第12話

「月形、ちょっと手え貸せ」

「なんで!?」

「右手の爪は、俺が塗ったんだからいいだろ」


キーボードを叩く月形の右手を捕まえ、爪の先を軽く撫でる。

マニキュアを塗った爪はつるつるしていて、女児用のチープな玩具みたいだ。

こういう質感を表わす、適当な言葉があった気がするが……。

考えを巡らす俺の前から、月形が自分の右手をキーボードの上へ引き戻そうとした。


「ねえ、僕の手触るの何回目!? あと締めの一文だけなのに!」

「だったら待てよ、あと5分もある」

「その5分が貴重なんだけどなぁ……」


握っていた手を放すと、彼の右手はすぐにまたキーボードを叩き始める。

なんていうか必死だ。

高校生同士のお遊びの作品で、こいつは本当に一生懸命だ。

眼鏡のレンズ越しにノートPCの画面を見つめる、その横顔に釘付けになる。

すると俺の視線を感じたのか、月形の目が一瞬だけこっちを向いた。


「それで、泉くんの方はどうなの? 間に合いそう?」

「ああ、俺のはとっくに書きあがってるよ。ただ少し、表現を精査してるだけ」

「ええっ、それで僕のこと邪魔してたの!?」

「邪魔はしてないだろ」

「何度も手ぇ握ってきたくせに……」


気づくと俺たちを取り囲んでいる外野が、皆怖い顔で頷いていた。


「月形さんが執筆中だからって今まで黙ってたけど……泉おまえ、月形さんに触りすぎ!」

「俺は変な意味で触ってたわけじゃ……」

「どんな意味でもおんなじだ、帰り道気をつけろよ?」


俺を脅そうとするやつの隣で、別の1人が月形の前にひざを突く。


「月形さん、終わったら手え洗いましょうね? 俺、洗面所の石けんを確認してきます!」

「おいっ、人をばい菌扱いすんなよ!」

「それより投稿!」


言い合う俺たちを遮って、月形がエンターキーを押した。


「よし完了! 泉くんはもう投稿した? 投稿フォームのURLはさっき送った通りで……」

「俺はいいよ」


俺は書きたくて書いただけで、ワンライなるものに参加したかったわけじゃない。


「えっ、どうして?」

「どうしてもなにも、俺はここの部員じゃないからな」


書いたものはスマホに保存し、俺は座っていた席から立ち上がった。

黒板の上の時計はちょうど17時を指している。


「今日は誘ってくれてありがとな、それなりに楽しかった」

「……泉くん?」


教室を出る俺を月形が慌てて追ってきた。

彼の澄んだ声が、夕日の射し込む廊下に響く。


「泉くん!!」

「……なんだよ」


振り向くと、真剣な顔の月形と目が合った。


「本当に入部してくれないの?」

「俺は悪いけど……。頑張れよ、文芸部」


創作に向けるこいつの情熱には、尊敬に値する部分もあるけれど……。

だからこそ俺なんかが、こいつの文芸部に加われる気がしない。

俺は月形に背中を向け歩きだす。

と、彼の声がまた俺を呼んだ。


「待てよ、冷泉れいぜい!」

「――っ!?」


どうしてこいつが、その名前を知っている!?

冷泉は、俺がペンネームとして使っている名前だった――。

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