第9話
(ここで王子サマのご登場か)
悪口を聞かれてしまったからには仕方がない。
今さら取り繕うのもアレなので、俺はこの際思っていたことを正直に伝えることにする。
「悪いが、中坊が語る”破滅の恐怖”なんて面白くもなんともない。もともと積み上げたものがないんだから。大風呂敷を広げずに、素直に”青春の痛み”みたいなスケールで書いてりゃよかったのに。まあその”青春の痛み”だって、きっとヒトから見たらどーでもいいことなんだろうが」
余裕そうに見えた月形の表情が硬くなり、頬の辺りがぱっと赤く染まった。
「けど泉くん……人の感情がどうでもいいなら、そもそも文学なんて成立しないよ。読み手側の問題だ」
口調は冷静だが、その顔色からやつが動揺していることが読み取れる。
たぶんこいつは常日頃から周りに持ち上げられていて、ダメ出しされることに慣れていない。
中途半端に才能があるやつにはよくあることだ。
「お前の場合テーマがでかすぎるって話だ。読み手を共感させるテクニックもないのに」
さらに切り込んでいくと、月形はまぶたを伏せ、ふうっと深く息をついた。
怒りと動揺を胸の中から追い出すように。
それから彼は、まっすぐに視線を上げる。
「その指摘は真摯に受け止めるよ」
(……へえ、怒らないのか。案外大人だな)
たまご形の顔と白い肌のせいで子供っぽく見えていた月形の印象が、少しだけ変わった。
「まあ気にすんな、処女作なんてたいてい誰でも痛々しいもんだ」
「別に気にしてないけどね、フォローありがとう」
そう応じる彼の顔には、すでに余裕の笑みが戻っている。
横で殺気立っていた金子くんまで、そんな月形を見て肩の力を抜いたように見えた。
「で、泉くん」
月形が続ける。
「キミは昨日、入部届を書いていかなかったよね」
昨日も見た用紙を、彼は俺に差し出した。
そうなんだ。俺は昨日丸めた会報誌でこいつを殴って、馬鹿馬鹿しくなってそのまま帰っていた。
「入部しなきゃいけない?」
すでに興味が去ってしまって、それにサインする気持ちになれなかった。
「え、どういうこと?」
「別に俺じゃなくてもと思って。そこにいる金子くんでも、昨日のチョーク男でも、適当に部員にしたらいい」
けれども月形は、差し出した用紙を引っ込めようとしない。
「でも昨日は、入部してくれるって言ったよね?」
「気が変わったんだ、他を当たってくれ。あの入部試験は引き続きやってるんだろう」
「いや、僕はキミがいい」
俺の何がお気に召したのか知らないが、月形は遮るようにして言ってきた。
「キミは転校してきたばかりで、まだどこの部にも入っていないと聞いた。一応、うちの学校は特別な理由がない限り、どこかの部に所属する必要がある。だったらキミには文芸部なんじゃないのかな? キミには間違いなく力と才能がある」
たった1問の入部試験を受けただけで、どうしてそこまで言い切れるのか。
それに月形は、どうして俺にこだわるのか。
なんだかこいつは部を私物化しすぎな気もするし。
いろんな疑問が湧いてくる。
しかし眼鏡の奥にある黒い瞳を見つめ返しても、その答えは簡単に見つかりそうになかった。
差し出された用紙を受け取らずにいると、月形が諦めたようにそれを引っ込める。
「分かった、これにサインするのはあとでもいいよ」
「あとで? どういうことだ」
「今日、部でちょっとした催しがあるんだ。試しに、それに参加してほしい」
「催し?」
聞き返すと、彼はにっこり笑って続けた。
「ワンライって分かる?」
「ワンライ?」
どこかで聞いたことがあるような言葉だ。
「発表されたテーマにそって、1時間以内で作品を書く。発想力と執筆スピードが鍛えられて面白いよ」
そこで、朝のホームルームの時間を知らせる予鈴が鳴った。
「じゃあ僕は。放課後、昨日の空き教室で待ってるね」
俺は行くともなんとも言っていないのに、月形は何やら確信のこもった微笑みを残し、教室を出ていった。
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