうするのか。

きっと教室まで迎えに来て、俺を説得しようとするだろう。

悲しそうな顔が脳裏をかすめた。


「月形……」


いろんなことがどうでもよかったはずなのに、あいつのことは悲しませたくなかった。

自分の感情がよく分からない。

俺はあいつを、少しは大切に思っているんだろうか?

俺がいなくたって、文芸部は適当にやっていけるはずなのに……。


――いてくれるだけでいいよ。僕はキミがいい、キミにしようって決めたんだ。


月形の言葉がふいによみがえり、俺の胸を締めつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る