第20話
強いカビの匂いを感じ、手の甲で鼻をこする。
その時俺は学校内の、近々取り壊される予定だという倉庫にいた。
ここへ取りに行くものがあるから付き合ってくれと、初めて声を聞いた音無さんに頼まれて来たのだが……。
「えーと、それで運ぶものは……?」
音無さんを振り返ったのと、倉庫入り口のドアが閉まったのとが同時だった。
「音無さん!?」
ドアの外側で不吉な金属音が響く。
「ごめん」
「……えっ、ごめんってなんですか!? カギとか閉めないでくださいよ!?」
慌ててドアを開けようとすると、ガクンという強い反応があった。
外側からかんぬきが掛けられたんだ。
くそっ! 初めから嫌な予感はしてたのに……。
文芸部に出入りする人間は他にもいるのに、口も利いたことのない俺にあえて荷物持ちをさせようなんて、変だと思ってたんだ。
「ちょっと、待ってください! こんなところに俺を閉じ込めて、どうするつもりなんですか!」
焦りながらも俺は敬語を崩さないまま、ドアの向こうにいるはずの音無さんに問いかけた。
すると向こうから微かな声が聞こえる。
「……、……」
「……えっ、なんですか!?」
俺はドアに耳を付けた。
「……かない……は、……ない……」
「……? 聞こえません!」
「……かない人間は、文芸部には……」
(え……?)
音を言葉として解釈しようとするうちに、足音が遠ざかっていってしまう。
「待て、行くな! 話を――……」
カビ臭い闇の中、自分の拳がドアにぶつかる音だけが空しく響いた。
*
――書かない人間は、文芸部には必要ない。
音無さんはそう言っていた。
言いたいことはよく分かる。
必要か必要じゃないかっていったら、もちろん必要ないだろう。俺もそう思う。
だからってこんな、姥捨て山みたいなところに捨てないでも……。
俺は床に座り込み、すっかり夜の色に染まった明かり取りの小窓を眺めた。
入り口は外からカギがかかっているし、小窓は人が出入りできるサイズじゃない。
幸いスマホは圏内の表示になっている。
だが、俺はどこへも連絡できずにいた。
あの人もさすがに永久に俺を閉じ込める気じゃないだろうし、おおごとにはしたくない。
ここから出られたら、彼の望むとおり文芸部に行くのはやめよう。
俺だって望んで入部したわけじゃないんだ。
それで事態は丸く収まる。
そこで頭に浮かぶのは、やっぱり月形のことだった。
俺が文芸部に顔を出さなくなったら、あいつはどうするのか。
きっと教室まで迎えに来て、俺を説得しようとするだろう。
悲しそうな顔が脳裏をかすめた。
「月形……」
いろんなことがどうでもよかったはずなのに、あいつのことは悲しませたくなかった。
自分の感情がよく分からない。
俺はあいつを、少しは大切に思っているんだろうか?
俺がいなくたって、文芸部は適当にやっていけるはずなのに……。
――いてくれるだけでいいよ。僕はキミがいい、キミにしようって決めたんだ。
月形の言葉がふいによみがえり、俺の胸を締めつけた。
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