第13話

ゆっくりと振り向き、数メートル後ろにいる月形を見る。

セルフレームの奥の瞳が妖しく光っていた。


「冷泉……」

「…………」

「どうして何も言わない?」

「俺は……」


その場から動けずにいる俺のところまで月形が大股に歩いてくる。

鋲が乱雑に刺さっている壁面で、2人の影が向き合った。


「泉くん、キミは高校生作家の冷泉羽矢斗(れいぜいはやと)だ。15歳でデビューして、芥川賞候補に名前が上がった時代の寵児だ」


そう語る月形の声色は、さっきまでのやわらかいものとは違っていた。

俺の反応を待たずに、彼は続ける。


「そんなキミから見たら高校の文芸部なんて、単なるお遊びなんだろうけど。僕らのこの状況を打開するだめには、キミが必要なんだ。わかるだろう」

「それが……俺を文芸部に引き入れたい理由か」


廃部寸前の文芸部を盛り上げるために、高校生作家の存在は格好の宣伝材料になるということか。

俺の問いに頷く代わりに、月形は口角を軽く持ち上げた。

無邪気を装っているが、こいつは案外計算高いのかもしれない。

月形に対し、そんな印象を俺は抱く。


しかしこいつの思惑はともかく、俺は”冷泉羽矢斗”として文芸部に入るわけにはいかなかった。

俺がこの高校へ転校してきた理由は、高校生作家として周りから持ち上げられ、マスコミから追いかけられる日々に嫌気が差したからだ。

ここで身バレしてしまっては元も子もなかった。

そこで俺はしらを切り通すことにする。


「悪いが、冷泉ナントカなんてヤツは知らないな」

「文芸に造詣が深いキミが、同年代のスターを知らないわけがない」

「知ってても知らなくてもさ、俺はその冷泉じゃない。他人のそら似だ」


メディアに顔は出てしまっている。

が、俺みたいな地味な顔はどこにでもいる。

そして他人のそら似でごまかせると、俺は過去の経験から思っていた。

ところが月形が、マニキュアを塗ったままの右手で俺の手首を捉えた。


「……冷泉!」

「……っ!」

「冷泉羽矢斗!!」


廊下を通りかかった生徒が俺たちを見る。

さっきの空き教室からも、そこにいた数名が俺たちを追って出てきていた。


「冷泉!!」

「……っ、その名前で俺を呼ぶな!」


俺が思わず叫ぶと、月形は勝ちを確信したように笑みを浮かべた。


「わかった。その名前で呼ばれたくなかったら、僕の言うことを聞いて」

「……!?」

「知られたくないんだろう、キミは、正体を」


どうも俺は、月形の罠にはまってしまったらしい。

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